【三村明夫】2020年以降、明るい展望を描くために必要なこと

2017/11/24

中小企業のIT導入は進むか

──中小企業のビジネスにおいて、IT化やAI(人工知能)、ロボティクスなど、テクノロジーへの期待はありますか。
三村 ええ、大いに期待しています。前回お話ししたように、人手不足の影響で供給力が需要を下回る時代ですから、経済活性化のためには需要を喚起するより生産性向上を図るほうが重要です。
中小企業は今も手作業で仕事をしているところが少なくないので、生産性は大企業の2分の1程度といわれます。ITやAIによる自動化は、彼らの事業の効率化に大きく寄与するでしょう。
しかし、中小企業がIT化をするには、3つのネックがあります。
1つは経営者のITに関する知識が十分ではないこと。必要以上にITに苦手意識を持つなどITリテラシーが不足していて、導入すればどれほど仕事が効率化して自分たちがやりやすくなるかに気づいていない人が多い。まずは、経営者の気づきを促すことが第一段階です。
2つ目は、IT導入の重要性に気づいたとしても、それを進められるIT技術者が社内にいないことです。3つ目はコストがかかること。コストが50万円以上になると、中小企業は導入をためらうと言われているそうです。
そこでわれわれは政府にお願いして、ITの専門家を2年で1万社の中小企業に派遣してもらうことになりました。また、商工会議所には約3500人の経営指導員がいるのですが、彼らの多くがITを指導できるようにしたいと思っています。
また、中小企業は生産性が大企業の半分と言いましたが、ITをうまく取り入れた企業には、大企業の生産性を大きく上回るところもあります。規模が大きくないからこそ、IT化の効果が顕著に表れやすいのだと思います。
すでにIT化の導入で成功しているそれらの企業が、自分たちの生産性向上にとどまらず、持っているノウハウで他の企業に指導してそれで収入を得られるような仕組みも作りたいと考えています。
世の中のサプライチェーンという観点で見ると、大企業が何かを生産するにしても中小企業の存在は欠かせません。
ですから大企業には、自社だけでなく部品の発注先である中小企業も含めて、システム構築を考えてほしいです。そうすれば中小企業のコスト面のハードルも少し下がります。
それに最近は、クラウド上でさまざまなデータを管理できるようになっていますから、これまでのように何十万円もするハードウェアを買う必要がなくなりつつあります。
そうした技術革新の追い風を受けて、もっと「安く、易しく」ITを導入できるようになると、IT化とそれによる生産性向上はこれからの1~2年でずいぶん進むのではないかと予測しています。
商工会議所の中でも新たにIoT活用に関する委員会を立ち上げました。今はまだ私も含め、ITやAI、IoTを完全には理解しきれていない人もいることは否めませんが、この状況はこれから変わっていくでしょう。

軽減税率には大反対

──消費税の増税について伺います。安倍首相は予定通り、2019年10月に消費税を10%に上げると言っていますが、中小企業の立場からすると、消費を冷え込ませる懸念はありませんか。
消費増税については、前任の岡村正会頭時代に「10%までは増税に賛同しよう」と商工会議所として機関決定しており、私個人も同意見です。
もちろん、各現場からいろいろな意見はありますし、増税によってマイナスの影響はあるかもしれませんが、日本経済にとって致命的なものにはならないでしょう。
もちろん増税分は、社会保障に使われることを前提として考えています。政府には、社会保障給付の重点化や効率化の徹底とともに、高齢者の応能負担割合を高めるなどの改革によって持続可能な制度の設計をきちんと行ってもらいたい。
ただ私たちは、軽減税率の実施には大反対です。食料品など生活必需品の税率を8%に据え置く制度ですが、事業者の立場からすると、事務負担が大きすぎます。
仕入れの際に、その品が軽減税率の対象に該当するかどうか仕分けをし、対象になる場合とならない場合の2通りの事務作業をしなければなりません。
先ほども言ったように、中小企業はIT化できずに手作業で計算している事務所がまだたくさんあります。小規模の事務所ほど、従業員1人の事務負担増加が会社に与える影響が大きい。
軽減税率は対象品目の線引きも難しいですし、増税するのですから、中途半端に軽減するよりも、増えた歳入できちんと社会保障を充実させるほうが、日本の将来につながるはずです。
本当に社会全体のためになっている実感が得られるなら、増税しても批判は出ないのではないかと思います。
すでに国会で決まったことなので覆すことは難しいでしょうが、われわれは最後まで軽減税率反対を主張していきたいですね。ただ新聞購読料が軽減対象になっているからか、大手新聞が書いてくれないのが残念ですが。

財源が紐づいた政策が出せるか

──最後に、2020年以降の日本を、三村さんはどう予測していますか。東京オリンピック・パラリンピックの後に、また不況になるのではないかという見方もありますが。
いやいや、そんなことはないと思いますよ。「オリンピック後の不況」というのは需要の落ち込みに対する心配でしょう?
先ほども言ったように、すでに供給力が需要を下回っている時代です。需要をどうするかより、供給サイドの政策を考えるほうがいいでしょう。人口は減少してますます人手不足になるでしょうから、そこをどう乗り切るかです。
もう一つ大切なのは、国内マーケットの将来にどのような展望を持つか。大企業の海外投資は変わらず続くのでしょうが、ポイントは国内に投資をするかどうかです。
企業の付加価値のうちの人件費の割合を示す「労働分配率」は、われわれ中小企業が約70%であるのに対し、大企業は43.5%です。つまり大企業には、潤沢なキャッシュフロー(自由に使えるお金)がある。これを投資に回すことが大切です。
お金を回さないことには経済は前に進みませんが、将来に対する確信がないとなかなか投資できません。それはつまり、日本の将来をポジティブにとらえることができるかどうかで、これが2020年以降の鍵となるでしょう。オリンピック需要が全てではないのです。
将来への希望について言えば、国連の幸福度調査ランキングでは日本は51位で、ロシアや中央アジアのウズベキスタンよりも低いのだそうです。
──思ったより低いのですね。
そう思うでしょう。比較的恵まれた立場の方から見れば「おかしいな」と感じますが、みなが果たして「おかしい」と思えるかどうか。やはり数字が表すように、将来に希望を持ちにくいのかもしれません。
この幸福度調査は、アンケート結果や健康寿命、GDP、国民の自由度を総合的に測っているので、日本はこの結果を受け止め、もう少し問題意識を持ったほうがいいでしょう。
希望の持てる社会とは、社会保障が充実していて、子どもにウェイトを置いた社会です。
私が委員長を務めた内閣府の「『選択する未来』委員会」でも、50年後も1億人の人口を維持することを目標としています。そのためには、世の中のトレンドをこれまでと変えなくてはなりません。
政府もそれは認識していて、「一億総活躍」などさまざまな政策を立てていますが、財源の話が欠けていることが気になります。
将来をポジティブに考えられるように財源が紐づいた政策を、これからの数年間で出せるかどうかが、日本の重要なターニングポイントになると思います。
私は将来に対して悲観してはいません。今ここからが、日本の勝負どころだと思っています。
(構成:合楽仁美、撮影:竹井俊晴、デザイン:今村徹)
*終わり