【ベンチャー企業✕大企業】渋谷で起こった驚くべき化学反応とは

2018/4/27
SMBCグループが、新たなビジネスアイデアの創出を目的としてスタートしたワークショップ・プログラム「SMBC Brewery」。2017年9月、東京・渋谷にSMBCグループ初となるオープンイノベーション拠点「hoops link tokyo」が開設されたのは記憶に新しい。従来のメガバンクの概念にとらわれることなく、刺激的かつクリエイティブな環境を提供しているITイノベーション推進部のメンバーたちが語る、その展望とは。

「提案する側/される側」という壁はいらない

──「Brewery」は醸造所という意味ですが、今回の「SMBC Brewery」のコンセプトはどのようにして生まれたのでしょうか。
木村 私たちのミッションは「異業種連携による新しいサービスを作ること」ですが、一般的にオープンイノベーションというと、大企業とスタートアップ企業という組み合わせで、スタートアップ側がソリューションを提案するというパターンが多いと思います。
しかし「SMBC Brewery」が目指したのは、まずこの「提案する側/される側」という壁をなくし、規模の大小にかかわらず異業種の方々とフラットな関係でアイデアを創出できる仕組みと場を作ることでした。
フォーマルな会議ではなくワークショップ形式にすることで、気軽に参加していただけます。
SMBCグループの中でのワークショップはこれまでも行っていましたが、異業種の方々との共創のコンセプトを明確に打ち出した最初のワークショップが、2017年11月に開催した「SMBC API婚活」です。
──SMBCグループが有する金融APIをテーマとしたワークショップですが、「婚活」とはかなり斬新なネーミングですね。
木村 金融という硬いイメージにとらわれない、おもしろさや遊び心も表現したくて(笑)。
とにかくカジュアルな場にしたいので、あえて「商談ではないので、ノーネクタイで来てください」と、お願いすることもあります。「僕もパーカーで来ます!」とあえてアピールしたり。
参加企業のみなさまには、できるだけ事前準備の負担を軽くしていただくよう努めています。
SMBCグループ側はある程度のアイデアやリソースをご用意しますが、これもアイデアを広げるための足掛かりであって、ゴールがAPIの利用でなくてもいいですし。
平等 「SMBC API婚活」は、オープンイノベーションの拠点として昨年9月、東京・渋谷に開設した「hoops link tokyo」で開催できたという点も、カジュアルな雰囲気づくりに役立っていたと思います。
SMBCグループが渋谷に創るイノベーションの「輪」。新拠点の狙いは
第1回の「SMBC API婚活」では、SMBCグループから4社10部署、外部からは5社の企業にご参加いただきました。
業種としては、家電メーカー、運輸業、AIやゲーム・スマホアプリ系IT企業等と多様ですが、参加者の担当業務は、基本的に新規事業開発を担当されている方や、社内の統括機能を担っている方などです。
プログラムは、大きく分けると参加企業各社による5分ほどのピッチと、4時間のワークショップで構成されています。
──反響や手ごたえはいかがでしたか?
平等  当日の熱量はすごかったですね。実際に20を超えるアイデアも生まれましたし、こうしたアイデア創出のための場に対するニーズを、改めて強く感じました。
また、事後アンケートでは5段階による満足度で、「4」以上が100パーセントを占めるという評価をいただきました。これには正直、我々も驚いたくらいです。
ご好評を踏まえ、2018年4月上旬にはAPI婚活第2回を開催し、引き続きおもしろい化学反応が起きています。

