世界的に知られる“レゴ”というブランド力があまりにも強烈過ぎて、私たちは“レゴジャパン”という企業像を正しく把握していないような気がしてならない。今年の6月に就任したばかりの代表取締役ボー・クリステンセン氏とマーケティングディレクターの長谷川敦氏へのインタビューを通じ、現時点におけるレゴジャパンの“リアル”について迫る。

世界中の子どもが持つ“同質性”に着目

――レゴジャパンという会社は、グローバルの中でどのような立ち位置にあるのでしょうか。まずは全体像からお聞かせください。また、どのようなミッションをベースにビジネスを展開されているのでしょうか。
クリステンセン:グローバル各国の市場を相手にするレゴにとって、日本は特別な国です。日本のおもちゃ市場は、アメリカ、中国に続いて世界第三位の規模がありますが、我々のシェアは他国のマーケットに比べてそれほど高くないため、そこにチャンスを見出し、投資対象と認識しています。それと同時に、大変特殊なマーケットでもあるとも捉えています。
日本の消費者の好みは、他国とは微妙に違っています。レゴだけではなく、他のグローバルブランドでも同じような課題に取り組んでいるケースもあるかもしれません。
日本で成功を収めるためには、他国で通用したセオリーのコピーではない、新たな戦略を講じる必要があり、それを考えるのが、着任したばかりの私の使命のひとつであると自認しています。
ちなみに、よく混同されてしまいがちですが、実はレゴとレゴランドの運営母体は、別の会社です。2004年よりマーリンエンターテイメンツという会社に世界のレゴランドの運営を委託する戦略的決定をし、それ以来、パークに関しては別の会社が運営を続けています。今春名古屋にオープンしたレゴランドの運営も、マーリンエンターテイメンツが設立したレゴランドジャパン株式会社によって運営されています。レゴランドジャパン社は私たちにとってクライアントであり、ビジネスのパートナーにあたります。レゴはおもちゃのビジネスに集中する、という戦略を貫いています。
私たちが達成したいのは、あくまで、皆さんが良くご存知のレゴブロックという商品を通じて、子どもたちに楽しみや学びの機会を与えること。そのチャンスをどれだけ拡大できるかということを主眼においてビジネスを展開しています。そのためにレゴが大切にしている4つの約束があります。
一つ目に掲げる“Play Promise”、はレゴで楽しく遊んでもらえることを約束するということ。二つ目の約束は“Partner Promise”は、レゴとともにビジネスをしてくださるビジネスパートナーやステークホルダーとともに成長しwin-winの関係を作るということ。ここは我々のように現地法人にて各国の市場に責任を持つ組織が注力して取り組んでいくミッションとなります。
三つ目の“People Promise”は人に対する約束ということで、ベストな人材に入社いただき、人生そのものを楽しんでいただけるような環境を提供するという約束です。仕事と余暇のバランスが取れたレゴライフを送ってもらうことも会社として強く奨励しています。
そして最後、四つ目に“Planet Promise”という約束を掲げています。これは2022年までに消費資源よりも還元資源が多くなるようなビジネス設計へとシフトしていこうという考えです。レゴブロックの素材であるプラスチック原料についても、今後地球環境への負荷をゼロに近づける素材の使用に向けて、自社でも研究を行っています。
ボー・クリステンセン 代表取締役
1973年デンマーク生まれ。2007年南デンマーク大学を卒業。2008年にレゴへ入社、ロジスティックスコンサルタント兼マネージャーに就任後、オペレーション部門のディレクターを経て、チェコ・スロバキア、ポーランド、韓国のカントリーマネージャを歴任。2017年6月よりレゴジャパン代表取締役に就任。
――レゴブロックという世界共通の商品を、各市場に合わせて詳細にカスタマイズすることなく、そのうえでローカルに適用する形で展開するのは、難しいことではないのでしょうか。
長谷川:世界共通の商品をローカル、すなわち日本でも販売していくというのが、レゴの基本姿勢となります。なぜなら、子どもは、アメリカ人であろうが、中国人であろうが、日本人であろうが、違いよりも同質性の方が多いと我々は考えているからです。
年齢に応じた手先の器用さであったり、年齢に応じた頭脳の発達具合であったり、それはどこで育とうが、それほど変わりはありません。ですから、子どものために正しい商品を作って、正しいアプローチさえすれば、どのような国であっても、同じように受け入れられるという考え方がベースにあります。
ただし、各国ごとに遊び方の違いや消費行動における習慣の違いは存在します。例えば日本人は、家族全員でおもちゃ屋さんを訪れてショッピングを楽しみますが、欧米では、どちらかと言うと、子どもに何を欲しいかを聞いておいて、大人が一人で買いにいくのが一般的です。当然、店頭のコミュニケーションやディスプレイの方法が変わってきますから、そこは市場のショッパーに最も近い立ち位置にいる、私たち現地法人に一任されるのです。
長谷川 敦 マーケティングディレクター
1975年愛知県生まれ。1998年、一橋大学商学部卒業。大学卒業後、大手総合商社に入社。コンサルティング業界を経て、P&G、Phillips等大手FMCGにてマーケティングやビジネスマネジメントの責任者を歴任。外資系ベンチャー企業の日本カントリーマネージャを経験後、2014年にレゴジャパンのマーケティング担当ディレクターに就任。
――世界中の子どもたちの同質性に注目されている、というのは、大変興味深いお話です。失礼を承知でいわせていただければ、レゴというと非常にレガシーな知育玩具というイメージがありますが、これまで時代の変化の波にさらされるようなことはなかったのでしょうか。
長谷川:もしかしたら、皆さんは、昔ながらの自由に組み立てるブロックをイメージされているかもしれません。かつてはよく両親や親戚からギフトとしてもらう知育玩具のイメージでした。ところが現在は、作り方の手順が添付され、それ通り作り上げれば誰でも楽しむことができる商品が主流となっています。現在日本市場で最も人気がある製品はレゴシティというテーマで、これは子供が自ら欲しいと選んで購入につながるカテゴリーのおもちゃです。我々の商品はかつての知育玩具のイメージから、子供たちが自ら選ぶおもちゃとしての地位を確立し始めています。
これも世界中の子供たちに共通する傾向かと思いますが、いきなりバラのブロックを渡して、“あなたのクリエイティビティで、何でも作ってください”と言ったところで、最初からすごく複雑な作品が作れる子供はほとんどいません。
それは、ピアノなど楽器の練習と同じですね。段階を踏んでいくことで、上達したり、作曲ができるような子が登場するかもしれません。まずは、説明書通りに組み立てて、レゴの楽しさを知り、徐々にレベルを上げていく。すると、その中の何人かはフリービルディングで、ものすごい作品が作れるようになるかもしれません。それも世界共通の流れといえます。

