「部品の巨人」が語るモビリティ。「未来のクルマは社会を何でも知っている」

2017/11/15
新たな「モビリティ社会」がこの先にやって来るという。人は運転から解放され、移動しながらも、まるで家やオフィスにいるように娯楽を楽しみ仕事もできる。そんな未来が待っていると自動車メーカーは言う。
複数の自動車メーカーに部品を提供する巨大サプライヤー、デンソー。この企業も新たなモビリティ社会の創造に力を入れている。複数の自動車メーカーに製品を提供しているからこそ見える未来。自動車部品のサプライヤーであるデンソーが描くモビリティ社会とはどんな絵か。
今から43年も前の1974年に、カメラによる顔認識技術に関する論文を発表し、「ロボットに眼を与えた研究者」と脚光を浴び、ロボットやAI研究で世界的な知名度を誇るカーネギーメロン大学の金出武雄・ワイタカー記念全学教授。そして、デンソーの生え抜きエンジニアで技術開発センターのセンター長を務める加藤良文専務役員。先日開催された技術者向けAIイベント「DENSO A.I. Tech Seminar 2017」で行われた両氏のトークセッションからその未来をひもとく。
クルマは社会と人を知る巨大センサー
金出:私は、未来のクルマは人や社会つまり街を「何でも知っている」存在になると思っています。
クルマは、IoTやAIといったテクノロジーを活用し「巨大なセンサー」と化すでしょう。移動した経路は分かるし、走った風景も把握できる。時系列で情報が整理できるから、時代の移り変わりも分かる。
一台一台の情報はたいしたことなくても、複数台のクルマの情報が集まれば膨大なデータになり、街の過去と今を正確にリアルタイムで把握でき、場合によっては未来を予測することができると思っています。
IoTやAI、それを応用した自動運転、それらを実装するクルマは社会と人を知るための社会インフラとして位置付けるものだと思います。自動車メーカーはもちろん、クルマに携わる企業には、「社会のインフラ」をつくる仕事であるという意識を強く持ってもらいたいと感じています。
次世代モビリティのカギは「成長」「予測」「視覚化」「協調」
加藤:デンソーも金出先生と同じ視点を持っています。未来のクルマづくりを支援することは、社会をつくる仕事だと。
IoTにつながるデバイスは2020年に540億個にものぼると推測されていますが、クルマはその中でも大量のIoTデバイスを搭載するでしょう。
自動運転技術などを搭載したクルマにはさまざまな可能性があって、事故の軽減や環境負荷の低減、渋滞緩和などが期待できます。多くの自動車メーカーに部品を供給するデンソーとして、新しい社会をつくるためのクルマには当然力を入れていて、研究開発分野では特に4つの領域に力を入れています。
それが、「成長」「予測」「視覚化」「協調」。そして、この4つを連携して実現する、クラウドを活用した「サイバーモビリティセンター」です。
従来のクルマでは、何か新しい機能をクルマに搭載しようとした場合、各種部品を交換したり、実装されたコンピュータのソフトウェアをアップデートしたりする必要がありました。
しかし、クラウドとつながったモビリティ環境では、その必要はありません。新しいテクノロジーは、クラウドにアクセスすれば良いからです。ふだん皆さんがお使いのスマートフォンのアプリケーションがバージョンアップするのと同じ感覚です。
つまり、これからのクルマは購入してからも「成長」を続けるのです。それもほぼ自動的に。またこのテクノロジーを利用すれば、個人の好みにクルマをカスタマイズすることも可能となるでしょう。
クラウドにつながったことで、先ほど先生がおっしゃられたように1台だけのデータにとどまることなく、街中を走る何百、いや何千台というクルマのビッグデータが得られるようになります。
このデータをAIなどで解析すれば、クルマのどこのパーツに負担がかかっていて、そろそろ修理・交換が必要だということも「予測」できます。また、位置データを活用すれば、極めてタイムリーな渋滞予測が可能になります。さらにドライバーの健康状態をセンシングすれば、近年問題となっている急病や突然死による事故を未然に予測し、防ぐこともできます。
「視覚化」は、これらのテクノロジーをいかにドライバーに分かりやすく伝えるかという技術です。渋滞予測を単なるナビゲーションとして見せるだけでなく、タイムリーな街中の情報(火事や人の流れ、その他のトラブル)を伝えることも可能になります。
「協調」は先生がおっしゃられた社会システムを体現化したものです。クルマに限らず、鉄道、飛行機、船舶など他のモビリティとの連携を実現します。交通弱者と呼ばれる方たちの未来は大きく変わるでしょう。
足腰が衰えた高齢者宅には、1人乗りの無人小型モビリティが迎えにいきます。モビリティは高齢者をピックアップすると、近くの駅まで自動運転で送り届ける。その後、高齢者は電車やバスを乗り継ぎ、行きたい場所に無事到着できる、というシナリオです。もちろん、乗り継ぎに関する情報は街中を走る全モビリティから得たデータを集計し、AIにより最適化されていますから、間違えたり、時間を無駄にロスしたりすることもありません。
金出:人は移動することで幸せを感じる生き物ですからね。逆を言えば、移動が不自由になるとストレスを感じる。この観点からも、自動運転は今後社会から大きく求められるテクノロジーになるでしょう。
メーカーAIの強み。「品質」にこだわる
加藤:ところで、先生に1つ質問がございます。AIにおける「判断」です。ご存じのように自動運転の流れは「認知・判断・操作」です。認知や操作においてAIは人間よりもはるかに高いレベルで実現できます。しかし、判断においては解決しなければならない課題は多いと考えています。道路状況や環境は複雑で同じシーンばかりではないからです。
金出:「できないわけがない」というのが、私の考えです。ただ、実現にはAIだけに全ての作業を任せるのではなく、人がある程度介在する必要があるでしょう。
