自動運転は700万人の「買い物弱者」を救えるか

2017/10/7
自動車の発展と普及は、街や都市の形に大きな影響を与えてきた。自動車発明から約130年の歴史で、最も大きな転換点のひとつといっていい完全自動運転。実現したときに、新たに街や都市の形や概念を変えるほどのインパクトを与えるのか。今、街が抱える課題をどう解決するかを考える。

中山間地域のラストワンマイル問題

「買い物弱者」。国としての定義はないが、一般には、食料品の購入や飲食に不便や苦労を感じる人々を指し、その中心は高齢者である。経済産業省は700万人程度(2014年時点)、農林水産省は372万人程度(2010年時点)と推計。
過疎などにより近所のスーパーや商店などが撤退したものの、足腰が弱まり長距離の歩行が困難で、車も運転できないので、離れた場所に買い物にいけないというのが、買い物弱者が生まれる主な理由だ。
中山間地域や高齢化が進む都市部郊外において、問題が顕著に表れている。特に中山間地域では、買い物だけが不便なわけではない。行政、医療なども、同じようにアクセスしづらい現状がある。
その不便を解消し、中山間地域の在り方を改善する可能性を持っているのが、自動運転車である。特に期待されているのが、ラストワンマイルの解消だ。
直訳すると「最後の1マイル(約1.6km)」だが、最寄り駅から自宅、自宅から医療施設・スーパーなど、短い距離の移動を指して使われることが多い。

市街地での完全自動運転は難しい

利用者が自動運転車を呼び出せば自宅まで迎えに来てくれて、乗り込むと目的地まで運んでくれる。いわば、運転手のいないタクシーのような使い方だ。
走行は最寄りのバス停や医療機関、スーパーなどに限定されているので、目的地を自由に設定するケースよりも、比較的実現しやすい。
市街地での完全自動運転が難しいのは、不確実な要素が多すぎるからである。代表的な事例では、西日や雨によってカメラの精度が落ちたり、前方を走る車の色が白だとレーダーを反射してしまったりすること。もちろん、急な飛び出しなども考慮しなくてはならない。
しかし、中山間地域でルートや条件を限定しておけば、市街地を走るよりは精度が高い自動運転を実現することができる。
東京大学生産技術研究所で交通工学を研究する大口敬教授は、中山間地域における自動運転の可能性をこう語る。
東京大学 生産技術研究所 次世代モビリティ研究センター 大口敬教授。専門分野は交通制御工学
「中山間部では、自動運転による移動支援を実現することで、経済・財政的に一定の持続可能な体系を確立させることができるはず。
現状のディマンドバス・タクシー(利用者の要求に対応して運行する形態)や路線バスなどを自動運転化することで、個別輸送ながら公共で維持する交通システムとして成立させるイメージです」

中山間地域ではレベル4の自動運転実証実験

中山間地域における自動運転の活用は、実証実験が多数始まっている。
国土交通省は、道の駅を中心に据えた実証実験を全国13カ所で始めた。その概要は、道の駅を拠点として自動運転車を配置。
交通の便が悪い中山間地域から定期運行、または、スマートフォンなどで呼び出し、物流や生活の足を確保するというものだ。
国土交通省のリリースには「道の駅等を拠点として自宅を中心に病院や役場などの周辺施設を含め巡回。走行距離は概ね4~5km程度」と記されている。

愛知県は2800kmの実証実験

地方自治体でも実証実験は盛んだ。
愛知県は2016年度に自動運転の実証実験を行った。県庁の担当部署によると「県内15カ所の実証エリアにおいて、高精度3Dマップを作成して実施。総延長約41㎞、総実走距離約2800㎞に及んだ」という。
実証実験の目標は多岐にわたっており、そのなかには、<町内移動手段の再編と過疎地域における移動手段確保>など、中山間地域ならではの問題もあった。
上記の目標を掲げて実証実験が行われたのは、愛知県設楽町だ。行政区域の約9割を山林が占め、高齢化率も高い自治体である。
実証実験の結果について愛知県から事業を受託したアイサンテクノロジー株式会社は「自動運転が開始された場所付近は狭い生活道路が続き、歩行者も多いことから、ステアリングのみの自動運転を実施。生活道路を抜け、山間道路に出てからは対向車もほとんどなく、スムーズな自動運転ができた」と報告。
一方で、山中ではネットワーク環境が悪く、搭載したアプリケーションの音声認識機能が作動しなくなる場面もあった。山間部での通信環境確保の難しさを露呈したかたちだ。
さらに、愛知県では今年、全国に先駆けて遠隔型自動運転システムを活用した実証実験を実施する予定である。
写真はカメラやレーダーを装着した実証実験の車両。アイサンテクノロジー株式会社が所有するトヨタエスティマハイブリッド等を使用している

自動運転でコンパクトシティ構想は頓挫?

