【ステージ別】ベンチャーが直面する「〇〇人の壁」の越え方

2017/9/27
スタートアップと一口にいっても、立ち上げ期のアーリー、一定規模に成長したミドル、企業として成熟してくるレイターでは、求める組織像・人材像は大きく異なる。国内外で100社を超えるベンチャーを支援するGMO VenturePartnersの宮坂友大氏が、各ステージの只中にいる3社のトップと「組織と人材」について語った。

成長企業が突き当たる「壁」の本質

宮坂:日本のスタートアップをとりまく環境は、ここ10年ほどで激変しました。2009年に730億円程度だった未上場企業の調達額は、2016年には2000億円を突破する規模にまで拡大しています。
ベンチャーの資金調達もかつてないほど順調で、「1億円の調達でもすごかった時代」から見れば隔世の感すらあります。
そうして調達した資金を広告宣伝費や人材獲得へ投資するわけですが、多くのベンチャーはここで大きな壁に直面します。それは「適切な組織マネジメント」という課題です。
ひとは、本来異なる思想や価値観・習慣を持つ感情の生き物であり、その考え、能力、また成長性にはバラつきがあります。
経営陣はこうした特性を持つひとという存在に向き合い、一方で事業をいかに成長させるかという両輪を回すことを求められます。
この非常に難解なテーマに向き合うことは、会社が実現したい世界観や事業成長、またステークホルダーの求める成長を創り出すには、誰もが避けて通れません。
われわれGMO VPは2005年からベンチャー投資を始め、米国・アジア・日本において100を超える企業の成長を支援してきました。
そのなかで、国や会社のステージに関わらずほぼすべてのベンチャーが「組織マネジメント問題」に直面し、悪戦苦闘している姿を日々、目にします。
それぞれの組織をとりまく条件は違えど、抱える課題の特性やそのタイミングにはいくつかの共通項があるようです。要点をかいつまめば、次のようになります。
そうした課題を先輩経営者や関係者の話や書籍から、テーマとして知っている方は多いと思います。
ただ、どの程度本気で向き合い、適切なタイミングで適切な施策を果敢に実行できるかは、企業によりかなりバラつきがあるのが現実です。
本稿は、組織規模の異なる投資先3社との対談を通じて、ステージ別の組織の捉え方、課題の発見と克服、そして求める人材像を「見える化」してみた取り組みです。
これから事業を始める方、既に事業運営されている方、転職を考えている方(自分はどのステージの会社を狙うべきか)などの参考になればと考えていますーー。

少数精鋭で狙う“建設業界の改革”

宮坂:創業3年目のトラスは、住宅などの「建材」の比較・検討を行えるクラウドサービスを開発している、建設業界にITで切り込むスタートアップです。
今年8月に最初の資金調達を終えたばかり、まさにアーリーステージのただ中ですが、その事業で解決しようとしている課題にわれわれは共感し、インキュベーション枠として投資をさせていただきました。現在のメンバー数は6人ですよね。
久保田:はい。うち3人は私を含む創業メンバーです。今は建材の比較検討から、仕上表の作成までをクラウド上でおこなうプロダクトを開発中で、現在10月の正式リリースをめざしています。
宮坂:そもそも建設業は国内GDPの約6%を占める産業でありながら、ネット化率が著しく低い。そのうち1%をオンライン化するだけでも、大きなビジネスチャンスになります。
ゆくゆくはグローバル展開の可能性も秘めた、非常にオポチュニティーのある事業だと思います。
久保田:やはり歴史ある業界だけに、古いやり方が根強いんですね。
現在は、各メーカーの紙のカタログを見る以外に、建材を比較する方法はありません。しかも、いまだにメートルや尺、平米や坪といった単位がメーカーにより異なり、法的なルールも複雑です。
そうした条件をクリアするだけでも膨大な手間がかかるので、建築設計に関わる方々は、どうしても似たようなメーカーの建材、過去に使ったことのある建材を選ぶ傾向があります。
小さなメーカーが新しく良いものを開発しても、なかなか気づかれない。こうした現状をITで変えるというのが、われわれの志です。
建築物というのは建材の集合体ですから、良いものが選ばれれば、建物自体の質が上がっていく。ひいては日本の住環境が変わっていくはずです。

