中国で起こっている、驚くべきAI戦略

2018/2/15

ゆらぐアメリカの自信

ここ数年、アメリカは自国のAI研究のルネサンスにうっとりしていた感がある。
早くは1950年代から始まったAI研究が、実用化には結びつかない不毛なものに終わった後、長い「AIの冬」を経て、ようやくここ数年は「本物」になりそうな兆しが見えてきたからだ。
グーグルやフェイスブック、アマゾンなどの企業が、AIが簡単に使える機能を生み出し、一般消費者も含めて国中が大喜びしていたのだ。
ところが、ここ数カ月、その風向きがガラリと変わっている。中国の脅威が理由である。最近は、中国のAI脅威論ばかりが目立つようになっている。
自信国家のアメリカがどうしてしまったのか、というばかりだ。
ことの発端は、昨年7月に中国の最高行政機関である国務院が発表した政策だった。2030年までに中国はAI市場を1500億ドル規模にまで拡大し、AIの世界的リーダーになる、という内容で、そのための細かな計画が並べられている。
発表は英文に翻訳までされて、いかにもアメリカへ挑戦状を突きつけるようなものになっており、同時に、世界に向かって中国のポテンシャルを大きくアピールしているのである。

北京郊外にAIテクノロジーパークを建設

中国では「第○次5カ年計画」といったものがよく発表され、国家全体がこれに向かって邁進(まいしん)する。
中央政府で宣言された計画は、地方の隅々にまでゆきわたり、企業もそれに歩調を合わせる。今回のAI発展計画は、この経済の5カ年計画にも劣らない鼻息の強さが感じられるものなのだ。
その一環として、今年初めに発表されたのは、北京郊外に21億ドルを投資して、55ヘクタールのAIテクノロジーパークを建設する計画だ。400社をここに集める予定という。
また、情報産業省は昨年末、AIに関連する実体経済の発展を加速化させるための3年計画を発表している。
それは、ナショナルチャンピオンとしてAI関連企業を選び、支援を行うという内容のロードマップで、百度の自動走行車、テンセントのコンピュータービジョン技術などがそこに挙げられている。

論文提出数がアメリカと同レベル

国務院の計画には、AIを支えるクアンタム・コンピューティングや専用のチップデザインへの投資も記され、AI発展を推進するための底上げ的なテクノロジー全般への戦略が考えられている。
先ごろ、あるアメリカの研究者は、この調子ではアメリカは6カ月で中国に追い抜かれると語った。彼の見方は、アメリカのテクノロジー関係者が共通して危惧している事態を予言したものとも言える。
中国の脅威は、ここ数年の数字にも表れているようだ。
AIの国際学会であるAAAIへの論文提出数は、中国からのものが今やアメリカと同じレベルになっているという。これは、5年前とは全く異なった状況だという。
実際に発表された論文数を2012年と2017年で比べると、アメリカの研究者の割合は41%から34%に減少した一方で、中国の研究者は10%から23%に増えている(ちなみに、同時期日本人研究者の発表は、3%から4%に増加)。
また、別の調査によると、現在国内でAI職についている人数は、アメリカは世界1位で85万人である一方、中国は7位で5万人に過ぎないものの、2010~2014年の間のAIに関するパテント申請は、アメリカが1万5317件、中国が8410件で2位についているという(ASTAMUSE, LinkedInなど調べ)。

専門コースで人材育成も

また中国では、全国で30以上の大学で学部レベルのAIコースを作っており、人材をかなり積極的に育てている。先の国務院の計画では、AI関連の教育を小・中学校レベルから始めるという内容まで含まれている。
アメリカと比べて、中国には経験を積んだAI研究者が少ないと言われる。しかし、こうして若い世代が続々と育ってきているのに加え、中国の人口がAIの発展にとって追い風になる。
多くの国民がオンライン活動を日々続けることによって、AIが学習するためのデータを供給し、これが発展を大きく助けるからである。
実際、最近はAIと中国を結びつける話題ばかり耳にする。百度は、アメリカにいるスタッフも合わせて、すでに合計2000人のAI研究者を雇っているという。
グーグルは北京にAIラボを開設し、中国人研究者をここで人材ハントするつもりのようだ。
私自身も、昨年奇妙な光景を目にした。シリコンバレーであるAI会議に行ったところ、見渡す限り中国系の参加者ばかりなのである。
2017年1月にシリコンバレーで開催されたAI Frontiers会議の様子(撮影:瀧口範子)
主催者が中国系のグループだったこともあるが、学生や若い研究者、アメリカ企業に勤めている中国人、中国から来た企業関係者、アントレプレナーらが入り交じり、まるで彼らにとってはアメリカと中国の間には国境がないかのようだった。
ちなみに、中国の若いAI研究者は、かつては研究をしたり職を求めるためにアメリカやイスラエルに行っていたのだが、現在は中国国内にとどまろうという機運も強くなっているという。

トランプ政権ではAI政策も秋の気配

こうして中国でAI力が戦略的に盛り上がろうとしている時、片やアメリカでは何が起きているか。中国の脅威もさることながら、テクノロジー関係者らが嘆くのはアメリカの無策ぶりだ。
例えば、オバマ政権時代には、ホワイトハウスの科学技術政策室という部門が面白い存在感を見せていた。
ロボットを含む先端テクノロジー関係者を招いたインタビューやウェビナーなどをたびたびサイトにアップして、政権の進歩的な姿勢が感じられたものだ。
オバマ大統領自身、テクノロジーに対する理解力が高かった。
ところが、同部門は現在では何をしているのか、ほとんど発信力がない。そればかりか、トランプ政権の予算案では、科学とテクノロジー面での研究補助金が大きくカットされている。
また、移民政策も不利に働いている。中近東出身の有名なAI研究者が、アメリカへの入国を拒まれた後、カナダで職を得たという。
そもそも、グーグルが中国やパリに、フェイスブックがカナダとパリに、そしてアマゾンがドイツに先端テクノロジーの研究ラボを設置しようというのも、もはやアメリカで手をこまねいているだけでは優れた人材が得られないのを見越してのことだろう。
というわけで、アメリカはAIの春もつかの間、早くもAIの秋に向かっているような気配なのである。
アメリカをはじめとして、西側諸国ではプライバシーを侵害するとか職を奪うというAIへの懐疑論も強いのだが、こうした議論が中国ではあまり聞かれないのも、AI発展にとっての障害が少ないということを意味する。
研究だけではなく、製造、農業、医療などの産業、そして軍事で、中国がAIの脅威を具現化する日はそう遠くはないのだ。
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子、バナー写真:Kagenmi /iStock)