「ビジネス×AI」はどこまで進んでいるのか、進むのか

2017/11/30
第3次ブームの渦中にいるAI。AIスピーカーなどの登場で盛り上がる個人向け、そしてポテンシャルが大きいと言われる企業向け分野の双方において、AIはどこまで浸透しているのか。テクノロジー事情に詳しいシリコンバレー在住のジャーナリスト、瀧口範子氏が米国の状況をもとに、AIの「現在地」をリポートする。

実用フェーズに入ったAI

数年前から話題に上がる機会が多くなったAI(人工知能)は、自然と私たちの生活に溶け込み始めている。多くの人々が消費者として最初に触れたAIは、スマートフォンの音声認識機能だろう。
アップルの「Siri」、グーグルの「Google Assistant」、マイクロソフトの「Cortana」など、スマートフォン上でやり取りできるAIアシスタントは、もう当たり前のインターフェイスとなった感がある。音声を認識する技術と返答内容の精度が上がり、これまでメインのインプット手段であるキーボードや画面のタップ・スワイプにとって変わる可能性は十分あり得る。
加えて、家庭用AI製品と言えるスマートスピーカー「Amazon Echo」は、同様の機能に加えて家の照明や家電を操作する仲介役にもなる。スマートフォンを手にする必要がなく、2014年の販売開始以来予想以上のファンを獲得。日本でも11月に販売を開始し、反響は大きい。
家庭用を中心にAI市場をけん引しているのは、グーグルやアマゾンなどのIT大手ではあるが、AIを使ったコンシューマー向けサービスを始めるスタートアップが多く登場しているのも、米国ではAI市場を盛り上げる要素にはなっている。
例えば、バタフライ・ネットワークは、スマホを利用して超音波診断ができるという仕組みを発表。X.aiというスタートアップは、メールのやり取りに介在して双方のアポをセットしてくれるエージェントを開発している。自分の銀行口座の状態をテキストのボットが知らせてくれるというアプリは、カシストが生み出したものだ。
また、カリフォルニア大学サンディエゴ校とIT企業との共同研究では、ユーザーのファッション・センスを学習して、独自の服をデザインしてくれる仕組みを開発している。これらは全て、AIがあるからこそ可能になっているものだ。

AIの主戦場は企業向け

このようにAIは暮らしに着実に浸透してきているが、企業側でも従来から利用していたツールにAIが盛り込まれるケースが増えてきた。
それらは効率化に関わるものもあれば、これまで人間の手作業ではできなかったものをAIが可能にしているというケースもある。実はAI市場としては、こうした企業向けソフトのほうが大きな戦場となるはずだ。ある大手ベンダーの戦略をもとに企業向けAIをみてみよう。
オラクルが展開している「Adaptive Intelligent Apps」は、企業が自社で持つデータと他社から取得したデータを統合し、そこに業務に応じたAI機能を盛り込むというもの。AIによってバラバラに存在していたデータから新たな分析結果を導き出し、それを業務に活用することが可能になる。
これが、セールスやマーケティング、カスタマー・サービス、会計、人事、製造、サプライチェーン管理など広い用途において、人事では最適な候補者を推奨し、サプライチェーンでは適切なサプライヤーを推奨したり、マーケティングでは顧客の要望にあった提案をしたりすることに役立てられるのだ。
例えば、消費者に近いところで、マーケティングではどう活用されるのかを説明しよう。
ある潜在的顧客ユーザーが、あるブランドと親和性が強いことがわかったとしよう。そのブランドのことをより知ってもらうために、広告表示をすることはもちろんのこと、購買履歴やこれまで行った検索などから、そのユーザーの好みや今後購入しそうなものを予測して、オンライン・ショッピングでのお勧め商品表示などに役立てる。イベントの招待状を送ったりもするだろう。
こうしたことは、以前でも可能だ。しかし、従来ならば縦横に情報を照合させる必要があり、膨大な手間と時間、コストがかかっていたわけだが、AI機能によって効率化できるだけでなく、顧客獲得の的中度を高めることができる。つまり、自動化と高精度を両立してくれるのだ。
こうした企業用アプリケーションの基盤となる、システムのバックエンドでもAIは有用で、オラクルはデータベースやセキュリティでの利用を発表している。こうした領域でのAI利用は、まさに機能性を根底から高める事例である。
オラクルの会長兼CTOのラリー・エリソン氏は、AIの導入におけるデータベースやセキュリティの向かう先について「自走車のように完全自動化することが目標」とした。
オラクルの会長兼CTOのラリー・エリソン氏。今回のイベントでは、AIの活用に対する取り組みに多くの時間を割いて言及した
同社のクラウド・データベース「Oracle Autonomous Database Cloud」では、これまで人力で行っていたデータベースの管理を自動化することが可能になり、セキュリティではその脅威への対策が自動で行われるようになるという。

