【長瀬次英】多様な時代になぜ私は「良いスーツ」を着るのか

2018/3/18
一昔前、ビジネスマンの仕事着といえばスーツだった。しかし、多様な生き方・働き方が認められる現代では、ビジネスシーンでの装いも個性や感性を許容する方向へシフトしている。
スーツがビジネスのマストではなくなった時代に、「良いスーツ」を着ることにはどんな意味があるのか。「良いスーツ」と仕事の間に相関関係はあるのか。自身のスーツ姿をインスタグラムに投稿する日本ロレアルCDO長瀬次英氏と、日本人に合った上質なスーツをつくり続けるポール・スチュアートのチーフデザイナー山本聡氏が語り合う。

スーツの見方が変わる体験をした

──長瀬さんは以前、ポール・スチュアートのオウンドメディア「STYLE SESSION」に出演されていますね。
長瀬:はい。そのとき、ポール・スチュアートの方に自分の体形に合わせてフィッティングしてもらったんですけど、とにかく着心地が良かった。
改めて記事を読み返してみたら、仕事やスーツだけではなく生い立ちなんかについても冗舌に話していて、自分に驚きました。着ているものはもちろん、空間も時間もそれだけ心地良かったということだと思います。
山本:それはうれしいお言葉ですね。
長瀬:お世辞じゃなく、僕の中でスーツの見方が変わる体験だったんですよ。それまで、自分ではこだわりを持っているつもりでしたが、ブランド名だけで選んでいたし、高いものがいいみたいな感覚もあった。
でも、専門スタッフの方にきちんと合わせていただくと、スーツの着心地が変わるんですよね。こういうブランド体験をすると、同じようにお金をかけるなら、自分に合ったものを選びたいと思うようになります。
山本:長瀬さんのようなお客様は実際に増えています。昔は有名なブランドや高価なものを買えばいいという方が多い印象でしたが、今はそういう物質的な価値よりも、精神的な価値を重視する時代。
実は、私たちが服づくりで一番こだわっているのが着心地です。着心地とは、着たときに体が感じる心地よさ、快適さはもちろん、精神的な心地よさも含めたものです。
たとえば、スーツを着たときに背筋が伸びるような気持ちになったり、どこか心が引き締まったり。自分にも相手にも心地よさを与えてくれるものとして、ソフィスティケート、いわゆる「美しさ」の部分も大切にしています。
ポール・スチュアートにとって「良いスーツ」とは、着心地が良くて美しいもの、そのように考えています。
長瀬:僕にとって良いスーツとは、そのときの自分にぴったりくるもの、ありのままの自分でいられるものです。今、僕がスーツを着るのは、一年のうち半分くらい。ビジネスで役職が高い方や重要な方にお会いするとき、金額が大きい商談をするときなどに着ます。
自然と気持ちも高ぶるそういった重要なシーンでは、Tシャツやジーンズだと自分の気持ちとエネルギー量のバランスが取れない。でも、スーツを着ると「これだな」と感じる。非常に精神的な部分なんですけどね。
重要なシーンで自分の気持ちと同等のエネルギーを持つものが、私にとっての「良いスーツ」なんだと思います。

スーツ選びとデジタルビジネスの共通点とは

──特に長瀬さんにとってスーツとは、ビジネスを支えてくれる大切な存在なんですね。では、おふたりにとって「良い仕事」とはどんなものでしょうか。
山本:服をつくるときに意識することが3つあります。まずは情熱、それから思いやり、最後に服や着る人に対する誠実さです。
どんな服をつくる場合も、この3つのキーワードを基準にすることで、誰に協力してもらえばいいかがわかります。生地屋さん、機屋さん、副資材メーカーさん、縫製工場のみなさん、そしてリテーラーの方や販売スタッフの方。
最高のチームワークができて、みんなの思いが集まって完成した服には、必ず力がある。お客様が袖を通したとき、「なんかこれいいな」と感じてもらえたら、いい仕事をしたなと思います。
長瀬:同感ですね。でも、僕の場合もう少しアウトプットに寄っているかもしれません。
デジタルのビジネスは、結果的にどれだけ相手が喜んでくれたかが重要です。デジタルを駆使して何かをつくる、サービスを提供するというのはすべて、「お客様が求める何かを達成するため」にすることだからです。
そういう部分ではスーツもデジタルも同じで、お客様を期待通り、もしくはそれ以上に満足させることができれば、いい仕事をしたと言えるんじゃないでしょうか。
山本:お客様の満足度は重要ですね。既製服というのは難しくて、自分たちがいいと思っていても、好きか嫌いか、購入するかどうかの最終的な判断はお客様に委ねられます。つまり「質の高いもの」が売れるとは限らない。
その緊張感は常に持ちながらも、情熱、思いやり、誠実さには徹底的にこだわっていきたい。やはり、伝わるものはありますから。
長瀬:本当にそうですね。山本さん、つまりポール・スチュアートのこだわりって、とてもアナログなようでいて、そうじゃない。
デジタルが登場して、僕らのような消費財系のメーカーのマーケティングは大きく変わったとされています。これまでは、「いいものつくったから使いなよ」「シワが減るから使いなよ」という自己中心的なマーケティングをしてきたけど、それがデジタルによって顧客中心主義になった。
でも、それって実はビジネスの基本であって、デジタルができたことで原点に立ち戻った部分があると思う。変わったことって、実はあまりないんですよ。
「STYLE SESSION」に出演させてもらって、ポール・スチュアートは「顧客中心主義」を一人ひとりに対してとても丁寧に行ってきたブランドだとわかりました。僕たちがデジタルでやろうとしている新しい考え方のビジネスを、これまでずっとやってきている。
「STYLE SESSION」は洋服だけでなく、「人」にフォーカスした情報を発信していますが、デジタル施策まで一貫しているのも素晴らしいと思います。
山本:ポール・スチュアートに限らず、服は人が着て初めて完成するものです。いい出来だったという自己満足ではダメで、お客様が袖を通して満足していただくまでが服づくり。そういう意味では、人にフォーカスするのは自然なことだと考えています。