AI、ディープラーニング、機械学習を一緒くたに考えてはいけません。人、AI、ディープラーニング、機械学習はそれぞれ問題解決する際のアルゴリズムが異なっています。簡単に説明すれば、関数などで明確に表現されるexplicit(明示的)な表現なのか。あるいはimplicit(暗示的)な表現なのか、ということです。
加藤:なるほど。デンソーは5つのキーテクノロジーを柱にAIの研究を進めていますが、その1つの柱に「品質」があり、まさに先生のお考えに近い理論で、新しいテクノロジーを生み出そうとしています。
従来、私たちは製品化の際、徹底的に実証実験を行い、その結果をもとに品質を保証してきました。しかし、AI自動運転の場合はエンジンの耐久テストなどとは違い、常に環境が変わります。つまり、いくら実証実験を行っても、完全に「安全・安心」を保証することが難しくなった。そこで、まさしく先生のお考えに行き着いたわけです。
人間には分かりづらいimplicitなアルゴリズムであろうと、AIに自動運転させたほうがエラーを少なくすることができるのは間違いありません。しかし、その一方で、明らかなエラーを見過ごしてしまう可能性もAIには残っている。データをもとに判断するからです。
たとえば、目の前に歩行者がいたら人はアクセルを踏みませんよね。けれども、AIは踏む可能性がある、ということです。この「人が理解する明確なexplicitな知識をAIに加える」のがデンソーの品質におけるAI技術です。このテクノロジーはデンソー独自のものであり、これからのAI自動運転における強みになると考えています。
そもそも当社は実際にものづくりを手がけるメーカーですから、アーキテクチャをいかに実装するか、実装したハードの品質保証が正しくなされているかどうかを念頭に安全・安心を第一にAI自動運転を実現していきたいと考えています。
金出:なるほど。さきほど、デンソーは5つの柱でAIの技術開発を進めているとお話しされました。他の柱についても聞かせてもらえますか。
加藤:「アルゴリズム」「データ」「半導体」「計算機」、そして「品質」です。ただ、これら全ての柱に多大なリソースをつぎ込むのは限界がありますから、くり返しになりますが「品質」など強い分野を極めていけば良い、と考えています。
中でも「データ」は当社の強みです。私たちはこれまでかなりの実証実験を行ってきて自動運転などに必要なデータを大量に保有していますから。ただ、AIテクノロジーが成熟してきた昨今、AI研究を行う組織が個別にデータを集めAI開発を進めるのは、今後より大きなブレイクスルーを起こすための足かせになっていると考えています。実際、ドイツでは自動車メーカーが協力して、データ共有を行う動き「Industrial Data Space(IDS)」が見られます。
金出:AIやIoTの話になると、必ずデータの話が出てきますよね。AI開発においてデータは肝であり競争領域と日本では考えられています。そして多くの日本企業は「データを公開すると技術をとられてしまう」と考えている。
私はこのような考えがナンセンスだと強く言いたい。冒頭述べたように、AI、IoT、自動運転などのテクノロジーを実装したクルマは、未来の「社会インフラ」となる存在です。
このような公共性の高い仕事に、一企業の利益や国益などを持ち込んではなりません。皆で協力してデータを共有することで、最強のテクノロジーを開発し、最善の社会インフラを構築すれば良い。
イベントは土曜日に開催されたにもかかわらず満席。200人以上が詰めかけ、二人のトークに聴き入っていた。
昨年、AIのトップランナーである、Facebook、Amazon、Google、Microsoft、IBMがAI開発の提携を発表しました。日本企業にも、このような発想が必要です。各社が協力し、より高いレベルでの開発を行うことは、海外勢との競争でも強みになります。
加藤:先生の言われたことはまさに正論で、データを蓄積すればするほど、自動運転に必要な全データを集めることが気の遠くなる作業であることが分かってきました。すぐに、とはいかないかと思いますが、先生がおっしゃるように、他社と協業できる部分はしていければ、と考えています。
ブレイクスルーを起こす人材が必要不可欠
金出:今日のトークセッションを通して、デンソーのAI研究は「品質」において、特に強みや自信を持っていることが分かりました。ただ、これまでの歴史を振り返ると、ニューテクノロジーを生み出すのは部外者でしたよね。たとえば、スマートフォンを開発したのは携帯電話メーカーでないAppleでした。そして今の自動運転ブームもGoogleなどのITジャイアントが起こしている。
これまでと同じやり方で進んでいったら、競合他社にはかなわないと私は思います。
ポイントは2つ。経営層がマネジメントをがらりと変えること。新しい外部の人材を入れることです。フレッシュな人材が改革を起こせば、画期的なブレイクスルーを引き起し、AI自動運転のトップメーカーになるかもしれません。
加藤:我々も今の先生のご発言は十分理解していて、自動車メーカー以外で活躍するAIに詳しい人材やアカデミックな見識者を積極的に迎え入れ、これまでにないデンソーの知見として取り入れ、今日ご紹介したデンソーが描く未来のモビリティ社会を実現していきたいと考えています。
金出:もう1つ。いくらAI自動運転の技術が進歩しても、利用する人々の意識が変わらなければ、社会インフラとはならないでしょう。ドライバー一人ひとりが積極的にデータや運転経験をシェアすることも重要だからです。
また、そのようなアクションによって社会がより良くなることを、自動運転の開発を行っている企業は、ドライバーや社会に啓発していく必要があると思います。1社の自動車メーカーよりも複数の自動車メーカーに部品を提供するするデンソーの役割は大きいですよ。
(取材・文:杉山忠義、写真:長谷川博一、編集:木村剛士)