埋もれる優秀人材に働く場を提供。新しい雇用が、社会を変える

2018/1/10
15年前、「時短勤務」で働くことが珍しかった時代に、この働き方を広めたのが、派遣サービスを中心に事業を展開するビースタイルだ。「best basic style=時代に合わせた価値を創造する」を理念に掲げ、その時代の社会問題や、人々の不便さを解決するためのさまざまな人材サービスを展開する。活躍の機会を得られずに埋もれていた優秀な人材に「働く機会」を提供してきたビースタイルは、なぜこの事業を派遣サービスとしてはじめたのか。会長の三原邦彦氏が語る。
きっかけは、大学時代の派遣営業のアルバイト
ビースタイルの創業は2002年。パートタイム型人材派遣事業を4人で立ち上げたところからはじまりました。この創業に至った背景や想いについて、お話ししたいと思います。
さかのぼること高校時代。バイクの魅力にとりつかれた私は、将来はバイクレーサー兼開発者になりたいと考え、芝浦工業大学に入学しました。でも、入学してすぐに「自分は設計に向いていない」と気付いたんです。とにかく細かい作業が苦手で(笑)。
ですから、大学時代はアルバイトに明け暮れていました。このとき最初に出会った仕事が、求人誌で見つけた派遣会社の営業職。これが、とても肌に合っていました。
緊張で汗だくになりながら企業に提案営業するのですが、飛び込みの営業スタイルにも抵抗がなく、やればやるほど結果が出ました。
雇用を一つでも生む大切さを学ぶ
ただ、当時はバブル崩壊後で、派遣契約をひとつ取るのにも苦労していた時代。ある日、「1日の派遣案件」の契約のため、ある企業を上司と訪問したときのこと。
いざ見積もりを出すと「派遣会社はそんなに仕事がないの? 1日の仕事をとるために、2人で訪問してくるの?」と笑われました。
たしかに、たった1日の案件をもらうために、私と上司が営業に行っているわけなので、その人件費と交通費のほうが圧倒的に高い。ですが、その会社を出たあと、上司が「これで雇用が一つでも増えたらいいじゃないか」と言ったのです。
派遣事業に携わる私たちが大切にすべきは、雇用を一つでも増やすこと。自分が取り組む仕事の社会的意義を強く認識したことで、仕事への取り組み方が変わりました。
社会に価値ある何かを残す
そんなとき、インテリジェンス(現:パーソルキャリア)が派遣事業をゼロから立ち上げるという情報を得ました。そこで、大学の同級生である永井正樹くん(元:ブレイン・ラボ社長)と一緒に派遣の人選システムをつくり、売り込みに行ったのです。
当時はワープロを使っていたような時代ですから、社長だった宇野康秀さん(現:USEN-NEXT HOLDINGS社長)と、高橋広敏さん(現:パーソルホールディングス取締役副社長 COO)がとても興味を持って話を聞いてくれました。
宇野さんから、「システムを買うから、三原くんと永井くんは、うちの事業の立ち上げに加わってほしい」とスカウトされ、私は営業、永井くんはシステム開発として、派遣事業の立ち上げに参加することになったのです。
当時、宇野さんから「社会に価値ある何かを残そう」とよく言われていました。この言葉と、前職の上司に言われた「雇用を一つでも生む」が原動力となって私を突き動かし、アルバイトにもかかわらず営業成績は常にトップに。
宇野さんからもらった特別賞は、今でも大切に持っています。
子会社の立ち上げが、起業欲求を刺激
1996年に大学を卒業した後は、そのまま正社員としてインテリジェンスに入社しました。
毎日気が付けば夜中の2時…というほど、がむしゃらに働き、2年目に事業部長としてエンジニア派遣事業を立ち上げ、2000年にはIP技術を中心としたサービスベンダーの子会社、ECサーブテクノロジー(当時)を設立。社長に就任しました。
私は、仕事を通じて成功したいという欲求が強く、とにかく多くの人に影響を与える仕事がしたかった。そのためには仲間の力が必要で、自分の能力も磨いていかなければなりません。
仕事のトラブルで泣いたことは数えきれませんが、そういった日々の失敗から学習し、壁を乗り越え、小さな成功体験を積み重ねてきました。
その結果、初年度の売り上げは8億円に到達。「よし、次年度も頑張るぞ」と思っていた矢先、本社のインテリジェンスから「戻って来い」と言われ、戻ることを余儀なくされてしまったのです。
この経験が、「自分の会社を作りたい」という思いを生みました。本社に戻ってからも日増しに起業欲求は強くなるばかり。
このまま会社員のスタートアッパーとして新規事業や新会社の立ち上げを繰り返すよりも、自分なりのカルチャーで会社を立ち上げたい――。そして2002年、ビースタイル創業に至りました。
2002年の創業時、共同経営者と。
「寿退社」が当たり前。復帰したくても働く場がない
ビースタイルでまず実現させたかったのは、結婚・出産後にもう一度働きたい人がキャリアダウンせずに働ける社会をつくることです。