インタラクティブな関係性が特徴

――なるほど。日本の子どもたちだけが特別というわけではないのですね。子どもたちの遊び方に関しては、変化や違いはないのでしょうか。
長谷川:最近の子どもの遊び方は大きく変わってきているのは確かですが、それも日本に限ったことではありません。デジタル化の波は世界各国に浸透し、レゴの遊び方にも影響を及ぼしているのは確かです。
クリステンセン:とはいえ、やはりレゴとしては、物理的なブロック遊びというベースは大切にしたい。そのうえで、デジタルの遊びとどのようにして融合させていくか。それは現在、もっとも活発に行われている戦略的なディスカッション・ポイントになっています。
私たちは決して、“デジタルおもちゃ屋さん”になるつもりはなく、ブロックとの接点をいかにデジタライズされた生活の中で確保していくか、あるいはデジタライズされた子どもの遊び方に、どのように反映させていくのか、まったく新しいレゴとデジタルの融合を創出していくつもりです。
――そのような画期的な新製品がグローバルで誕生し、それが各ローカルに降りてくるというイメージでしょうか。
長谷川:いえいえ。どちらかと言うと、かなりインタラクティブですね。製品開発チームの拠点が世界にいくつかあって、そこでは常に子どもの遊び方や考え方の変化を研究しています。もちろん、日本チームに協力が求められることもあるし、こちらから発信した意見が商品開発に反映されることもあります。
決して一方通行ではないですね。なぜなら、私たちは、それぞれのローカルで受け入れられるものを作って欲しいので、どんどん要望をあげていきます。グローバルとしても、一つの国だけで売れる商品をつくるつもりは一切ない。すなわち私たちローカルの意見が、世界共通の商品に反映されるのです。
クリステンセン:今年の9月より映画化されている「レゴニンジャゴー」シリーズは、おわかりのように日本の忍者をヒントに開発を行い、世界的に大成功を収めた商品です。開発段階において、言うまでもなく、忍者をよく知る日本のチームに、様々な意見が求められ、それをベースに、このようなヒット商品が生まれました。
レゴがグローバル企業として一層の発展を目指すうえで、今後さらにこういったローカルの役割は重要になってくると思っています。結局、市場で実行する部隊の活躍が重要です。そこがきちんと機能しないと、グローバルから降りてきた戦術やプロダクトがすべて、“絵に描いた餅”になってしまう。そうならないためにも、それぞれの国のマーケットを知るローカルな人間が、責任をもって取り組むことが重要です。
したがって、私たちの成功を左右するのは“人材”です。現在、レゴジャパンに在籍する優秀な人材はもちろん、これから新しく迎える人材とともに、今後、どのように活躍させていくか。それが目下の自分のビジョンとなります。

アジア人材がグローバルを変える日

――御社にとって、成功のカギを握る“人材”の定義とは?
長谷川:まず第一に重要視したいのは、レゴというブランドの考え方に賛同していただける方、すなわち世界中の子どもたちをワクワクさせるために働きたいという思いにご共感いただける方にお越しいただきたいですね。社内に“LEGO over ego”という言葉がありますが、ここで働くためには、自分のためにだけではなく、レゴのために、そしてレゴを使う人たちのために最適なことが考えられる、あるいは提案ができるというマインドセットが必要です。
クリステンセン:さらには、レゴジャパンに興味を持っていただき、ここで数年間、貢献していただいた後に、他の国のローカルチームやグローバル組織でのポジションに挑戦したいと考える方に入社をいただきたいです。
グローバルなレゴの中で、もっとアジアの存在感を強化していきたい、そしてアジア人材が活躍できる環境や組織を構築していきたいですね。実際、これまでたくさんの日本人がグローバルで活躍してきましたし、彼らは総じて優秀なので、今でも世界のレゴに大きく貢献しています。
――そのような人材交流は、レゴにとってどのような価値をもたらすと思いますか。
クリステンセン:レゴ自体、小さなデンマークの会社から始まって、ヨーロッパを皮切りにビジネスを展開しました。その後、アメリカに渡り、近年、ようやくアジアのマーケットに本格進出を果たしたばかりです。長い時間の中でマーケットの理解を深めてきた欧米諸国に比べて、歴史的に浅く、本国より地理的にも遠いこともあって、アジアにおいてはまだまだやるべきことが残されているように感じています。
日本人をはじめとする、アジア人材がグローバルに参画することで、日本のマーケットで受け入れられる商品を生み出すと同時に、それをグローバルの強みへと昇華させたい。その流れが新たなバリューを生み出していくものと期待しています。
2017年9月1日に開催されたレゴ社85周年イベントの様子
(インタビュー・文:伊藤秋廣[エーアイプロダクション]、写真:岡部敏明)