起業の世界において、横暴な振る舞いとそれに反発する動きが同時に増えてきている。その理由について、スタンフォード大学のロバート・サットン教授が解説する。

スタンフォード大学教授が徹底解説

俳優のダニエル・ラドクリフがどれだけ舞台劇やインディーズ映画に出演しようと、いつまでも『ハリー・ポッター』役の俳優として知られるように、スタンフォード大学のロバート・サットン教授にも「イヤな奴」の本を書いた人物という評判がついて回っている。
「ビジネスのスケールアップ」や「事実に基づいた経営」といったテーマで著作活動をしているにもかかわらずだ──
サットン教授が2007年に刊行した『あなたの職場のイヤな奴』(邦訳:講談社)は、職場にいる困った人たちを組織文化に悪影響を及ぼす汚染源として取り上げ、ベストセラーとなった。本書は多くの企業に、従業員や顧客を引きつける条件について考え直させるきっかけをもたらした。
それから10年の間に、助言を乞う何千通ものメールを受け取ったサットン教授は、再びこのテーマを取り上げ、新著『The Asshole Survival Guide: How to Deal With People Who Treat You Like Dirt』(イヤな奴サバイバルガイド:あなたをゴミ扱いする人々への対処法)を書き上げた。
ここ1年ほど、「イヤな奴のCEO」による不祥事が目立つ。2017年6月には、ウーバーの共同創設者でもあるトラビス・カラニックがCEOを辞任した。また、2016年11月には、2014年に創設者兼CEOがセクハラで解任されたアメリカンアパレルが破産を申請した。
そこで今回は、起業家が「イヤな奴」になってしまう現象について、サットン教授に話を聞いた。

起業家の振る舞いが横暴になる理由

──あなたは、起業家の横暴な振る舞いを助長する動きと、それを阻止しようとする動きがいずれも強まっているという見解を示しておられますね。横暴な振る舞いが増える背景には、どんなことが影響しているのでしょうか?
グローバル経済に関連した、ふたつの影響が作用しています。
現在の起業家は、世界中の人々と仕事をします。ウェブサイトの制作はインド、製品の製造は中国といったようにですね。そのため、起業家は夜中の12時にも朝の6時にも電話をしなければなりません。
移動することも増えています。テクノロジーの発達で、片時も仕事から離れられないのです。追い立てられると、人間は意地悪になります。
もうひとつ、多くのコミュニケーションが今や遠隔で行われ、相手の目を見て話す機会が減っています。相手の背景事情がよくわからないと、他人に対して嫌な態度をとりやすくなります。
それに、創設者の支配権を強める方法(複数議決権株式)の導入が増えていることも、影響しているかもしれません。人間は、より絶対的な権力を手にするほど、他者への共感力や社会的感受性を失います。その結果、より「イヤな奴」になるわけです。
──では、横暴への反発が強まっている背景は?
横暴な振る舞いが露見しやすくなっていることが挙げられます。ユナイテッド航空の搭乗拒否の件や、ウーバーのドライバーが撮影して公開したカラニックの動画がいい例です。横暴な振る舞いが人々の目に触れやすくなり、反発を招いているのです。
また、「GlassDoor(グラスドア)」のような企業評価サイトなど、不満の声や評価が投稿されやすくなって、悪質な行為を隠し続けることは難しくなっています。その結果、あまりにひどい事例は排除されているのです。
加えて、「イヤな奴」であれ、逆に他人に敬意を払うリーダーであれ、それぞれに見本となる人物が増えています。
「イヤな奴」の例については発言を控えますが、人格者の見本としては、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOなどが挙げられます。アップルのティム・クックCEOも、礼節ある態度や人々に敬意をもって接する態度において優れたロールモデルです。
──ですが、ナデラとクックは企業の創設者ではありませんよね。大きな成功を収めている起業家では誰が挙げられますか? ユニコーン企業の創設者に、人格者はいるでしょうか?
ユニコーン企業の人格者としては、(エアビーアンドビーの)ブライアン・チェスキーが代表格といえるかもしれません。そうした質問では、たびたび名前が挙がります。「Stitch Fix」(スティッチ・フィックス)のカトリーナ・レイクも。
また、(ネットフリックスの創設者)リード・ヘイスティングスなどは、自分の中に基準を持って、「イヤな奴」にならずに強くあることは可能だと実証している人物です。個人的には、(フェイスブックの)マーク・ザッカーバーグもかなり健闘していると思います。