ファシリテーターであると同時にアイデアの「醸造家」

──土屋さんは、データ活用を切り口としたワークショップ「Maze Data(マゼデータ)」を担当されているそうですね。
土屋  自社が保有するデータの利活用については、どの企業でもある程度は取り組んでいると思いますが、社内だけではどうしても限界があります。
とはいえ企業間でデータを活用するにはコンプライアンスや法制度、技術などが現実的な問題として出てきますし、「コンプライアンス的にクリアできるもの」という入り口から入ってしまうと、本当にいいアイデアが出る前に壁にぶつかってしまいます。
なんとかしてそこを乗り越えようとしても、「ニーズがないと許可できない」などと言われて八方ふさがりになってしまう場合もありますよね。
そこで、その壁を皆で一緒に乗り越えるためのワークショップ「Maze Data」を2018年3月に開催しました。ワークショップの名称には、「データを混ぜる」という意味に加え、「データ活用のMaze(迷路)で力をあわせて活路を拓く」という想いを込めました。
当日は大手通販企業,鉄道事業者など,複数の業界からご参加いただき、非常に盛り上がりました。そこでは28件のアイデアが出て、3件は継続協議につながり、ご参加の皆様からご好評いただいております。
だからこそ、このワークショップではコンプライアンスや実現の可能性はいったん抜きにして、フラットな立場でアイデアを膨らませる場として活用していただきました。
新たな接点を持つことで自社データの価値やニーズの有無を測ることも可能ですし、生まれたアイデアの中に光るものがあれば、それを育てていくためのブラッシュアップや検証ステージへと移行させていっています。
まさにアイデアの「醸造」ですね。
木村  我々が「Brewery」という言葉を用いているのは、自由な発想でアイデアを生み出し、ブラッシュアップしてビジネス化するまでの過程が、ビールやワインなどの「醸造」とよく似ていると感じたからでした。
仕込みはリソースという素材をお互いに持ち込むことですし、ブラッシュアップやPoCは発酵・濾過(ろか)の期間、そしてローンチが出荷です。
実は、この着想を得てから、「醸造」のことをより深く理解するために実際に醸造工場の見学にも行かせていただきました。
(写真:kellyvandellen/istock)
どの素材を用いるか、どこでどのように醸造するかでお酒の味は大きく変わります。
私たちはファシリテーターであると同時に醸造家であるべきなので、しっかりと目利きして、アイデアを育てていくことも必要だと思っています。
──今後はどのような業種の企業とワークショップを開催する予定でしょうか。
木村  声を掛けさせていただく企業については、特定の業種に偏らせることなく、意図的にばらつかせています。
これまでお付き合いがなかった企業や、金融とは遠い位置にある業種など様々です。農業や食をテーマにしても面白いですし、あえて幅広くご参加いただくつもりです。
平等  おかげさまで現在、ワークショップを経て打ち合わせを重ねている案件も複数あります。カジュアルなだけでなく、ビジネスにもつながっていく場にしたいですね。
そのためにも、熱量と推進力を持った方々に、今後も参加していただきたいと考えています。
また、SMBCグループとの交流だけでなく、参加企業間でのコミュニケーションも自由に取っていただきたいですね。
土屋  私たちから見ても、SMBCグループ以外の参加企業間でも「つながったら面白いだろうな」と感じるリソースやアイデア、企業が多々ありますから。ある意味、「SMBC Brewery」を通じて新たな価値が生まれるのなら、どのような組み合わせでも歓迎したいと思っています。
木村  誤解を恐れずに言うなら、我々は「SMBC Brewery」で協働や提携の確率を上げたいと思っているわけではありません。数多くのアイデアが生まれることを最も重視しています。
「SMBC Brewery」のワークショップでアイデアをたくさん出した後に、参加企業の間で本当に実現したいアイデアを選んでもらえるようにしています。
その先に、初めて協働や提携、そしてユーザーにとって価値のあるサービスが結果として出てくると思います。
無理に協働や提携を目指してしまうと、そういった思いがねじれてしまう恐れがあるからです。
企業という壁を越えたからこそできる組み合わせや、新しいアイデアだって存在するはずです。
その新しいアイデアとそれに対する思いが、新しいサービスを作るための現実的な問題を乗り越えていくための原動力になると信じています。
参加する方々の業種や担当業務、これまでのご経験などによって最適なワークショップの形はその都度変わってきます。場の熱気が高まるよう、柔軟に設計することを心がけています。
そのためにも、様々な人たちを巻き込みながらノウハウを蓄積し、「SMBC Brewery」にフィードバックして、よりよい形を目指していくつもりです。
フィンテックを活用した新たなAIサービスを開始したSMBC日興証券と、将棋AIを始めとするテクノロジー開発で注目を集める先端企業HEROZ(ヒーローズ)。第1回のワークショップに参加し交流を深めた両社には今、どのような化学変化が起きているのだろうか。

