フランスが発表した内燃機関車販売禁止は2040年までの実施という「まだまだ先」の話である。これにイギリスが同調し、こんどは中国も検討を開始した。果たして、その背景は何なのだろうか。当然、政治家や政党の思惑や国家戦略が絡む。EVブームの裏事情を読むと…

EVは「原発ありき」 これが世界の常識

フランスのマクロン大統領がガソリン車とディーゼル車の国内販売を2040年までに禁止すると宣言したのは7月6日でした。
その直後、こんどは国内の発電用原子炉17基を閉鎖し、発電の原発依存度を現在の77%から50%程度まで減らす計画も明らかにされました。しかし、詳しい説明はまだありません。おそらく目標だけをブチ上げたかったのだと思います。
いまのところEV(電気自動車)は「原発ありき」の乗り物です。走行中にCO2(二酸化炭素)もNOx(窒素酸化物)も何も出さない。だから「環境に優しい」と言われています。
しかし、CO2排出のない発電方法は原子力か、水力、風力、潮力、太陽光、地熱などの自然エネルギーか、どちらかです。コスト面では原子力が圧倒的に有利なので、原発を持っている国は「原発で電気を作ってEVに充電」が常識です。
原発は電力需要がどのくらいかにかかわらず、つねに一定の出力で発電します。出力調整のためにはウランを詰めた制御棒をゆっくり抜き差しする必要があり、たとえば1時間後の発電能力を増やすなどということはしていません。
「できないことはない」と原子力関係者の方は仰いますが「あまりに危険が伴う」そうです。なので、原発は一度運転を開始すると、ずっと出力一定運転を行います。
たとえば、日本は2011年3月まで、原発が電力需要の約28%を担っていました。これが電力供給の基礎部分です。24時間ずっと同じ出力で発電します。朝になると電力需要が増え、ピークは午後3時ごろです。1日の発電量(電力需要)を示したグラフを掲載しましたのでご覧ください。
1975年から2013年までのデータです。もっとも電力需要が大きかったのは2001年です。この年は毎日約5000万kWを原発が担っていました。現在はゼロです。
1980年代半ば、日本に「低公害車ブーム」が巻き起こりました。当時、私は新聞記者として運輸省、環境庁、国会を担当していました。
景気が良く、国家予算にゆとりがあり、ひとびとにも心のゆとりがあった時代だったので、いろいろな業界が低公害車普及促進への協力に積極的でした。
そのなかで電力業界はEVをアピールします。出力調整できない原発が、地域によっては夜間には余剰電力を生むためです。余分な電力は捨てるしかないのですが、もしこれをEVが夜間充電に使ってくれれば「捨てているもの」が利益を生みます。

バブル期は「EVはけしからん」

ところが、バブル絶頂の89年以降は、余剰電力さえあやうくなりました。もっと原発をつくらないと電力需要の増加に追いつけないと予想され、電力業界内部では「EVなどけしからん」と言われるようになりました。
現在、日本は原発比率ゼロですが、国民がせっせと省エネ家電を買い、企業は節電につとめ、電力ショートに陥るかなりすれすれのところで頑張っています。
しかし、原発に変わる発電をどうするか。54基ある既存の原発をどのように廃炉し、その代替をどうするか。まったく決まっていません。
昨年、米・エネルギー情報庁(エナジー・インフォメーション・アドミニストレーション=EIA)が日本の電力事情についての調査結果を発表しました。原発をすべて停止しても「発電でのCO2発生量は10%程度の増加だった」と報告しました。
しかし、このデータは日本の電力会社が「公表」している数値をもとに計算しています。「公表」値は石油、石炭、天然ガスの使用量が正確だとしても、発電効率、送電効率、変電効率はかなり怪しい数字です。
取材してわかったことは、最新の高効率CNG発電の比率は予想以上に低いことです。石炭火力は現在も総動員です。発電のための天然資源を買い集めるだけの目的に、2011年の震災以降、日本は10兆円以上を使っています。

仏も実はノーアイデア

フランスは電力の77%を原発でまかない、国内であまる余剰分は隣国のドイツやスイスなどに販売しています。フランス政府の関係者に訊くと、仮にEV保有台数が1000万台になっても電力は問題ないと言います。
ただし、一斉に充電されては困るそうです。実際、欧州ではEV化促進を進めている地方自治体が電力ショートを経験したことがあります。EVのために原発を増やすというのはかなり皮肉です。
フランスが打ち出した「原発依存度50%」というのも、現時点では具体的な方法論が何もありません。みんなで考えようというのは、たしかに「あり」ですが、そのレベルだと政府目標とは言えません。
私は、原発比率50%はドイツへの牽制のように思います。ドイツは脱原発を決めています。
将来は大規模発電・遠距離送電をやめて小さな地域で再生可能エネルギー発電を行う、いわゆるグリッド化を考えています。実現は10年以上先でしょう。ドイツ全土がそうなるには、さらに10年以上かかるでしょう。
もし、すべての電力を再生可能エネルギーでまかなえれば、それは素晴らしいことです。ただし、その費用をだれがどう負担するかは、決定に苦労するでしょう。でも、話がまとまればEVは非常に有益な乗り物になります。