当時は、若年労働人口が減少し、高齢化が進むことはわかっていながらも、まだ「寿退社」が当たり前だった時代。女性は、結婚もしくは出産を機に会社を辞めるのが一般的でした。
ただ、問題はそのあとです。TOEIC900点で秘書経験を積んだような優秀な人が、もう一度社会に出て働きたいと思っても、働く場所がなかった。
私の周りにも、結婚前は出世コースでバリバリのキャリアを積んでいたのに、出産後に短時間でキャリアを継続できるような仕事が見つからず、学生時代と変わらないアルバイトをしている人がたくさんいました。
なぜなら、結婚・出産と同時に人のライフスタイルは変わりますが、企業はそれに合わせたワークスタイルを用意していなかったのです。
そもそも、労働人口減少を考えれば、8時間就業が仕事の成果に比例していると信じる時代は終わっています。仕事は、短時間でも経験を積んだ“できる人”がやるべきですし、そうした人を戦略的に雇用することは、企業にとっても働く人にとってもプラスにつながります。
このギャップを解消したい、結婚・出産後もキャリアを継続して働ける社会を作りたい。その強い思いから、時間がかかることは覚悟の上で、「時短派遣」事業の創出に着手しました。
ママが一人の優秀な人材として認められるように
創業からの数年は、企業に「ママが優秀」であることを理解してもらうのが大変でした。ブランクはあっても、キャリアを積んだ優秀な30代40代のママがたくさんいるのに、「20代のフルタイムで働ける人がいい」と言われてしまう。
たった、15年くらい前の話ですが、今とはまったく違う世の中でしたね。
しばらくは、自分の心と体と時間を投資して、寝袋で会社に寝泊まりしながら、企業への説得に近い啓蒙(けいもう)活動を続けました。すると、徐々に中小ベンチャー企業が理解を示してくれるようになり、少しずつですが、短時間・短日数で働きたいママの派遣ができるようになりました。
印象深かったのは、ある方から「仕事が決まって稼げるようになり、少し余裕ができて、家族で海外旅行に行きました」と電話をもらったこと。「時短でいい仕事に就けて、お給料をもらえることは、家族で有意義な時間をつくることにもつながりますね」と言われ、心底うれしかったことを覚えています。
創業から15年がたち、これまでの実績と時代の変化による後押しから、ようやく大手企業もビースタイルのサービスを活用してくれるようになってきました。
時短という働き方に、国も企業も本格的に取り組みはじめた結果、雇用形態はさまざまですが、今では年間約1万6000人の雇用を生み出すまでに成長。
学生アルバイト時代に上司から言われた「雇用を一つでも生む」と、宇野さんから言われた「社会に価値ある何かを残す」の2つを愚直に進めたことで、社会に「時短」という価値を残せたのではないかと思っています。
多様な働き方が当たり前の社会へ
テクノロジーの進化によって、個人の能力そのものが社会に影響を与える時代に変わりつつある今、労働は量から質へとシフトしはじめています。「労働力=労働時間」という定義が、「労働力=能力・価値」に変われば、優秀なママたちの働く場所は、今後ますます増えるでしょう。
私は、働き方改革とは「企業に経済効果を生みだす働きを作ること」だと思います。しかし、今の世の中は、会社から決められた通りの仕事をするのがほとんどで、それが本当に経済効果を生んでいるのかを棚卸しする機会もないでしょう。
経済効果は、顧客から支持される働きから生まれると考えます。今まで当たり前とされてきた、個人が1つの企業に属し「縦型のキャリアアップ」で報酬を増やしていく方法だけではなく、複数の会社との契約によって報酬を上げていく「マイカンパニー化」を進めるのも必要です。
働く自分も、家事や育児、介護をするのも自分。そして、やりたいことや趣味に時間を使うのも自分。かけがえのない、大切な人生のための生き方そのものを重視した新しい働き方を「スマートキャリア」という名称で広げていきたい。
そこで、この言葉を提唱すべく、弊社が運営している、時短で働くハイキャリア人材の派遣・紹介サービス「時短エグゼ」を、「スマートキャリア」に名称変更しました。
男性も女性も、時間によらず経験やスキルを生かして働けるように。時短や短日数、副業/複業など、ライフスタイルに合わせて多様な選択肢を持ち、かつ安定して働けるように。そして、この働き方がかっこいいと思える社会をつくるために。
「フルタイムで働ける正社員じゃないといけない」という考え方は、慣習化された“ラベル”にすぎず、どんな職種でも時短の働き方で成果を出せる優秀な人材はたくさん存在します。
「スマートキャリア」という言葉が社会のスタンダードになり、「スマートキャリア」という働き方の価値を残せる日まで、突き進みたいと思っています。
(取材・文:田村朋美、写真:岡村大輔)