名将の警鐘。高校野球で蔓延する食トレと“心の機械化”

2017/11/15
過去に1度だけ、依頼を受けた企画の取材後に掲載をやめてもらうよう、ある編集部に願い出たことがある。
この取材テーマの記事が配信されることの影響力を考えた時、高校野球界にとってプラスにならないと思ったからだ。
そのテーマとは、高校球児における「食」についてだった。
ある高校が身体づくりのために「食べる」ことを「トレーニング」とうたい、強力打線を作り上げている。だから、そのチームの取材に行ってほしいと依頼されたものだった。
取材に行ってみると、ただただ驚かされた。
「食トレーナー」とおぼしき人物が、選手たちの体重をチェックして叱責。監督は、「お前たち、監督が走り込みをしろといえば、歯を食いしばってでもついてくるだろう。食べるのも一緒だ。トレーニングだと思え」と「食」を強制していたのだ。
「薬を飲むのと同じです」と、当時の選手は食事においしさを感じていない様子だった。ただただ、身体の中に流し込むだけ。甲子園に行くために、プロ野球選手になるために、生活の楽しみの一つである「食」が歪められていた。
あの取材から5、6年が経過し、筆者の願いも通じず掲載されたこの高校のような取り組みをする学校は後を絶たない。
監督室には生徒の体重表があり、近くに体重計が置いてある。ご飯の重さを確認するはかり、2リットルの容器に敷き詰められたご飯等々、高校野球界では「食トレーニング」が流行になっている。
あの記事は、やはり出すべきではなかった。
取材で生徒の体重表を目にするたびに悔いていたが、そんな折、「食事は楽しくないとダメだと思う」と語る甲子園常連校の監督に出会った。
日大三高・小倉全由(まさよし)監督である。
甲子園で2度の全国制覇を誇る名監督の一人だ。

あの食事、おかしいよ?

2度の優勝はともに、強力打線を看板に、圧倒的な力で甲子園を勝ち抜いた。
筋骨隆々とした体つきの選手たちがフルスイングして相手投手を粉砕していく。2011年、夏の甲子園決勝戦では、光星学院を11対0で圧倒して制した。
大学を経由してプロに進んだ高山俊(阪神)が1番バッター、4番には横尾俊健(日本ハム)がいた。他にも同校OBで小倉監督の教え子には、近藤一樹(ヤクルト)、山崎福也(オリックス)、関谷亮太、吉田裕太(ともにロッテ)、坂倉将吾(広島)などがいる。
彼らはいずれも恵まれた体格をしていたが、小倉監督は「食事は“餌”にしてはいけない」と食トレーニングを課さなかったという。
「無理やりに食べさせようとは考えてこなかったですね。アスリートなら、どんぶり飯を3杯くらい食べなきゃだめだろうとは思ってはいますけど、こちらの指示通りに食べなければ、食事の席を立ってはいけないとか、ご飯のグラムを量ったりはしないです。食事は楽しく食べるものだと思っています」
小倉監督が「食トレーニング」を嫌う理由は、食事に「楽しさが必要だ」と考えているからだ。これは前任の関東一高での経験による。
日大三を卒業後、日本大学に進学。大学在学中に母校のコーチを経て、小倉監督は1981年に関東一高の監督に就任した。
「僕は日大三の野球しか知らなかったものですから、関東一高に赴任した当時は日大三で習ったものを、そのまま教えていました。例えばバッティングでは、セカンドにランナーが行くと、右打者は必ず右打ちをさせる。昔の日大三高はホームランを打つより、セカンドゴロを打った方が褒められるようなチーム方針だったんです。その指導を関東一でもしていました」
強力打線を形成している今では考えられないが、小倉監督のなかの「当たり前」の基準は日大三で教わったものだった。それは野球のスタイルだけではなく、練習の厳しさ、そして寮の食事に関する作法にまで及んだ。
正座をして、音も立てず、静かに食べる。談笑もせずに食事をとるのが、日大三の食事における伝統だった。「修行僧のようなんですけど、『これが作法だ』と教えていた」と小倉監督は回想している。
そんな空気を不思議に感じ取ったのが、監督就任1年後に結婚した小倉監督の奥さんだった。16~18歳の少年がつまらなそうに食事をとっている様子に違和感を口にした。
「『なにあの食事? おかしいよ』と女房に言われたんです。最初は『日大三ではこうしてきたんだ。余計なことを言うんじゃねぇ』って言ったんですけど、『食事って楽しく食べるものでしょう。お父さんやお母さんと、“今日は何があった”って、笑いながら食べるものじゃないの?』と。よくよく考えてみれば、そうだよなぁと思ったんです」
「それで翌日から食事の仕方を変えたんです。しゃべっていいぞと言って、テレビも付けるようにしました。そうしたら、チームの空気が一気に明るくなったんです」
当時から今も、小倉監督は選手たちと一緒に食事をとっている。
楽しい雰囲気の中でチームメート同士が語り合う食事の場が、チームワークやチームの色となって野球を楽しむ環境ができあがると考えているからだ。監督がいるからといって空気が悪くなるのではなく、一つのコミュニケーションの場としてチーム力に醸成されていく。
以上が、“食事は楽しいものにするべきだ”と小倉監督が考えるようになったきっかけだ。