これから始める組織固めの第一歩

宮坂:現在はプロダクトの立ち上げが最優先ですが、一方で、そろそろ組織についても考えはじめる時期ですね。
今は少人数ゆえに、マインドや事業の向かう姿も共有しやすく、メンバー間の意識の乖離もほとんどなさそうですよね。意思決定もスピーディーでは。
久保田:そうですね、お互いの距離感はかなり近いです。個人が会社全体のことを見て、考えて動けているので、面白いフェーズだと思います。
宮坂:いわゆる「10人の壁」がやってくるのはプロダクトのリリース後でしょうか。
われわれがよく目にするのは、経営陣がさらに多忙になり、メンバー間のミスコミュニケーションが頻発するようになる局面です。
メンバーが増えればマインドや事業の目的意識に違いも出てくるため、組織全員でお互いの状況や考えを共有する場を意識的に設けることが大切になってきますね。
久保田:目下の課題は、創業メンバーの「個人技」に頼っていた仕事をチームにどう振り分け、育てるかです。この点についてはGMO VPさんや、弊社顧問の守屋実さん(元ラクスル副社長)から助言をいただけています。
宮坂:現メンバーは経営陣の人脈から採用されたと思いますが、今後はどんな人材を求めていきますか?
久保田:いま一番採りたいのは、組織固めのコアになる人材。いわゆるCXO候補ですね。
具体的には、UX、開発の部分で主軸を担えるような人。建築に精通していなくとも、何らかのサービスの立ち上げで実績を積んだ方だと心強い。
あとは、古いタイプの大企業への営業に強い人も、われわれの領域上、絶対に必要です。
宮坂:このフェーズでは外見だけの拡大路線に走らず、あえて「事業への共感度」が高い少数精鋭メンバーに絞って事業のコアを立ち上げていくというスタンスは正解だと思います。全員の意志をそろえて走り続けることが必要ですからね。
転職者の視点で考えると、シードステージに参画する醍醐味は、組織のカラーを自分でつくれること。「ゼロイチ」に挑戦したい人にとって、今のトラスはもってこいの存在でしょう。
昨今の労働市場をみれば、シード期のベンチャーに飛び込むことのリスクは、実はほとんどないと個人的に思っています。結果は3年で見えますから、ダメだったら次に行けばいい。
ベンチャーに行くならシードの経験は確実に評価されますし、大企業に行くにしても、オープンイノベーションがこれだけ叫ばれるなかで、そこは否定されるはずがない。
久保田:このタイミングだからこそ、当事者意識を持って事業をドライブさせられる人に来てもらえたらうれしいですね。
プロダクトの開発と並行して、今後はマネタイズの部分も立ち上げつつ、顧客との信頼関係も作っていく必要があります。
組織側としては、社員一人ひとりが経営視点をもって意見を出せる仕組みをつくりつつ、プロダクトリリースをめざして走りたいと思います。

メンバーが意思統一できる仕組みに着手

宮坂:日本に強みのある“ものづくり”の領域で、製造設備の比較検討・購入サービスを展開するアペルザは、創業して1年(前回の取材記事はこちら)。
メイン事業である製造業向けカタログポータルサイトの「Cluez(クルーズ)」が急成長していますね。(※2017年10月1日より「Aperza Catalog」へサービス名称を変更)
石原:おかげさまで、業界での認知度がかなり上がりました。GMO VPに投資して頂いた2016年10月時点の出展企業数は約500社でしたが、2017年9月現在、約5500社となっています。
宮坂:11倍。営業メンバーが増えたことの成果でしょうか?
石原:現在の従業員数は60人あまりですが、営業担当者はまだまだ少人数です。人数よりも、営業ノウハウをフォーマット化して効率が上がったこと、サービスの伸びに伴う説明コストの減少、この2点が勢いにつながりました。
いまのところ採用は順調です。ベンチャーでチャレンジし直したい大企業出身者、日本の製造業に貢献したいという志の高い方の応募も多く、ありがたい限りです。
ただ社員数が増え、課題も出てきましたね。
宮坂:規模としては「50人の壁」を越えたところですが、どんな問題が出てきましたか?
石原:メンバー間の情報共有や方向性のすり合わせが難しくなりました。いろいろなことが立ち話程度では済まなくなりましたね。
その対応策として、まず情報共有にコストをかけています。SNSや社内Wikiを整備したり、全員参加のウィークリーミーティングを開催したり。
また週1回の「アプルーバルミーティング」も始めました。金曜日に1時間、経営陣3人が全社員からあらゆる企画を受け付ける場です。いいアイデアにはその場で着手承認を出して、企画を進めてもらいます。
宮坂:定期的に経営陣と話せる場があるのはいいですね。「50人の壁」の突破はミドルマネジャーの選抜・育成・採用と並行して、いかにトップが権限委譲するかにかかっています。
ミドル育成の成否が、今後の成長を大きく左右するステージに突入したわけですね。

