正解がない社会で必要なのは、“道具”としての情報編集力

2018/1/17
生活が多様化し、年金や終身雇用といった制度が崩壊しつつある昨今、世の中は「正解がない社会」だと言われている。奈良市立一条高校の校長にして教育改革実践家の藤原和博氏と株式会社オールアバウト社長の江幡哲也氏は、それぞれのジャンルで「正解がない社会の生き抜き方」をテーマに精力的に発信してきた二人である。ともにリクルート出身で先輩後輩の間柄でもある両氏に今後、求められる賢い情報の取り扱い方について語ってもらった。

「個人の自立」が必要な日本社会

江幡:私たちの出身母体であるリクルートには「お前はどうしたい?」と聞かれる文化がありますよね。
新人時代、上司に相談に行ったときに「で、お前はどうしたいの?」「なんでそう思うの?」と底の底まで掘っていって、最後に「いいね。やりなよ」とよく言われたものです。
こういう「態度表明」こそが、今の時代に重要だと思うんです。間違ってもいいから、自分はこれに対してこう思っているんだ、と主張する姿勢が今の日本にはあまりに少ない。
藤原:教育の現場でもずっとそれを痛感しています。日本社会って、「どうしたい?」のような問いかけがまったくない。それは戦後から続く学校教育のせいなんです。
学校では、正解を覚えさせてわかった生徒に手を挙げさせる。そもそも問題の選択肢に対して疑問を抱いた生徒とか、選択肢にない答えを思い付いた生徒は手を挙げちゃいけない空気があります。
江幡:教育を含め、戦後の社会システムって、会社と国が中心のものだったと思うんです。みんなで同じ方向を向いて復興しましょう、と。
逆説的に言うとこれは、自立させないような社会システムなんですよね。個人がそれぞれ自立すると、みんないろいろな方向を向いてしまうから。
藤原:その通り! だから教育現場でも家庭生活にまつわるお金のことや、儲け方、資産の守り方、つまり、ライフデザインとか、個人の人生というものを考えさせないようにしてきたんです。
江幡:私はこの問題をなんとかしたいという思いがずっとあったんです。それで、インターネットが登場したときに、「これだ!」と。
個人の側に情報の主導権を移していくインターネットの登場で、いろんな産業構造が変わっていくのは予見できました。その際にキーワードとなるのは「個人の自立」なんじゃないかと思ったんです。
藤原:素晴らしいね。これからの社会、何もかもがAI化していくと言われているでしょう。従来の“自立をさせない”詰め込み型教育でやってきたことなら、人間よりもAIのほうが優秀なんです。
今ある仕事がどんどんAIに取って代わられたときに、どう生きていけばいいのかを考える際に「個人の自立」が必要になってくる。

日本は成長社会から成熟社会へ

江幡:「個人の自立」がキーワードになったのって、1998年以降なんですよね。
1997年と1998年の間で、明らかに世の中が変わったというデータが出ています。世帯収入300万円以下がいきなり増えて、家計の貯蓄率が一気に落ちたんです。
藤原:そう、 1998年から日本は成長社会から成熟社会に切り替わりました。1人あたりのGDPは一貫して下がり、アベノミクスでいくらドーピングしてもビクともしません。
社会は多様に複雑化してきて、情報を扱えないことへの不条理・不合理が生じるようになってきたんです。
江幡:それで当時、「個人の自立」とは何なのか?を自分なりに構造化してみたんです。自立するにはまず、人生における「不安」を取り除いて基盤を作らなければなりません。
不安を取り除くには何が必要かというと、マネー・健康・キャリアの3つの分野で「リスクをコントロールするチカラ」です。
その上で、2番目に「情報を正しく活用するチカラ」、3番目に「自分の価値観・こだわりに基づいて生活をデザインしていくチカラ」が乗っかっていくイメージです。
ジャンルで言えば、マネー・健康・キャリアの上に、英語・ITリテラシー・暮らしの知恵(情報を正しく活用するチカラ)、その上に住まい・美容・ショッピング・旅行(自分の価値観に基づいて生活をデザインしていくチカラ)がくると思います。
「これらの自立の要素に基づいて、知の流通を図ろうと思って作ったのがAll Aboutです」と江幡氏
それまでは、お金の分野では年金や終身雇用、退職金といった制度が、健康の分野では公的医療保険が、キャリアの分野では年功序列がありました。
これは要するに、国が「考えなくて大丈夫ですよ」と国民に与えたものだったんですね。
それが1998年以降、崩壊が加速しています。だから国に依存はできない、自分で何とかしないといけない時代なんです。