一方、高齢化が進む都市部郊外でも、移動の不便や不満が高まっている。人口減少時代における都市構造の在り方はどうあるべきなのか。その答えのひとつとして国が推し進めている政策が、コンパクトシティ構想だ。
コンパクトシティとは、医療・福祉・商業等の生活機能を街の中心部に確保し、地域公共交通と連携して居住地からアクセスしやすくして、高齢者などが安心して暮らせるコンパクトな街を指す。
これら地域公共交通と自動運転を組み合わせる考え方は、様々なところで議論されている。
現在、地域公共交通として注目されているのはLRT(ライトレールトランジット)だ。次世代路面電車と呼ばれ、低床式車両の活用や軌道・電停の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する次世代の軌道系交通システムである。
富山駅周辺を走行するLRT。Photo:文平 / PIXTA(ピクスタ)
他にもコミュニティバスなどを活用している自治体も多い。この公共交通圏内へ中山間地域や都市部郊外から移住してもらうといった施策もあり、一部では“切り捨て”と反発する声もある。
しかし、自動運転があれば、本来は公共交通に縛られないはず。コンパクトシティ構想は必要なく、都市部郊外でも中山間地域でも、好きな場所に住めるのではないだろうか。
その疑問に、大口教授は「自動運転の普及には、プラス・マイナス両面があります」と答えてくれた。
「自動運転は、究極のアメリカ郊外型自動車社会を推し進める可能性もあります。しかしそれでは、極めて非効率な行政サービス、生活・社会になってしまう。格差是正のために取り組まれているコンパクト&ネットワークの既存国土計画の反対勢力になりかねません。そうならないように、都市部と地方部が持つ既存の特長は維持・拡大しつつ、負の側面を改善するように自動運転の普及を誘導できれば、格差の是正につながるでしょう」(大口教授)

行政がサービスを提供する必要はない

ニッセイ基礎研究所で都市・地域計画を専門に研究する塩澤誠一郎氏は、「自動運転は国の政策における都市計画と両輪で考えると、相互作用で高め合うことができる」と指摘する。
ニッセイ基礎研究所 社会研究部 准主任研究員 塩澤誠一郎氏。研究・専門分野は都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発
「都市部郊外では自動運転による移送サービスを提供するエリアに居住を誘導して、コンパクトシティの形成を促進させることが考えられます。こうすれば、自動運転の普及とコンパクトシティ政策は矛盾しません。
また、自動運転による移送サービスは、必ずしも行政が提供する必要はありません。私の予想では、移動して来てほしい側、つまり、ショッピングセンターなどが、自動運転移送サービスにコストをかけて人々に提供すると考えています。
ただし、コストは限られているので、提供範囲は限定されるでしょう。ショッピングセンター自体がコンパクトシティ政策によって郊外から中心市街地へと移転することも含めて考えると、自動運転移送サービスが提供されるのは、コンパクトにしたい範囲(居住誘導区域)と重なるかもしれません」(塩澤氏)

コミュニティを守るための自動運転

また、中山間地域でも、そのコミュニティや集落を守るために自動運転サービスを活用するという考え方もあるという。塩澤氏の提言は、前述した国土交通省の実証実験と重なるところもある。
「いくつかの集落で医療や行政、商業施設を共有して、その施設には自動運転車が連れて行ってくれる。例えば、パーソナルビークルのような自動運転車を所有してもいいかもしれません。
国が守りたい中山間地域に居住する場合は、貸与したり補助金を出したりして、コンパクト&ネットワーク化を誘導してもいいでしょう」(塩澤氏)
特に、中山間地域では、コンパクトシティ=切り捨てと考える人もいるかもしれないが、農業・林業・漁業を維持するために、中山間地域を保全することは国土計画において重要なこと。
そういった意味で、自動運転の活用によって、地域の不便さを解消させることは重要だ。また、不便が解消することにより、都市部から若い働き手や移住者が流入し、地域が活性化するとなお良いだろう。

ソフト面も含めて運用デザインを見直す

最後に、交通工学を専門とする大口教授に、自動運転を活用するための都市や中山間部のインフラについて訪ねた。
「自動運転車だけでなく、鉄道も含めた様々な公共交通、自転車や歩行者、既存の自動車など、多様な交通手段の存在、また、大都市から地方都市、中山間部など多様な空間・地域環境の存在、これらを総合的に考慮した総合交通体系を抜本的に見直し、新たに計画設計することが必要です」と語る大口氏。
「加えて、情報や通信技術による支援や経済・財政モデルの再構築などソフト面の運用デザインも含めて設計し直すことが、極めて大切だと思います。
まさに、本来の意味のイノベーションによって、都市・地域と移動や生活・社会活動との関係性における新たな価値を創造することが求められるのだと思います」と続けた。
レベル5の完全自動運転が実用化されるには、技術の進化以上に、法体系の見直しや社会受容性が求められる。そのなかには、完全自動運転を有意義に活用する都市や中山間地域の在り方も求められるだろう。
都市や街の見た目は大きく変わらなくとも、大都市圏、郊外、中山間地域などによって役割がよりはっきりとし、都市の概念自体が変化していくのかもしれない。
(取材・文:笹林司)