食事を“餌”にしてはいけない

さらに、小倉監督は選手たちが食への意識を持つために、「食べたい」と思う環境づくりも考えるようになった。
関東一高が創立60周年を迎え、記念事業として合宿所の建て替えを行った。その際に、寮の食事を改善することに着手したのだ。監督就任5年目のことだ。
「それまでの寮の食事はいまひとつだったので、選手たちが自ら食べるようになるには食事を改善しなければと思い、学校に頼みました。シダックスさんに入ってもらって、栄養バランスをコントロールしながら、おいしい料理を出してもらいました」
「すると、食への意識が変わりました。まず選手たちが食事を楽しみにするようになったんです。それでどんどん食べるようになった。身体ができると同時に甲子園初出場を果たせたんです」
1987年の春にはセンバツ準優勝を果たすほどの成果だった。
とはいえ、そんな小倉監督も、1997年に日大三に監督として招かれると食トレーニングまがいのことを課した時期がある。関東一高の選手たちは筋肉のついた身体をつくり上げていたのに対し、日大三の面々はあまりに貧弱だったからだ。このときは「ごはん3杯」を必須として、選手たちに食べさせていた。
しかし、うまくいかなかった。選手たちは我慢して食べようとしたが、席を立ち上がると吐き出した。
その姿を見て、小倉は「食事は“餌”にしちゃいけない」と悟った。「食べることに楽しみがなくなったら、子どもたちの成長にはマイナスになる」と、楽しい食事という原点に立ち返ったのだった。
必要なのは、選手たちが食べたいと思う環境づくりだという。身体を大きくしたいと考えた選手は少しでも多く食べようとし、身体の成長とともに食べる量を増やしていく。たくさんの食事をとる先輩を見て、後輩たちが“自分も先輩のようになりたい”と意欲を持つという作用もある。
今秋のドラフトでDeNAから5位指名を受けたエースの桜井周斗が、日大三での食事の日々をこう話している。
「1年のころの自分はあまり食べなかったのでヒョロヒョロでしたけど、活躍している先輩方が食べておられたので、自分たちも自然と食べるようになりました。特に強制はされませんし、誰にでも苦手な食材ってあるじゃないですか。そういうのは食べてもらったりしますし、逆に、友だちが苦手なものは僕が食べてあげたりしています」
「他校の選手がトレーニングで食べているのは知っていました。試合会場で聞いたり、U18日本代表のメンバーもそう言ったりしていました。でも僕たちもしっかりと食べているので、試合で負けたときの原因が、食べる量が少なかったからだと思ったことはないです」

1日休むと3日遅れる

そうして身体や意識をつくっていく中で、小倉監督がもうひとつ施しているのが休日の設定だ。
日本高校野球連盟は週1日の休日設定を各学校に推奨しているが、日大三では月曜日を調整日のような軽い休養日としている。練習をするにしても短めの練習、あるいは寮内や球場周りの掃除をする日という位置付けだ。そして小倉監督は月曜日を休日とし、グラウンドに現れない。
さらに2週間に1度の完全休養日を設け、選手を寮から自宅に帰している。
高校野球の取材をしていると、シーズン中はほとんど休みなしで活動を続けている学校が多い。“1日休むと3日遅れる”という考えが浸透していて、どのチームも練習することに対する時間設定が異常だ。高校生が学生であることを鑑みれば、休養や趣味の時間とのバランスを取るべきだが、多くの学校はそう考えない。
一方、小倉監督は休日を取ることをいとわない。大会直前に、自宅へ帰すこともザラにある。
「昔からよく言われました。『小倉、お前、よく(選手に)休みをあげられるな』って。私の場合、休日を与えた次の日にいい練習ができれば、それで意味があると思っているんです。睡眠も大事。遅くまで練習する選手もいますけど、『23時すぎには寝よう』と言います。身体をつくるという意味では、睡眠不足はダメですから」
身体を大きくするには食べることで体内にエネルギーが蓄積される一方、同時に休息を与えることにも、心や身体を元の活力ある状態に戻し、身体づくりを促進するという側面もある。
日大三はそうした考えのもとで実践し、毎年のように強力打線を形成している。
対して、食トレーニングを採り入れている指導者は多くの練習を課し、それによって消費されるエネルギーを補うため、多くの食事をとらせて埋め合わせようとしているのだろう。
練習時間を減らせば、技術力を習得する時間が足りなくなる。それを避け、かつ身体を作るには、過剰な練習量と過剰な食事量で全体のバランスを取るということだ。無理強いもいいところである。
冒頭で述べた監督は、その事実を語っていた。
「身体づくりに必要なのは、トレーニングと栄養のバランス、そして睡眠だと思います。ただ、高校野球では練習が放課後の時間帯になるので、6時間授業を受けてからだと20~21時まで練習します。そうすると、睡眠は犠牲にしなきゃいけないものなのかなと。たくさん寝た方が成長ホルモンの分泌が良いのはわかっているんですけど、練習とのバランスを考えると、技術練習もさせたい。だから、(睡眠は)犠牲になります」
小倉監督は一つの問題点を指摘する。
それは、今の高校野球界にある「高校球児の心の“機械化”」だ。
「甲子園に行きたいから、あそこに目標があるからといって、子どもたちの心まで機械化させてしまっているんじゃないかと思うんです。『甲子園に行くためには、これをやらなきゃダメなんだ』といって、機械の一部みたいに高校球児を扱っている。食事のことは、その一例なのではないでしょうか」
「子どもには心があるのだから、そこを大切にして育んでいかなきゃダメだと思う。自分から『おいしい』と食べて、勝っていく。選手たちがいい顔をして食べられる雰囲気を、指導者がつくってやることがまずは大事だと思う。食べること以外も同じです。監督がいい顔をして、選手もいい表情でノックを受ける。選手たちがいい雰囲気の中にいたら、おのずと成長していくと思います」
苦痛に顔を歪めて食事をとる子どもたちの姿に何も感じない高校野球監督が増えているのは、もはや危機的状況といえる。
“高校球児の心の機械化”――。
小倉監督が指摘するこの言葉を、多くの指導者は受け止めなければならない。
(撮影:氏原英明)