自動車の電動化が進む今、カギとなるのが電池・キャパシタなどのエネルギーデバイスだ。パナソニックは「電気を通すプラスチック」を電極体に使い、従来のリチウムイオン電池や鉛蓄電池などとはまったく原理が異なる、新しいエネルギーデバイスを間もなく市場に投入する。宇治工場でその事業化を率いる新田幸弘氏に、新デバイスを生み出した背景と開発の裏側を聞いた。

電池とキャパシタの「いいとこ取り」

──開発中の新しいエネルギーデバイスとは、どういうものですか。
私たちが開発しているのは、導電性高分子を利用したエネルギーデバイスです。導電性高分子とは、分かりやすくいうと電気を通すプラスチックのこと。従来使われてこなかった高分子(ポリマー)を使い、まったく新しい原理を用いた高性能のエネルギーデバイスを開発しています。
電気を充放電できるエネルギーデバイスには、大きく分けると「二次電池」と「キャパシタ」の二つがあります。
現在、世の中にある二次電池(以下、電池)は、リチウムイオン電池、ニッケル水素電池などが主なものです。電池は、高エネルギー、すなわち電気の量を多く蓄えることに向いています。半面、充放電には時間がかかります。
キャパシタは、活性炭を電極に使う電気二重層キャパシタ(EDLC)と呼ばれるものが現在の主流です。蓄えられるエネルギーの量が比較的小さい代わりに、瞬間的に出せるパワーが大きいという特性を持ちます。一気に強く電流を吐き出し、充電も瞬時に可能です。
私たちは、導電性高分子を使うことによって、キャパシタの「瞬間的にパワーを出せる・充電できる」という特性を持ちながら、同時に、電池に近いレベルのエネルギーを蓄えられる新しいエネルギーデバイスを生み出しました。電池とキャパシタの「いいとこ取り」をしたデバイスともいえます。
新田 幸弘
パナソニック株式会社 オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社
デバイスソリューション事業部 新蓄電デバイス開発室 室長
1989年に入社。宇治工場で15年以上にわたって要素技術の開発を担当し、2004年に同工場で事業企画責任者となる。2006年にマレーシアへ赴任し、2つの工場の責任者を務めた。2008年に帰国した後は、山口工場の技術責任者、宇治・山口工場の品質保証責任者を歴任。2016年10月より新蓄電デバイス開発室室長となり、新規事業の立ち上げを率いる。入社以来、一貫してエネルギーデバイスに携わる。

「非連続」な新規事業を

──どのような経緯から、新デバイスを開発することになったのでしょうか。
宇治工場が属するデバイスソリューション事業部では、将来の成長を見据えて、次代を担う「新しい事業の種」を生み出さなければならないという課題認識をずいぶん前から持っていました。
そのような流れの中で、われわれもデバイス部門の一事業場として、新製品を世に打ち出していく必要があったのです。
──新しいデバイスの開発はいつ頃から始めたのですか。
基礎開発を始めたのは3年前です。当初3人で始めたと聞いています。
新製品といっても、これまでにあるものを「より良くする」といった発想では、市場にすでにいる競合や、類似デバイスとの戦いを避けられません。
市場で抜きん出るためには、従来の技術を延長線上に伸ばした性能目標ではない「非連続」なもの、まだ世の中にない製品をつくり出す必要がありました。
そこで、既存のエネルギーデバイスが苦手とする特性に強みを持つ、もしくは既存のものにない特長を持つデバイスを生み出していこうという商品目標を定めました。
──導電性高分子を使うという発想に、どのようにして至ったのでしょうか。
従来の電池やキャパシタには、それぞれデバイスの原理的な限界があります。リチウム金属やキャパシタに使う活性炭といった既存の電極材料には、どうしてもその材料からくる限界があるのです。
現在開発中のエネルギーデバイスは、特殊なポリマーの1つである導電性高分子を電極体に使います。既存の材料の改善版ではなく、新規な電極材料を自社で合成することによって、ブレイクスルーしたわけです。
普通、高分子は電気を通しませんが、電気を通すプラスチックが世の中には存在します。これを初めて実用デバイスに使ったのが、このパナソニックの宇治工場なのです。
──ポリマーを使うという発想にはすんなりと至ったのですか。
そういうわけではありません。われわれは、かつては部品、電池の担当部門は各々が別会社でした。それが、今はAIS社という大きな一つの組織になって、電池部門と一緒になりました。
それぞれが保有していた、電気二重層キャパシタの技術やリチウムイオン電池の技術と、導電性高分子というテクノロジーを融合し、一体となってブレイクスルーを模索した結果、ここにたどり着いたということです。
従来、われわれは導電性高分子を、電気を「通す」という役割には使っていたのですが、電気を「蓄える」ものとは捉えていませんでした。導電性高分子に対する見方を変えたことが、大きな転機だったのではないかと思います。