合体することで生まれる世界観が、アイデアの着想に

──おふたりは「SMBC API婚活」への参加を経て、現在は共同で新規サービスの検討を進めているとお聞きしました。
鈴木  まだ研究の段階で、詳細をお伝えできないのですが、今までにないサービスを実現したいと考えて取り組んでいます。
実はこのイベントに参加する半年ほど前に、たまたまNHKで放送されていたHEROZさんの開発した将棋AIについての特集番組を拝見していまして。
そのときには、金融と将棋AIの組み合わせなど考えもしませんでした。
でもワークショップで実際に話を聞いてみると、「これは弊社のお客様にとっても、よいサービスが作れるのでは?」と感じたのです。
「API婚活」終了後、「面白いアイデアが出たから、すぐに次の打ち合わせをやりましょう!」という流れになりました。
浅原  本当にごく自然な流れでしたね。ITイノベーション推進部の方のマッチング能力の高さだと思います。弊社はAIづくりには自信を持っていますが、そもそもAIは良質なデータがないと機能しません。
そういう意味では、SMBC日興証券さんの持つデータやAPIを生かせれば、という思いはありました。ただ、会議室で名刺交換をしてプレゼンといった場ですと、かしこまっちゃってハードルが一気に高くなります。
──「提案する側/される側」という壁ですね。ベンチャー企業やスタートアップサイドは、「答え」を用意しておかないといけなくなります。
浅原  はい。我々はAIを開発するリソース自体は持っていますが、具体的な答えまで持っているとは限りません。むしろ、あえて決まりきった答えを持たずにフラットな状態から始めることも重要だと考えていたので、大変素晴らしいコンセプトだと思いました。
声を掛けていただいたときは、まず「API婚活」というネーミングに驚き、さらには開催日も11月22日で「いい夫婦の日」だと(笑)。
今までの伝統的な金融機関ではないのだという意気込みが伝わってきましたね。ディスカッションもみなさん活発で、弊社のエンジニアも圧倒されるほどでした。

「SMBC Brewery」だからこそ生まれた化学反応

鈴木  いい方が多いですよ、HEROZさんには。打ち合わせを重ねる中で感じたのは、発想やアプローチの仕方が「証券会社の人間とは全然違う」ということです。
同じことを自社内でやろうとすると、どうしても思考やアイデアが似通ってくる傾向がありますから、化学反応も起こりにくくなります。
「SMBC Brewery」のような場だからこそ生まれるものがある。
浅原  私は、ワークショップの中で出てきた「AIコンシェルジュ」というキーワードから、今後さらなるアイデアが広がる気がしています。
「コンシェルジュ」という単語自体、自分からは出てこないものでした。資産管理の世界ではよく使われる言葉なのでしょうが、AIと合体することで生まれる世界観がアイデアの着想になったりもします。
鈴木  我々は普段からお客様と密に接していて、そういった役割を期待されていますから。さらに突き詰めると、今後どのような投資をするか、資産をどうするかといった、「次の一手」へのアドバイスも求められます。
これはまさに、将棋におけるコアな部分ですよね。将棋では一手どころか、何手も先を見ている。
──異業種だからこその刺激が、アイデアの化学反応へとつながるのですね。
浅原  とはいえ、ふわっとしたコンセプトであれば、ある程度は誰でも浮かぶと思います。たとえば、AIによる市場予測を使った資産運用など。
しかし、それを実際にどう落とし込むかとなると、自社だけでは難しい。自分たちで仮想データを作って検証することはできますが、現実には起こり得ないようなデータを想定している危険性だってあります。
そういった視点からのアドバイスをいただきながら、新たなサービスを作り上げていくことが今後の目標です。

