【羽生善治】テクノロジー進歩で「自分は何者か」が問われる

2017/10/12
羽生善治氏は史上3人目の中学生棋士としてプロデビューした後、25年以上、将棋界の第一人者として活躍している。そんな羽生氏は、人工知能関連の番組に出演したり、NEC未来創造会議のメンバーとして議論に参加したりと、将棋の枠を超えて新しいテクノロジーへの興味も持つ。戦い続け、学び続ける羽生氏に、長期にわたって成果を出し続ける秘訣や、これからの社会を生き抜くためのヒントを聞いた。
40代には40代の持ち味がある
──羽生さんは15歳のときにプロの棋士になられてから、ずっと将棋界の第一線で活躍されています。30年以上にわたる棋士生活のなか、日々の対局や研究へのモチベーションをどのように維持されているのでしょうか?
羽生 棋士という職業において、モチベーションのコントロールは難しい課題です。なぜかというと、モチベーションのピークを設定しにくいからです。オリンピックで優勝することを目標とするアスリートであれば、4年に1回の大会に向けて鍛錬を積み、モチベーションを上げていけばいい。
でも、棋士はずっと何十年も断続的に対局が続きます。だから私はあえてゴールを考えないようにしています。
ゴールがあと200キロ先だと言われたら、走る気持ちもなえてしまうでしょう?(笑)。目の前の1キロをとりあえず走る、という姿勢でいるようにしているんです。
──今年は藤井聡太四段の大活躍があり、20代の若手棋士のタイトル挑戦も続いています。将棋は若いほうが強いと言われることもある世界ですが、47歳になった今の実感としてはどうでしょうか?
羽生 私としては、10代には10代の、20代には20代の将棋の良さがあり、それをどれだけ引き出せるかが強さにつながると考えています。
そのため、今は40代の自分の持ち味をいかに引き出せるかが勝負かなと。
それには、今の自分の良さとは何かをよく考えることが必要です。20代の頃の自分になく、今の自分にあるのは、知識と経験値。
しかし、将棋の世界は戦術の移り変わりが激しいので、持っている知識や経験値はそのままでは生かしきれません。そのため、自分なりに一工夫して、使えるかたちに変換することが求められている、と考えています。
──将棋ソフトが強くなり、棋士の間に普及したことにより、将棋の戦術や指し手も変化してきています。こうした変化に、どう対応していこうとお考えですか?
羽生 単に、将棋ソフト由来の新しい戦術をまねしてもダメなんですよね。これは、話し方みたいなものだと思うんですよ。
例えば、今私が原宿の竹下通りを歩いている中高生がしゃべっているのを聞いたら、きっと言葉の意味はわかるけど、「そういう言葉遣いでしゃべってください」と言われても、即座にはまねできない。若者の言葉遣いは日本語のルールにはのっとっているけれど、自分では使わない、聞いたことがない、時には意味がわからない言葉も出てくる。
それと同じことが、将棋の盤上でも起こっています。同じ将棋なのだけれど、今まで見たことがない指し方が現れている。
でもその新しい話し方、つまり指し方を拒絶するのではなく、自分なりに消化していくことを求められているんだと思っています。
強い信念が新しい手を生む
──テクノロジーが急速に進歩するなか、人間の棋士だからできることは残るのでしょうか?
