勝利至上主義はなぜ問題か。野球界が抱える3つの課題

2018/2/1
「“野球”と聞くと、どうしても保護者の方は“難しい”と思われてしまうんです」
1月20日、埼玉県新座市と十文字学園女子大学との共催で「親子でベースボール体験」を開催した埼玉西武ライオンズ事業部の別府学氏は、未就学児向けのイベント名から“野球”の2文字が排された理由をそう説明した。
NewsPicksでは昨年11月に特集「野球消滅」を掲載したが、小中学生世代で“野球離れ”は進むばかりだ。
野球少年激減。プロ野球ビジネスが成立しなくなる日
2007年から2016年にかけて、子どもの野球人口は66万3560人から48万9648人に減少(全日本野球協会調べ)。少子化の約8倍のペースで減っている。
アメリカから日本に伝来した1890年代、「玉遊び」「打球鬼ごっこ」などと訳されていたスポーツは、1世紀のときを経て、なんだか小難しい競技と考えられるようになりつつある。
「日常の遊びであった『子どもたちの野球』は、時代や環境の変化とともに、成果を求める『大人の野球』に変わり、子どもたち自身が野球本来の楽しさを感じる機会が減少しているように思います」
北海道日本ハムファイターズの大渕隆スカウトディレクターはそう憂え、昨年12月3日、出身校の早稲田大学東伏見グラウンドに約180人の小学生を集めて「Hello! WASEDA プレイボールプロジェクト」を行った。
2017年のプロジェクトには右から田中浩康(DeNA)、武内晋一(ヤクルト)、重信慎之介(巨人)、石井一成(日本ハム)らが参加し、子どもたちと一緒に楽しんだ
和田毅(ソフトバンク)や青木宣親(ヤクルト)らとともに2016年から始められたこの企画は、日本野球界の課題を3つ指摘している。
(1)野球競技人口の減少
(2)勝利至上主義に偏りがちな指導
(3)知識不足による発育期のケガ増加
これらに対して対策を打つため、同プロジェクトで行われたのが野球の原点回帰、つまり遊びに戻すことだ。
未経験者には「ならびっこベースボール」という、ティーボールをもっと簡単にしたようなゲームを行い、野球の楽しさに誰もが触れられるようにした。
経験者には「ワセダゲーム競技会」の特別ルールで、四球、盗塁、バント、パスボールはなし、全員が守備位置を順次移動、投手は最大2イニングで交代、そして監督不在とし、勝敗ではなく野球自体を楽しむことを最重視して試合形式のゲームが行われた(内容を詳しく知りたい人は「Number Web」の記事を参照)。
そうした目的について、大渕スカウトディレクターはこう語る。
「いまのスポーツ教育では、“勝つことが一番いい”という教えを大人が先導してしまっています。それが子どもたちの進路につながってきて、親まで入り込むようになっている。スポーツというのは本来、スポーツ自体を楽しむことが大事であったはずなのに、勝利にあまりにもこだわって、戦術や監督の采配で勝とうというのは違うだろう、と。まず、子どもたちが楽しむのが大事です」
勝利至上主義の是非は難しいテーマだ。
昨今、カヌーの薬物混入問題などもあって議論される機会が増えているが、この問題は大人と子どもで分けて考える必要がある。大人は「現在」にフォーカスする一方、子どもは「未来」が大切なはずであるからだ。
監督不在のワセダゲームでは、子どもたちは大人の指示を待つのではなく、自分たちでコミュニケーションを重ねていた。そうしたなかで自然にリーダーが生まれ、チームを潤滑に回すために意見交換がなされていく。楽しいからこそそうした行動に至るのは、上意下達の勝利至上主義では生まれにくい、スポーツ本来の価値である。

「投げる」のが難しい子どもたち

「子どもたちの走る能力は一時期下がって、若干上向きになりつつあるけれど、投げる能力は少し低下しています。それは投げる経験が少ないからです」
西武とともに未就学児向けの「親子でベースボール体験」を開催した十文字学園女子大学幼児教育学科の鈴木康弘准教授は、野球が難しくなっている要因を説明する。
新座市内に住む30組の親子が参加したこのイベントでは、元プロ投手が投げ方を教えるプログラムなどが実施された。
野球少年だった筆者は誰かに投げ方を教えられた記憶はなく、テレビのプロ野球選手の見よう見まねで投げていた。だが現在は地上波での中継が首都圏ではほとんどなくなり、野球をまねる機会は激減している。
「直接的には投げる経験がないのが課題ですけれど、その経験がないのは社会的な要因が影響しています。外でボール遊びができにくいという環境があったり、メディアで取り上げられる機会が減ってきたり。保護者に野球に関心のない方も増えているでしょうし」(鈴木准教授)
特集で述べたように、子どもの“野球離れ”は未就学児にアプローチできていないことも大きい。
習いごとの若年化。過熱する、未就学児の“奪い合い”
そこで西武は今回、未就学児へのイベントを行った。現代の子どもたちにとって、投げるという特殊動作は意識的に習得するものであり、西武の活動は10年後に向けた投資のような意味合いもある。
西武の星野智樹(左上)元投手らが子どもたちに野球の楽しさを伝えた
一方、新座市教育総務部の金子啓一副部長は、街づくりにおけるスポーツの力を語る。
「新座市はベッドタウンで、“自分の街だ”という愛着が少ない方もいます。我々としては市民の皆さんの満足度を少しでも高めてもらおうと、子どもから高齢者までスポーツや文化体験の企画をしていますが、幼児を対象にしたものはなかなかできないのが実情です。でも、今回のような枠組みにすればそうしたことをできますし、西武ライオンズの冠がつくと人が集まりやすいです」
サッカー元日本代表監督の岡田武史氏はFC今治を通じて地域を活気づけようとしているが、既存のスポーツクラブも草の根の活動から近隣の街を活性化させることができる。
結果、それがファンづくりや観客動員にもつながっていく。スポーツ団体単体では訴求しづらい対象でも、行政や大学と組むことで、スポーツの価値を社会にもっと届けることができる。
【岡田武史】第二創業期のFC今治、「10年でJ1優勝」への2本柱