ワードローブから自分が見える

──長瀬さんの今日のコーディネート、とてもすてきですね。ずばり、コンセプトは?
山本:長瀬さんにはお会いしたことがなかったので、過去のインタビューの発言を自分なりに解釈して、知的な部分を引き出すことに。知性を表現するのにぴったりのブルーをベースに考えました。
少し明るめのブルーに鮮やかなコバルトブルーのピンストライプが入った生地を選ぶことで、春らしい軽やかな印象をプラス。ホワイトシャツの白に合わせて、ネクタイも少し白が入ったペイズリーを選び、顔色もよく見えるようなコーディネートを心がけました。
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長瀬:ありがとうございます。見た瞬間、「絶対かっこいい!」と思いましたよ。
山本:私も、長瀬さんのスーツ姿を見て、かっこよくて叫びそうになりました(笑)。
──最後に、いま20代、30代のビジネスパーソンが、自分らしい「良いスーツ」を選ぶには、どうしたらいいでしょうか。
山本:スーツに限ったことではありませんが、価格だけで決めるのではなく、まずは自分で「これ」と思ったものを信じることだと思います。
長瀬:自分を信じる、自分のこだわりを知るということは重要ですね。
私はストーリーを持ったものしか選ばないと決めています。ですが、スーツに関してはそれをおろそかにしてきた。「STYLE SESSION」に登場させてもらって、そのことは本当に反省しました。
山本:ストーリーがあるというのはひとつの大切なポイントだと思います。
私もこの仕事を十数年続けていますが、今クローゼットにある服はそれぞれにストーリーがあるものばかりです。それらの服は、昔もよく着ていたし、今でも色あせずに着られます。トレンドではない何か、言ってみれば「本物」なんですよね。
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長瀬:そういう意味では、スーツはストーリーの集合体みたいなもの。この生地はどこでどのようにつくられたもので、この糸はちょっと特殊で……。人に話したくなるようなストーリーが満載なのですが、語るためには自分が体験する必要がある。
僕を反面教師にして(苦笑)、20代、30代のうちに、どんなスーツが自分に合うかとことん体験したほうがいい。そうすると、その後の人生をもっと自分らしく生きられるんじゃないかと思います。
山本:もうひとつ、仕事との関係で言わせていただくと、一度ご自身のワードローブを見直してもらいたいですね。ひとつひとつの服を見つめ直して、そこからワードローブをクリエイトするという発想です。
それぞれの服にストーリーがあると思いますが、なかには「何で買ったんだろう」と不思議に思うものもあるはずです。毎年タイミングを決めて確認すると、途中で手放した服と残っている服から、次第にその違いがわかってくる。
残った服の共通点を探っていけば、自分らしさ、そして自分が考える「良い仕事」のヒントも見えてくるような気がします。
長瀬:私ももっと早く真剣にスーツを考える体験をしていれば、ストーリーのあるスーツがワードローブにあったはずです。
山本:私たちは、まさにそのワードローブに残る服、その人の人生に寄り添っていく服をつくりたいと思っています。一年で終わるのではなく「十年選手」になる服。
買ってからキャリアアップしたり、家族が増えたり、長い人生にはいろいろなストーリーがあると思いますが、10年後もクローゼットに残る「良いスーツ」をつくりたい。
日々研究して真摯(しんし)につくっているので、みなさんも厳しい目で選んでみてください。そうやって選んでいけば、スーツがもっと楽しくなると思います。
(執筆:水谷浩明 撮影:山仲竜也(Q+A) ヘアメイク:冨士伸、小山内茜(amelie et garcons) デザイン:九喜洋介 編集:大高志帆)