【2018年特集】「移動の自由」の拡大が、世界の不平等を是正する

2017/12/22
2015年、国連は161の加盟国首脳陣の承認のもと、世界が向き合うべき17のゴールと169のターゲット「SDGs」を採択した。国際社会が掲げるグローバル課題に対し、ビジネスを通じて解決を図るのが住友商事だ。SDGsを経営の主軸に据えた住友商事の“未来につながる事業”をひもとく。
現在、自動車は誕生以来、最も大きな転換点を迎えている。その鍵のひとつが、IoTを活用した「コネクテッドカー(つながるクルマ)」と「EV(電気自動車)」の普及だ。
自動車産業は市場規模が大きく、裾野も広い。17の目標からなるSDGsでも、モビリティの進化が複数の課題解決の一助になると期待されている。
ローランド・ベルガー・日本法人社長で自動車業界の知見が深い長島聡氏と、住友商事 自動車事業第一本部長の中島正樹氏に、次世代モビリティで進化する社会について語ってもらった。

「移動」は社会を発展させる原動力

──最初に、世界で求められる自動車の役割、そして変化について教えてください。
長島:昔も今も、そしてこれからも、自動車は基本的に、なにかを移動させる手段です。そして社会の発展に大きく寄与してきました。
例えば、自分が住んでいる地域に仕事がなくても、クルマがあれば外へ働きに行けるようになる。これは「人の移動」です。また、村で作ったものを街に売りに行くこともできる。これは「モノの移動」。
人やモノが移動することは、経済が動くことに直結しています。そう考えると、現在の貧困層といわれる人々が二輪車や四輪車を買えるようになると、世の中は大きく変わります。
貧困層に向けたビジネスでは、ムハンマド・ユヌスがバングラデシュで設立したグラミン銀行が有名です。農村部で低金利・無担保の低額融資を行うことで、働くための第一歩を促す。
また、農村地帯で携帯電話を広めて、情報格差を埋めて生産性を向上させたグラミンフォンなどもあります。
貧困層にモビリティへのアクセスを提供することは、これらと同じかそれ以上のインパクトがあるでしょう。ひとり1台でなくても、村に1台ある自動車をシェアリングしてもいい。
──その考えは、SDGsにある目標のひとつ 「人や国の不平等をなくそう」に通じます。
中島:長島さんがお話しされた通り、クルマがあることで持続的に仕事ができる素地が生まれます。
当社では現在、インドネシアでオートファイナンス事業を展開しています。インドネシアは経済成長著しく、今後も四輪車や二輪車の需要が見込めますが、現時点ではやはり一定の経済レベル以上の人しか購入できない。
そこで、銀行口座を持っていない人でも購入できるように、しっかりとローンを組んでもらえるような、独自の仕組みを提供しています。
私たちの長い事業経験に基づくファイナンスの仕組みにより、クルマが普及していくことで、インドネシアの生活水準向上に貢献していると自負しています。
インドネシアの首都・ジャカルタ市内の街並み。無数の四輪車、二輪車が走る。
──住友商事は、自動車ファイナンスのスタートアップ企業「GMS(グローバル・モビリティ・サービス)」にも出資をしています。
中島:GMSは、自動車のエンジンを遠隔で制御する装置を搭載することで、自動車ローンを組みやすくするサービスを提供しています。
支払いが滞れば遠隔でエンジンを停止して回収できるので、ローン返済への信用度が上がり、貧困層に自動車が普及していく一助になると捉えています。まさにテクノロジーが可能にした新しい自動車ビジネスの形です。
──GMSは、エンジンの遠隔停止に独自開発のIoTデバイスを活用しています。これは、ある意味でコネクテッドカーと理解してもいいと思います。
中島:そうですね。コネクテッドカーは、さまざまな可能性を持っています。住友商事の傘下にSMAS(住友三井オートサービス)というオートリースの会社があります。
ここで管理しているクルマは、法人使用を中心に約75万台。日本には約8000万台が存在しているので、100台に1台はSMASのクルマです。この75万台が全てつながったらどうなるか、想像してみてください。
例えば、法人顧客にとって、社員がどういった運転をしているのかが分かれば、事故防止や保険料削減、さらには社員の運転技術や行動のチェックにもつながるかもしれません。
ほかにも、全国各地を走っているクルマからリアルタイムで渋滞情報や天候情報といったデータを入手できれば、それらを利用した新しいビジネスも考えられます。こうした新しい付加価値は、他社との差別化にもなります。
長島:全国を走る車の総数を考えると、75万台は少ないと思うかもしれません。だだし、この75万台は法人が使用しているので、その多くの時間は実際に走行していて、駐車場に止まっている時間は少ない。
一方、自家用車はその多くの時間、駐車場に停車されています。そう考えると、法人の75万台のほうが走行データという意味ではたくさん取れる可能性がありますね。
中島:おっしゃる通りです。実は、この事業を手掛けている部署は、2年前に「自動車リース事業部」から「モビリティサービス事業部」へと名称変更をしました。
そのときに「我々の仕事はリースじゃない。新しいクルマ社会に対してさまざまなサービスの提供をすることだ」と話したことを覚えています。面白いことに、名前を変えると意識も変わるんですよ。