用途の本命は車載

──新しいエネルギーデバイスは、さまざまな用途が考えられると思いますが、特に想定している用途はありますか。
具体的には、車載用途です。この新しいエネルギーデバイスには、充放電が速く、エネルギー容量が大きいこと以外にも、「寿命が長い」「発火せず安全」そして従来の電池に比べて「軽量」といった特長があります。
車載電池として広く使われている鉛蓄電池はだいたい2000〜3000回程度の充放電で劣化してしまい、十分なエネルギーが引き出せなくなります。しかし、新しいエネルギーデバイスは、100万回の充放電を保証しており、ほぼメンテナンスフリーです。
また、このデバイスの場合は、導電性高分子が本来持つ性質から、発火するほどまで熱が上がることがありませんし、低温の環境でも問題なく動きます。
車両の電動化に伴って、車載のエネルギーデバイスには、安全性や「いかなる環境下でも常に機能する」という信頼性が求められます。その意味でも、このデバイスは車載向きといえると思います。
さらに、電極体がプラスチックのため、鉛蓄電池に比べて軽量で、設置スペースも小さくて済みます。このような特長は、車体のレイアウト設計や、クルマの加速性、走行性、燃費性能に大きなインパクトを与えるでしょう。
──そうすると、従来の製品から置き換わることになりますか。
すべてが置き換わるわけではありません。エネルギーの容量が必要な場面では、電池のほうが有利な場合もあります。必要な性能と実装するコストによって、従来の電池やキャパシタと、新しく開発したエネルギーデバイスを上手く組み合わせて使う形になると思います。
今、多くのお客様で、エネルギー回生の機能へのニーズが高まっています。通常、ブレーキを踏むことなどで生じる摩擦によって発生したエネルギーは、現状ではほとんど熱エネルギーになって発散しています。そのエネルギーを、もう一度電気エネルギーに変えて再充電するわけです。
多くのお客様から、そのようなさまざまな課題提起や、改善したい点を多数いただいています。われわれがエネルギーデバイスの性能を高めることによって、お客様の製品開発に貢献することが、私たちの大きなミッションです。

量産化技術に強み

──いずれ追随する競合が現れると思いますが、勝算はどの辺りにありますか。
導電性高分子をエネルギーデバイスに使うという原理そのものは、実はそう新しいものではありません。当社も、電気を大量に蓄える目的でなければ、導電性高分子を使ったデバイスの商品化は1990年代から実現していました。
このエネルギーデバイスの一番のポイントは、工業的にどれだけ安定した製品を、大量につくるかということなのだと思います。
単純な機械製品なら、分解すれば、どんな形の部品をどう組み合わせればよいか分かるので、同じ物をつくることも比較的容易でしょう。
でも、仮にこのデバイスを分解しても、そこにプラスチックが入っていることは分かりますが、そのプラスチックのつくり方までは分かりません。その、プラスチックをつくるプロセスを構築する能力があることが、われわれの強みであり、他社との差別化のポイントでもあります。
発想はこれまでの延長線上にないものではありますが、それを生んだベースには、パナソニックが長年の経験で培った確かな技術が存在しているといえます。
──量産はいつ頃から始まるのでしょうか。
現在はまだ開発中ですが、一部のお客様にはサンプルの提示を始めています。今年度中には成約に結びつけて、量産を開始したいと目論んでいます。
3年前に開発をスタートした新デバイスに、ようやく目鼻が付いて、一気に事業化へ向けて走りだそうということで、昨年の10月に私が室長に就任しました。その時の開発室のメンバーは十数人程度でしたが、社内外から技術者に集まってもらい、現在は大きな規模の組織になりました。
主に要素技術開発、商品設計、生産技術からなる組織で、新規事業を準備するに当たって必要な精鋭のメンバーが集まっています。
しかし、これから本格的に商品を立ち上げ、量産を軌道に乗せて事業として成立するまで持っていくには、新しい人材が必要です。
具体的には、新たな工法・生産システムを生み出す「生産プロセス技術者」およびお客様の要望に合わせた構造を設計する「機構設計技術者」を求めており、新しいことに挑戦したいチャレンジ精神旺盛な方のエントリーをお待ちしています。
このエネルギーデバイスは、奇しくも歴史の深い京都・宇治の地で生まれた最新デバイスです。新しいエネルギーデバイスの歴史を、私たちと一緒に記していきませんか。
(取材・文:畑邊康浩、写真:高木悠允[STUDIO KOO])