データベースの自動化が意味するもの

では、データベースの自動化とはどういうものか。
従来、データを格納し、整理したり分析したりするために用いるデータベースはその運用に多くの人による手作業が必要だった。データ管理、正常に動作しているかの監視、セキュリティの設定やソフトウェアのアップデートなど多岐にわたる。
これをAIの機械学習機能によって全て自動化すると、これらの運用が人手をかけずに行われるだけではなく、すべてオンラインでメンテナンスされるために運用を停止させるダウンタイムも防止される。
こうした自動化によって、ダウンタイムは1年で30分未満に抑えられ、可用性は99.995%まで高められるという。人が介入しないため、ヒューマンエラーがなくなるのもメリットになる。

ビッグデータ時代のセキュリティにAIは必須

一方のセキュリティの自動化は、データベースの自動化と同様に、企業のデータ、システムを安定・安全に保つことに貢献する。オラクル・マネージメント&セキュリティ・クラウドというサービスに適用され、ここでも機械学習機能が利用される。
エリソン氏は、「機械学習の特徴的な機能は、多くのデータから異常を見つけること。全てのIPアドレスやURLをモニターして、平常の動きと異常で危険な動きを自動的に識別する」と説明した。
最近はハッカーの侵入事件を耳にしても驚くことがなくなってしまったが、同氏は、現在のハッカーによるアメリカへの攻撃は今や「戦争状態」で、高度なサイバー防衛システムがなければ対抗できないと強調した。ことに深刻なハッカー侵入は、システムに最新のセキュリティパッチが適用されていない隙を狙われ起こっているという。
だからこそ、今回のデータベースとセキュリティ両方を自動化するというアプローチは、そもそもサイバー攻撃への防御を高めながら、その上で、セキュリティ監視の強化を図るというわけだ。

AIは競争を激化させる

AIは過去、第1次ブーム、第2次ブームがあり、現在は第3次ブームの最中にいると言われる。過去2度のブームは一部の研究者によるもので、実用化には乏しく、その結果普及には至らなかった。しかし、こうしたコンシューマ向けの手軽なAIから、企業の根幹を成すシステムでの利用など着実に浸透しており、過去とは明らかに違う。
大事なポイントは何のためにどのようにAI機能が盛り込まれるのか、という点だろう。AIは人工知能と呼ばれるため誤解があるが、そのしくみであるアルゴリズムを作るのは所詮人間。
どういったデータをどのように解釈して、どんな洞察を得るように設定するのかの部分は、あくまでも人間の仕事。その意味で、AIを利用したテクノロジーの使い勝手は、ますます企業間の知恵比べの舞台となる。
この秋に始まったNewsPicks解説員制度。ニュースの理解促進のために、さまざまな観点で情報を分析・解析するスペシャリストだ。その一人である椎名則夫氏に企業のAI利用のポイントを聞いた。
AIの活用がうまくいくには、5つのポイントをクリアしなければならないと考えます。
第1がデータの「アベイラビリティ」。低コストで大量のデータを迅速に入手すること。第2は「検証性」で、仮説検証を高速で回せることです。この2つがあれば、何らかのデータ学習を自動化できる環境が整うと思います。
しかし、これをビジネスとして成立させるには、第3に「収益性」、第4に「データの排他性(独自データを蓄積するという意味)」、第5に「顧客満足度」が必要だと思います。
これらが全て揃えば、自社と顧客がWIN-WINの関係を築け、顧客が進んでデータ提供をしてくれるフィードバックを築くまでになるでしょう。
タネを明かせば、AIに積極的と考えられるアマゾンやグーグル、あるいはフィンテック企業が当面どのように勝ちたいのかを簡単に整理してみたものですので、彼らを具体的に考えればイメージしやすいと思います。
例えば個人の資産管理サービスを提供するフィンテック企業を考えてみますと、ユーザーの入出金のフローと保有資産の額、およびリスク許容度などのデータを集め、集めたデータをグルーピングして、お金をうまく回せる人とそうでない人との違いをフィードバックしてお金の使い方を指南。やがて、蓄えたお金の運用提案やお得な借り入れ提案をその顧客の属性に合わせて行うという姿が見えてくると思います。
そしてこれがユーザーの資産形成に現実につながり始めると、そのユーザーからのロイヤリティが高まり、生涯の伴走者として欠くことのできない存在に変わっていくでしょう。事業者側はここで顧客の生涯価値を取り込むことになります。
こうした勝ちパターンがあるがゆえ、最終消費者に対面する企業であれば多かれ少なかれ顧客との密着度を高めるためにデータの収集と分析に走らざるを得ないと思います。そしてそのデータが増え多様化するほど作業の自動化が求められAIの領域が拡大していきます。
なお、ここまでBtoCについて考えてきましたが、BtoBにおいても顧客に関するデータを集めることの重要性は変わらないと思います。ただ、BtoBの場合、直接の顧客がマスとは限りませんので、自社の製品・サービスの利用状況を深掘りして把握する必要もあります。ここにIoTの素地があると思います。
主に顧客の面から考えてきましたが、顧客のニーズに適確に応えるには自社のサプライチェーンを“リーン”にし、PDCAを迅速に回す必要があります。
このためのデータ自体は社内に蓄積されていると思いますが、問題となりそうなのは現場現場でデータを活用するためのリテラシーにばらつきがあること。このばらつきを最小化することに、社内データにおけるAI活用の一つの大きな意義があると思います。(談)