目指すのは、進化し続ける補完関係

──SMBC日興証券では、株価に影響がありそうなニュースをAIが選定して配信するサービス「AI株価トレンド予報」を、すでに始められていますね。
鈴木  2017年12月から開始しています。そのサービスを紹介するセミナーを開催したのですが、HEROZさんにもご登壇いただきました。
反響がすごくて、定員150名のところに約800名もの応募があり、急きょ、増席したほどです。それだけ金融とAIの関係や未来について興味を持っている方が多いのでしょう。
浅原  そのセミナーでは、「人は、どうやってAIと賢く付き合っていくか」をテーマにお話しさせていただきました。現実問題として、数年後にはAIのほうがはるか先を行っている可能性が高い。
でも、AIは決して万能ではありません。どんなに将棋AIが強くなっても、やはり、藤井聡太さんと羽生善治さんの対局を見たいと思いますよね。将棋界ではAIと人が共存しています。
他の業界や局面でも同様に、両者はうまく共存していくと思います。
そのためにもAIが前面に出ることなく、質の高いサービスを提供するためのツールとして自然なかたちで組み込まれていくのが理想だと考えています。
鈴木  こうしたAIに関する有益な情報をセミナーなどでお客様に提供するのも、我々の新たな役割のひとつかと。
また、社内の人間からも、「どうやってこのAIサービスを設計していったのか」「パートナーを組んだIT企業はどうやって探したのか」と聞かれることが多くなりました。
──「SMBC Brewery」/「hoops link tokyo」でつながったネットワークが、当初の期待を超えて広がり、深まっていく。まさに「醸造」と重なる印象ですね。「SMBC Brewery」では今後も新たなプログラムを計画中ですが、要望はありますか?
鈴木  あえて共通点がまったくない企業とディスカッションをしたら、何が生まれるのだろうという興味はありますね。
金融業は扱っているサービスが数字やデータといったカタチの見えにくいものです。
だからこそ、生活に密着したカタチあるモノを扱っている家電メーカーやハウスメーカーとの組み合わせなども面白いかもしれません。
「証券会社がそこで果たせる役割とは?」といったレベルから考えてみたい。
浅原  それは面白そうですね。何かできそうな気がします。……鈴木さん、今度一緒にメーカーに行きましょう。
鈴木  いいですね、ぜひ(笑)。参加する側としては、こうしたワクワク感や刺激、意外性も「SMBC Brewery」に期待しているのだと思います。
──今後、両社が目指す関係性とはどのようなものでしょうか。
浅原  今回のような「婚活」を通じて縁談をいただいた以上、もちろん、完璧な関係でありたいです。
そのために、次のステージへ向けて、技術を研ぎ、磨き続けることが私たちの使命だと考えています。
そこにうまく金融のエッセンスを教えていただきながら、根幹を作っていければと。言うなれば「進化し続ける補完関係」ですね。
鈴木  私がHEROZさんと目指しているのは、お客様と一緒にWin-Win-Winの関係を作ることです。その点は一貫してこだわりますが、考え方ややり方にとらわれるつもりはありません。
弊社は2018年7月7日に創業100周年を迎えますが、歴史がある分、古い考え方や落とし穴も存在します。
そこから新しい会社を作り上げていく、お客様とのつながり方を変えていくという思いを、共に抱いていただける関係でありたいです。
浅原  これからもぜひよろしくお願い致します。こうして、せっかく「いい夫婦」になれたのですしね(笑)。
「SMBCグループだけでなく、世の中にイノベーションを起こすつもりでやっている」

「SMBC Brewery」の醸造家としてワークショップを主催し、企業を支援するITイノベーション推進部のメンバーは、かつてそう語っていた。彼らは今回、参加企業の代表者インタビューからも強い手応えを感じていたようだ。

「ワークショップで熱が生まれているという実感はありましたが、お話を伺っていて、その後においても我々が狙っていた以上にいい形で発酵が続いているなという印象です。
これはうれしい展開ですね。ワークショップ・プログラムは今後もシリーズ化していきますので、よりおもしろい化学反応を掘り起こせるような企画や企業マッチングを仕掛けていければと思っています。
SMBC Breweryに興味がある方は、ぜひ『hoops link tokyo』にお越しいただきたいと思います」(木村)
(構成:秋山美津子 撮影:尾藤能暢 デザイン:九喜洋介 編集:奈良岡崇子)