技術力と団結力のあるドイツ

そして、こういう遠大な計画を実行に移せる技術力と団結力はドイツが圧倒的です。ドイツがエネルギー自給自足を達成し、ドイツの技術が世界標準になり、各国がドイツ方式になびく。それがフランスの懸念だと思います。
前オランド政権の時代、フランスはドイツの下請けになりつつありました。自動車分野ではエンジン、トランスミッション、自動運転、コネクテッドなど、あらゆる技術がドイツに集中しています。
フランスの自動車産業を守るには、国家主導でルノーとPSA(プジョー/シトロエン)を合併させ、部品産業は最大グループのフォルシアに集約するしか手がないと思います。
マクロン大統領のガソリン車・ディーゼル車販売禁止は、原発立国のメリットがあっての発言です。しかし、一方では原発はこれ以上増やしませんと言っているに過ぎないと、私は考えています。計画はまだ何もないのですから。
イギリスがフランスに賛同した理由はもっと簡単です。あの国には自動車産業がありません。最大勢力だったMGローバーは経営破綻し、中国が知的財産や工場、研究開発スタッフを接収しました。ジャガー・ランドローバーはインドのタタ財閥が買収しました。
ロータスはマレーシアのプロトンが買収したあと、現在は中国・吉利汽車のものです。ロールス・ロイスはBMWのもの。ベントレーはVW(フォルクスワーゲン)のものです。
それ以外の乗用車工場はトヨタ、ホンダ、日産です。外資がEV化のための投資をイギリスで行うほうが、イギリスにとってはメリットがあるでしょう。
じつは、もうひとつ、ガソリン車とディーゼル車の販売禁止を検討しはじめた国があります。中国です。ついさきごろ、中国工業情報省が「化石燃料車の生産・販売禁止の時期について関係部局との検討を開始した」と発言しました。
現在は「検討を指示した」段階でしかなく、本気でそう考えているのかどうかは不明ですが、中国がこう言い出す理由があります。
原油輸入量が急増しているのです。最近5年間だけでも、中国国内の自動車保有台数は1億台以上の純増です。途方もない数字です。ガソリン消費量は急激に増えています。しかし、国内産の原油ではまかなえないので、外貨を支払って原油を輸入しています。

EVで技術的自立 これが中国の国家戦略

中国は、乗用車を普及させるためにガソリン価格を政府が調整してきました。原油の国際相場が高くなってもガソリン小売価格が変動しないよう政府予算を使ってきました。
その政府予算は、中国国営自動車メーカーが外資と50%ずつの出資で立ち上げた合弁自動車メーカーの利益でまかなってきました。
世界中の自動車メーカーが中国でクルマを作っていますが、利益の半分は中国が持っていきます。これが国庫に収まり原油購入資金になっています。
しかし、競争の激化で生産1台あたりの利益率が減っています、逆にガソリン需要はどんどん増えています。中国政府がEVとPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)を新エネルギー車に指定し、その普及を進めている理由は、エネルギー安全保障面にあります。
それと、中国政府が奨励する「技術的自立」です。既存のガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、トランスミッションの技術について中国は、ほぼ全面的に海外の技術に頼っています。
精密機械加工部品や先端電子部品は外資部品メーカーが中国で生産しているものを購入する例も少なくありません。中国にとって、これから世界的に競争力のある自動車技術を生みだせるとしたらEV関連しかないのです。
いま、中国には世界各国から続々とEVベンチャー企業やEV研究者が集まっています。中国の企業、投資家、研究機関などがEV関連技術の開発や量産設備に対して資金援助を行っているためです。
同時に海外のEV研究者が中国企業にアイデアや技術を売り込んでいます。成功したら特許の全てを中国企業に譲るというやくそくをして研究開発資金を得ている例はたくさんあります。それだけ中国にはお金があるのです。
EVの裏にはこういう事情があることを知っておいてください。
牧野茂雄
1958年生まれ。日刊自動車新聞社記者、三栄書房編集顧問、『ニューモデルマガジンX』編集長を経て現在はフリージャーナリスト。「技術と経済の橋渡し」役になることがライフワークである