スタートアップと共に生む新たな価値

──サービス提供者としての役割が拡大していくと、自動車メーカーとの関係性も変わってくるでしょうか。
中島:自動車メーカーは今後、自動車を活用したサービスにも積極的に進出してくるでしょう。そうなると、私たちのビジネスとも競合します。しかし、ぶつかるだけではなく、一緒に組んで新しいこともできるはず。
自動車メーカー同士、自動車メーカーと他業種、他業種同士、みんながいろいろな仲間作りを進めてつながっていけば、結果として社会の大きな枠組みが生まれて、世の中が便利でハッピーになる。こんないい話はありません。
長島:ほかにもスタートアップとの連携などは始めているのでしょうか。
中島:駐車場をシェアリングするサービスakippaに出資をしています。このサービスには将来性を感じていて、かなり早いタイミングで一緒に組みました。実は、akippaはオートリースとも親和性が高いんです。
長島:駐車場のコストが劇的に減らせますね。
中島:そうなんです。企業が営業で社用車を多用する場合、営業先でコインパーキングに支払う金額は馬鹿にならないし、探す手間も掛かる。akippaは格安だし事前に予約もできます。クルマだけでなく駐車場とコネクトさせると、クルマ社会のストレスフリーにつながります。
長島:駐車場を社会のアセットとして共有できる状態にしておくのは、クルマを使う以上、本当に大事なことですね。
中島:また国内だけではなく、世界中のスタートアップとも協力を始めています。例えば、台湾で電動スクーターと電池バッテリー交換ステーションを展開するGogoroや、運行状況を把握・分析できるテレマティクスサービスのSmart Drive、フランスのカーシェアの会社などにも出資をしていますね。
──自動車の未来には、コネクテッドに加えて、EVや完全自動運転が控えています。
中島:EVでは、日産の新型リーフが発売されたことで買い替えが進み、使われなくなった蓄電池が大量に出てきました。それを別の用途で再利用したり、新技術を使って新たにクルマへと戻す実験などを行ったりしています。
鹿児島県の甑(こしき)島では、EVの使用済み蓄電池をリユースした大型蓄電池設備を設置し、自治体と共同で近々、シェアリングサービスをスタートさせます。
また、先ほどお話ししたGogoroとは、石垣島で実証実験を始めています。Gogoroの電動スクーターは、蓄電池が空になったらステーションで充電をするのではなく、すでに充電してある蓄電池と交換をする仕組みです。
これを応用すれば、電動スクーターだけでなく、キャンプで使う電源や災害時の非常用電源を持ち出すステーションとしても使えるのではないでしょうか。2017年は、蓄電池のリサイクル元年だと思っています。
沖縄県の石垣島で実証展開を行っている、Gororo製のスクーターと、交換式バッテリー用充電ステーション。
長島:自動運転で言えば、今の自動車が完全自動運転に置き換わるのはまだ先の話ですが、まずは“低速で走るモビリティ”として需要があるのではと考えています。
例えば、都市部ならばゆっくりと無人運転で走る移動宅配ボックスなどが考えられます。常に道路を走っていて、予約をすると指定した場所に10分間だけ止まっていてくれる。そこで、荷物を受け取ります。
過疎地域なら、交通弱者のためのインフラとして、ゆっくり走るモビリティがあってもいい。日本の道路の0.1%でもいいから、そういったクルマが走れるところをつくれば、そこが呼び水になり普及するかもしれません。
そうした多彩なサービスが、さまざまな事業者同士が組むことで生まれてくる可能性があるでしょう。

クルマに“乗る理由”を知っている強み

──激変する自動車産業のなかで、総合商社の特色は今後どのように発揮されるでしょうか。
中島:コネクテッドは情報がつながるだけではありません。電車とクルマ、バスとクルマ、いろいろなものがつながれば、社会はより便利になるはず。このような異なるプレーヤー同士をつなげるのは、商社の得意領域です。
製造分野でも、大きな変化が起こるかもしれません。自動車も1台売っていくらという売り切り型のビジネスモデルではなく、課金型にシフトするかもしれません。場合によっては、走行距離を基準に投資を回収するといった考え方も。
もちろん、これらは大胆な仮説ですが、製造である川上もサービスである川下も、発想を変えて自動車ビジネスに携わる必要がでてくるでしょう。
長島:これからの自動車産業は、時間をかけて練りに練ったもので勝負するやり方では成立しなくなるはず。少しでも面白そうでニーズがありそうなものを、どれだけスピーディーに出せるかが勝負です。
中島:その意味では、規模やレベルは違えども、先進国で生まれた自動車に関するテクノロジーやサービスを新興国に移植しやすくなったと感じています。例えば、Uberのようなライドシェアサービスは、新興国でも生まれています。
商社は、さまざまな国にネットワークを持っており、ある国のサービスを別の国に持っていったときに、そのサービスが定着するかどうか肌感覚で判断することができる。国を超えてサービスをつなげられるのも、私たちの存在意義かもしれません。
長島:総合商社の強みだと感じるのは、自社内でさまざまな事業を手掛けていること。不動産事業や小売り事業にも関わる商社なら、それらの場所にどんなクルマで、どんな人が訪れたかを把握することができます。
つまりクルマに乗って向かう「目的地」を持っているという強みです。クルマを使ったさまざまなニーズを知っていることが、競争力につながっていくでしょう。
中島:この3〜4年、自動車業界の急激な変化を目の当たりにして、大きな危機感を持っていました。今までの仕事が明日、なくなるかもしれない。一方で、それはチャンスでもある。
音を立てて自動車業界・市場・産業が変わっていくなか、適切に布石を打って、さまざまなものをつなぐことができれば、商社は自動車に付加価値を与えられる役割を担えるのではないでしょうか。
長島:そうですね。自動車産業は、自動車メーカーを頂点としたピラミッド構造ですが、今はその構造自体が壊れつつある。
総合商社の横のつながり、そして変化に対する強さを活かせば、相当なポテンシャルを発揮するはずです。どこまで素早く変化できるかが、最も重要なポイントになるのではないでしょうか。
(編集:呉琢磨、構成:笹林司、撮影:岡村大輔、デザイン:九喜洋介)