“いいフォーム”で投げる必要性

次代の野球のために――。
そうしたテーマで1月21日に慶応大学で開催されたのが、神奈川学童野球指導者セミナーだ。慶応高校野球部の上田誠前監督や、横浜南共済病院の医師で横浜DeNAベイスターズのチームドクターを務める山崎哲也氏らが中心となり、元DeNAの三浦大輔氏や横浜高校野球部の渡辺元智前監督らが登壇した。
横浜高校時代に松坂大輔(中日)、涌井秀章(ロッテ)ら数々の名選手を育てた渡辺元智前監督
「野球王国」の神奈川県では少年野球チームが2000年の2000から2017年には800まで減少。野球少年の離脱者を少しでも減らそうと、このセミナーで取り上げられたのが「故障予防」だ。
「野球選手が診察に来て、手術になるのは5%。つまり95%は現場の指導者、トレーナーなどが治しているわけです」(山崎医師)
野球指導の難しさを示すデータの一つに、少年野球選手の多くが肘に痛みを抱えているというものがある。この一因として考えられるのは、“いいフォーム”で投げていないことだ。
横浜市スポーツ医学センターで理学療法士を務める坂田淳氏によると、少年野球選手が“いいフォーム”で投げた場合は肘にボール60個分の負担がかかるのに対し、悪いフォームでは120個分に倍増する。ちなみにプロ野球選手の場合、150個分の負担がかかるという。
“いいフォーム”で投げないと、力を合理的にボールに伝えられないだけでなく、過度の負担が肘や肩にかかり、故障につながりやすい。一方、少年野球では指導のほとんどをボランティアに支えられ、“いいフォーム”や故障の予防法など専門知識を身につける機会は決して多くない。
そこで神奈川学童野球指導者セミナーには500人の野球指導者や医学関係者が出席し、野球の動作に精通する医師や理学療法士から“いいフォーム”で投げる必要性、故障予防法、ケガをした際の対処などがレクチャーされた。
「最低限の正しいフォームを、子どものうちに身につけてほしい。そうすれば、大きくなって故障のリスクが減ります。そして、子どもたちに野球を楽しんでほしい」(三浦氏)
「将来的にはプロアマの壁がなくなればいい」と話した三浦大輔氏
こうしたセミナーでは居眠りをしている参加者が少なくないが、2000円の参加料で行われた神奈川学童野球指導者セミナーの会場は、参加者の熱気にあふれていた。熱意ある指導者への指導こそ、これまでの野球界に足りなかった部分かもしれない。

“野球離れ”への当事者意識

さまざまな角度から“野球離れ”を見つめ直していくと、日本球界が小学校、中学校、高校、大学、社会人、プロ野球と世代ごとに分断され、未来を見据えた施策が取りにくいことが大きな理由だということが見えてくる。
この構造を解決するのは極めて難しい一方、現場はその事実を受け止めて、自らできることを粛々と行い始めている。
その一例が、今回紹介した3つの取り組みだ。従来の枠組みを超えて手を取り合うことで、それぞれ可能性を大きく広げようとしている。
早稲田OBとともに活動する日本ハムの大渕スカウトは、今後、慶応や立教など東京六大学、さらにもっと広く同様の取り組みが広がっていくことに期待を寄せる。
「一人では変えられないとあきらめるのではなく、何かアクションをすれば、他でアクションをしている人がもっと頑張ってくれる。そうして、なんとなく世の中の雰囲気が変わっていくことをいまは期待しています」
トップダウンで変革できない野球界は、果たしてボトムアップでどこまで変わることができるか。
急速に進む野球離れへの危機感に各団体が当事者意識を持ち、「野球消滅」で紹介した青森県の野球普及活動のような取り組みが全国に広がり(参考記事はこちら)、今年、日本高校野球連盟が動き始めるという話もある。
高野連が動き始めたら、最後に重い腰をあげるべきは一つしかない。現状、12球団の寄せ集めにすぎないNPB(日本野球機構)が、一つになることである。
(撮影:中島大輔)