イノベーションと「イヤな奴」の関係

──「イヤな奴」の代表例は、言うまでもなくトラビス・カラニックでしょう。同氏がウーバーを離れたことは、これまで「イヤな奴」を生み出してきた起業の歴史にとって、どれほど大きな出来事だったのでしょうか?
もしカラニックが他人に敬意を払い、あれほど横暴でなかったら、もう少し長くウーバーにとどまっただろうかと考えさせられます。
興味深いのは、後任のCEOが決まったとき、礼儀正しく、社内に目を向ける人物であり、経営業務にも人を扱う能力にも長けているという語り口で紹介されたことです。カラニックという比較対象がいなければ、そうした側面がそこまで強調されることはなかったでしょう。
今ではベンチャーキャピタルも、リスクの高そうな創設者に対して少しは慎重になっているのではないかと思います。しかし、彼らは利益に目がくらむと、そうした創設者にも投資してしまうのです。
それに、ウーバーの件はもっと広い視野でとらえて、事業拡大が「イヤな奴」を生み出す可能性についての教訓とすべきだと思います。あまりに急成長し、十分な社会的なコントロールがない場合、その企業は(ウィリアム・ゴールディングの小説)『蝿の王』のような独裁的状況に陥るおそれがあります。
──望むものを手に入れるために、起業家は他人より押しが強くないといけません。それはすなわち、人々の怒りを買うことを意味します。作家のマルコム・グラッドウェルは、破壊的変化を起こすイノベーターは不愉快な人物である場合が多いと述べています。
そうだとすると、「イヤな奴」であることを恐れない姿勢は、少なくとも起業で成功するのに役立っているのではないでしょうか?
それは起業に必要ないと思います。たとえば、眼鏡の「Warby Parker」(ワービー・パーカー)やシェイビング製品の「Harry's」(ハリーズ)の創設者たちは「イヤな奴」ではありません。
ですが、「イヤな奴」かどうかは主観的な評価です。誰かを解雇したり、押しが強かったりする人物は、見る人によっては「イヤな奴」かもしれません。起業家は時として、威圧的な態度をとり、他人を怒らせるようなことをする必要もあるのでしょう。
それでも、人間の行動とそれをどう行うかは別物です。つねに他人を侮蔑的に扱わなくても、難しい人物として振る舞い、自分の意見を強く押し出すことは可能なのです。
──他人の下で働いて社会性を身につける経験をせず、学校を出てすぐにビジネスを立ち上げるような起業家は、より「イヤな奴」になりやすい傾向があるでしょうか? そういう人物はそれまでに、たとえば子どもを持つといったような、人間的に丸くなる機会を経ている可能性も低いと思いますが。
クリス・フライ(元エンジェル投資家で、現在は「Medium.com」〔ミディアム〕のエンジニアリング責任者)が、スタンフォード大学の私たちの授業を見にきたとき、「ここにいる学生たちに資金を提供し続けたら、赤ん坊に弾の入った銃を与えた気分になるだろう」と語ったことがあります。
権力と富を、そんなものなど持ったことのない、使い方も知らない人たちに与えたら、トラブルが起きても不思議はないというわけですね。
また、子どもが与える影響に関していえば、家の中にティーンエイジャーがいると、自分のエゴが増大する暇などありません。

自分が「イヤな奴」か知る方法とは

──それでは、起業家はいずれ成熟して「イヤな奴」を卒業する可能性があるのでしょうか? フェイスブック誕生のエピソードを聞くと、当時のザッカーバーグは「イヤな奴」そのものですが、今や同氏は思いやりのある利他的な人物として広く知られています。
先ほどの子どもの影響ということでいうと、ザッカーバーグが本格的な育児休暇を取得したことは、とても大きな影響力を持つ行動です。
また、ピクサーのエドウィン・キャットマル社長は、(ともにピクサーを創設した)スティーブ・ジョブズについてこんなことを語っています。アップルを追放されたジョブズが「荒野を彷徨」し、その後立ち上げた「NeXT」(ネクスト)で苦労することがなかったら、現在われわれが知るような成功者になることはなかっただろうと。
それでもときに難しい人物ではあったが、そうした経験を経て、ジョブズはより理性的で、チームのために動く人間になったというのです。
──あなたは読者から、意地の悪い役員やひどい役員会、そしてとりわけ厄介なベンチャーキャピタリストへの対処法について、助言を求められていますね。起業家だけでなく、ベンチャーキャピタリストの世界にも「イヤな奴」の傾向はみられますか?
それはもう、ひどいものですよ! ベンチャーキャピタリストときたら、実に短気で傲慢です。それにほとんど全員が白人男性。調子に乗った大学生が、そのまま大人になったという感じですね。
ただ、例外もあります。アンドリーセン・ホロウィッツの人たちは、社会的な意識が高いと思います。グレイロック・パートナーズも、ある程度の見識を備えています。
──最近では、企業のビジネスモデルさえもが「イヤな奴」の傾向を強めているように思えます。
ラメの粉末を仕込んだ手紙などを『敵』に送りつけるサービス「ShipYourEnemiesGlitter.com」(シップ・ユア・エネミーズ・グリッター)などは私も笑ってしまいましたが、なかには嫌いな相手に空の箱や中指を立てた人の画像を送ったりするサービスも存在します。動物の糞を送りつけるビジネスも複数登場しています。
こうしたビジネスを立ち上げるような人たちはあまり「いい奴」とはいえない、とあなたも思われますか。
そうなると、私も「イヤな奴」に該当するかもしれませんね。『あなたの職場のイヤな奴』を刊行した当時、この本を匿名で誰かに送るビジネスを始めようとしたことがあります。実際に事業のプロトタイプを開発するところまで行きました。
しかし、そのとき妻から指摘されたのです。他人にあなたはイヤな奴だと教えるのは、たいていの場合、それ自体が「イヤな奴」のすることであって、結果的に「イヤな奴」を広めるようなものだと。「それはあなたの本意じゃないでしょう」と妻は言いました。
──自分が「イヤな奴」かどうかを知る方法は?
その質問をするのに最も不適当な相手は、自分自身です。一番いい方法は、本当のことを言ってくれる人を身近に置くことです。
第二次世界大戦が激化していた時期に、当時の英首相ウィンストン・チャーチルの妻クレメンタインは「あなたは、昔ほど優しい人ではなくなった」と夫に手紙を書いています。スティーブ・ジョブズの場合は(アップルの元役員)ビル・キャンベルが同じ役目を果たしていました。
また、「イヤな奴」の態度は他人に伝染するので、社内のいたるところに「イヤな奴」の姿を見るようになったら、あなたがその元凶になっている可能性があります。
だからこそ、本当のことを言ってくれる人が必要なのです。また、自分は「イヤな奴」の傾向が少々強いと思うなら、あなたの言動をフォローしてくれる人を置くといいでしょう。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Leigh Buchanan/Editor-at-large, Inc. magazine、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:SIphotography/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.