正解のないものと戦う武器=「情報編集力」

江幡:藤原先生は一条高校で、個人の自立を目指す新しい教育の形を模索されていますよね。
藤原:そう、江幡君はネットの世界で個人の自立を啓蒙(けいもう)しているけど、僕は教育の世界でそれをやっているんです。
その一例として、一条高校ではスマホを授業に持ち込ませてます。
授業中に質問や意見をスマホに打ち込ませて、それが無記名でスクリーンに出るようになっている。そうすれば、内気な生徒でも意見を言えるようになるわけ。
「態度表明」をさせるには、まず生徒が自分の意見を言うことに慣れさせる必要があるからね。それが「自立のベース」になるんです。
江幡:私の娘が、学校の授業でイギリスの議会を模したワークをやっているんです。与党と野党をじゃんけんで決めて、夫婦別姓の是非など正解のないテーマについて議論するという。これも態度表明を促す教育ですよね。
藤原:正解のないテーマ、っていうのがいいね。結局、これからの世の中で生き抜くためには、正解のないものと戦う武器が必要になってくるんですよ。僕はそれについてよく、「情報処理力」から「情報編集力」に切り替えろ、と言っています。
「情報処理力」というのは、詰め込み型教育で身につく力のこと。「集中して暗記して、正しい答えを言えればOK」という予定調和の中で行う「情報処理力」に対し、「情報編集力」については想定外のことをどれくらい乗り越えてきたかがものを言う。
ある想定外の課題に対し、そのとき納得できる解を出して、状況が変われば考え直す、そうやって不断に試行錯誤をして仮説を検証していくのが「情報編集力」です。
僕が講演でやる「情報編集力」のワークで、「喪服はなぜ黒いのか?」というのがあるんです。これ、結論から言うと、実は黒でなきゃならない理由はないんです。
明治時代までは日本の喪服は白だったけど、黒い喪服が使われるようになったのは昭和の戦争の頃。しょっちゅう人が亡くなるから汚れにくい黒がいい、と。
つまり、今たまたま歴史のなかで黒になっているだけで、50年後も黒である保証はない。
これまであった正解や常識を全部崩していって、個人の側から再編集していく必要があるんです。
ほかにも、世の中で「白が常識」とされているものを20個くらい挙げさせて、その中から「黒に変えたらもっといいものになるんじゃないか」というのを考えてもらうワークもあります。
白が常識なものを挙げているときには「情報処理脳」を使っているけれど、「黒に変えたらよくなるもの」を考えて付加価値を付けるときには「情報編集脳」に切り替える必要があります。

役に立つ情報コンテンツとしての広告

藤原:ちなみに喪服の話は、All Aboutの記事がソースなんだよね。そもそもAll Aboutはどの記事にも「ガイド」がついているでしょう? なぜそのような形にしたんですか?
江幡:インターネットが登場した頃、こういった専門家が情報発信をするようなサイトがなくて。インターネットが玉石混交の情報が集まる場になっていくことは予想できました。
ですから、当初から顔出し・実名の専門家を前面に出し、「信頼できるメディア」というブランドイメージを大事にしてきました。
藤原:サイトを開設して17年だっけ? 浮き沈みの激しいインターネット業界で、どうやってここまで運営を維持してきたの?
江幡:ガイドの採用に際しては、実際の執筆記事を提出する実技試験に加え、面接など厳格な選考を実施しています。
さらに、記事の公開に関しても、各テーマ担当編集者の事前確認を経るフローにして、信頼性の担保とコンプライアンスの徹底に、当時から日々取り組んでいます。
また、ガイドにはパーソナルブランディングを強化するためのセミナー開催のほか、TV・新聞・雑誌など各メディアからの取材依頼など、金銭以外の様々な活躍機会や報酬を提供しています。
これにより、モチベーションを高く保ち、良質なコンテンツを生成いただく独自の専門家モデルを構築しています。記事本数は月間で約1000本、累計で18万本になりました。
藤原:インターネットって世の中を映す鏡だから、世の中に存在するのと同じくらい、“悪”も交じっているよね。All Aboutはガイドを置くことで、保険としての役割を果たしてきた。
江幡:どんなに情報の流通が変化しても、 いつの時代も求められているのは 「オリジナル」で「信頼できる」情報です。これまでは企業側から一方通行で提供されてきた広告においても、All Aboutが役に立つ情報として編集することで、「コンテンツ」として読者に楽しんでもらう。
制作するうえで重視しているのは「役に立つ」「発見がある」「信頼できる」「驚きがある」「背中を押す」の5つ。
最近の動きだと、ネット業界で問題視されているアドフラウド(広告詐欺)を排除するためアドベリフィケーションツールを導入しました。
私たちは広告においても透明性、安全性の追求を率先して目指しています。
藤原:そういう信頼性の高いメディアは、広告主から見ても重要視されているんだろうね。
江幡:All Aboutは情報の選択や決断に迷う生活者に、賢く、不安なく、そして自分らしく生きてもらうために「情報で世直し」という志で立ち上げた事業なんですよ。
バズりづらいメディアではありますが、それでいい。
その信頼性を守り続けてきたおかげで、昨今、ネットの信頼性の問題が一部で指摘される中でも、多くの広告主からの高い評価をいただいています。
今後も、IT企業としてテクノロジー面でも信頼性に対する取り組みを強化し、ガイドを基盤にした人間力とともに「個人の自立を支える情報発信」を続けていきます。
(編集:奈良岡崇子 構成:朝井麻由美 撮影:的野弘路)