羽生 創造の分野では、人間にしかできないことが確実にあると思っています。
それは結局、コンピューターがやっているのは確率的に進歩していく、ということだからです。この確率的というところが、創造性の邪魔をする。新しい手や戦術を創造するには、いかに自分を信じるかということが必要になってきます。
例えば、ある手を指したらソフトの評価値(対局の形勢を示す値)が500点マイナスになったとします。それでも、「20手先にきっといい形になるから、絶対この手を指す!」という強い意志が必要だということです(笑)。
確率的ということは、絶対ではないということ。でも、その精度が上がれば上がるほど、絶対正しいと人間は錯覚してしまう。そんななかでもまわりの意見にとらわれず、自分の信念を貫いた先に創造があるんだと思います。
──羽生さんはNECが主催している未来創造会議のメンバーとして参加していらっしゃいます。未来創造会議には、物理学者のミチオ・カク氏を始めとして、『WIRED』創刊編集長のケヴィン・ケリー氏やAI研究で有名な松尾豊氏、住職の塩沼亮潤氏などさまざまな分野の専門家が参加しています。どんな話題が印象に残っていますか。
羽生 ミチオ・カク先生が提唱していた、「パーフェクトキャピタリズム」という考え方はおもしろいと思いました。
生産者と消費者が、インターネットやAIといったテクノロジーで直接つながることにより、資本主義が新たなステージに一段階上がる。たしかに市場競争が合理化されて、それに従った富の分配が起こるというのはすばらしいことです。
しかし、既存の仲介システムに関わる人たちは、そこが一気に無くなると打撃を受けるでしょう。変化の衝撃を和らげて、どうやって新しいシステムに移行するのか興味があります。
NECが主催している未来創造会議にて。左から、林千晶氏(ロフトワーク代表)、江村克己氏(NECチーフテクノロジーオフィサー)、松尾豊氏(東京大学大学院特任准教授)、ミチオ・カク氏(ニューヨーク市立大学理論物理学教授)、塩沼亮潤氏(慈眼寺住職大阿闍梨)、羽生善治氏、荻上チキ氏(評論家)。(この日は、「WIRED」誌創刊編集長ケヴィン・ケリー氏は欠席)
──多分野の方々とお話しすることが、仕事に生きることはありますか?
羽生 直接、対局に役立つかと言われると……そうではないのですが(笑)、将棋の世界に閉じこもっていると発想の幅が狭くなるので、さまざまな分野の方とお会いすることは大事だと考えています。
そこで聞いたお話が、煮詰まったときや停滞したときに、その状況を打破するきっかけを与えてくれることがあるんです。
例えば、ラグビーの日本代表監督だった故・平尾誠二さんとお話ししたときに、「1日1日を生き生きと生きる」ということをおっしゃっていました。
それは今でも私の心のなかにあります。その日ごとにちゃんと切り替え、今できることを一生懸命やる。この発想は、対局に向けて心の切り替えが必要な私にはとても役立ちました。
また、未来創造会議では「全体像を見る」という考え方を学んでいます。局所解に陥ると、大きな方針を決めるときにより良い方を選べなくなってしまう。
もちろん、精度を上げるためにはきめ細かく見ることも大事なので、ミクロとマクロの両方の視点を同時に持って判断する、ということを心がけています。
テクノロジーは食材みたいなもの
──これからの社会では問題がどんどん複雑化し、人間同士、企業同士で協力し、共創して解決することが求められると考えられます。この記事を読むビジネスパーソンに、テクノロジーの進歩にどう適応し、新しいものを生み出していけばいいのか、アドバイスをいただけると幸いです。
羽生 身の回りにあふれている膨大な情報や新しいテクノロジーというのは、食材みたいなものだと思うんですね。
それを食べて「おいしい」と思う立場の人もいるでしょう。つまり、コンテンツを消費したり、便利さを享受したりするということです。
一方ビジネスの観点では、その食材を組み合わせて、新しい料理を作ることが求められる。まわりに食材はたくさんあるので、可能性は提示されている。それをいかに生かしていくかが、知恵の使いどころなんじゃないかと思います。
羽生善治そっくりソフトができたら
羽生 あともう一つ、テクノロジーが進歩していくと、最終的に「個性とは何か」ということが問われてくると考えています。
自分しか持っていないものとは何か、をさまざまな人や物事との関わりから見いだしていくこと。それが大事になっていく時代だと思います。
例えば、私そっくりの将棋を指せるソフトが出てきたとします。そうなったとき、私の価値とは何なのか。本当の意味での個性やアイデンティティとは何か。そういうことを考えなければいけない、と思います。
──羽生さんご自身は、自分の個性とはなんだとお考えですか?
羽生 それは、今でも答えが出ていません。ずっと問い続けているんです。自分のことを理解するって、実はとても難しいんですよね。だから、考え続けるしかないと思っています。
(聞き手:崎谷実穂 編集:久川桃子 撮影:小沢朋範)