成長を加速させるミドルへの投資

石原:それについては苦い経験があって、前職の社内ベンチャーとして立ち上げた会社は、まったくミドルを育成しなかったんです。
結果、急速に成長する創業メンバーと後発メンバーの能力差が埋まらない溝になってしまって。仕事が回らず、組織もぎくしゃくしました。
宮坂:優秀な創業メンバーほど仕事が集中するし、それを自分でなんとかしようとしがちです。
トップはミドルにどんどん権限委譲して、経営側がより本質的な事業課題にリソースを割ける環境をつくらないと、組織の成長が止まってしまう。
同時に、組織の中でもコミュニティ形成を促す仕掛けも重要に思います。
石原:まさに。ミドルがどれだけ自発的に最初のコマンドを持てるかが大切と痛感しました。
ミドルには「僕と同じ立場ならどう考える?」とそのつど投げかけ、経営者意識を持ってもらうようにしています。
宮坂:アペルザは、これから本命であるEコーマス領域での新規事業「Aperza」にチャレンジする重要な時期を迎えています。成長を鈍化させないよう、まさにミドルの育成に投資すべきタイミングです。
石原:工業用資材のECサイトは世界でも例が少なく、われわれにとっても未知の領域です。
このタイミングで、宮坂さんのご紹介からメルカリ取締役社長兼COOの小泉文明さんにエンジェルとして入っていただけたことは、本当に心強いですね。
グローバル展開を見据えている弊社にとって、コマース領域で海外にサービス展開しているメルカリは最高のお手本です。
宮坂:今のアペルザという船に乗れば、日本の基幹産業である製造業を劇的に変えられる。さらにその船でグローバルの海にこぎ出せる可能性もあります。
日本の製造業を強くしたい、幹部として会社を成長させたい、海外ビジネスに挑戦したいなど、意欲的な人にあらゆる機会を提供するフェーズに入ったと感じています。

失敗から学んだ組織づくりの“核”

宮坂:周知のとおり、ついにマネーフォワードのIPOが承認されました。もはやレイターステージも終盤、ベンチャー以上の存在になりつつありますね。
6人の創業メンバーから200人以上の組織に成長されましたが、辻さんはどのように感じていますか?
:僕一人じゃ何もできないですからね。ビジネスにおける仲間集めは本当に大事だと実感しています。
宮坂:仲間が増えるにつれて、組織運営の難しさを感じたことはありましたか。
:それは大いにありますよ。30人規模のころでしょうか、社員から「人事評価が欲しい」「僕たちのことをちゃんと見ていますか」と言われて驚いたことがあるのです。
僕は「評価なんてされたくない」というタイプの人間で、メンバーもそうだと思っていたのですが(笑)。間違っていたみたいです。
それ以降、社内で「MFグロースシステム」という人事制度を整備して、社員の成長を手助けするフィードバックを意識して実施するようにしました。
50人規模になったころに今の人事部長が入社して、定例で1on1ミーティングや半年に一度の全社アンケートも始めました。課題は早めに抽出して手を打とうと。
宮坂:それまでは辻さんが人事を?
:そうです。でも失敗もたくさんしましたよ。例えば非常に優秀なエンジニアを採用したことがあったのですが、彼は当社のビジョンに共鳴していなかったのです。周囲と折り合わず、仕事が全然進まなかった。
能力と同じぐらい、ミッション・ビジョン・バリューへの共鳴度の高さ、パーソナリティーの良さ、チームワークができるかどうかも大事だと学びました。
宮坂:組織拡大の時期にはマネジメントの成長も欠かせません。社内のコミュニケーションラインが複雑になり、方向性の共有や意思決定に時間もエネルギーも必要になる。
ここでしっかりマネジメントを育てて組織の土台づくりをしないと取り返しがつかなくなります。
:それ以降は、マネジメント陣には1on1のトレーニングを受けてもらったり、全体ミーティングをしたりして意識を高めてもらっています。

マネジメントを育てる“フェアな仕組み”

:今の悩みは、優秀なプレーヤーにマネジメント能力があるとは限らないこと、あるいはマネジメントをやりたがらないこと。
しかしマネジメントにとって後進の育成は重要な責任の一つです。自分には向かないというのなら、代わりを探してもらいます。
宮坂:若い人材でも能力や実績が伴えば、マネジメントを担わせる?
:ええ。2015年5月に新サービス「MFクラウド請求書」の立ち上げ責任者を務め、現在グループ会社であるMF KESSAIの取締役を務めているのは新卒採用した25歳のメンバーです。
また当社のビジネス向けクラウドサービス「MFクラウドシリーズ」の事業推進のナンバー2は30歳の女性ですが、彼女はマネジメントが抜群ですね。
宮坂:すばらしいですね。マネジメント育成でほかに意識されていることはありますか。
:結果を出した人に大きな権限・責任を与えるというフェアな仕組みづくりですね。事業部の中に小さな組織をつくり、そこに責任者を複数置いて、結果を出した人に一段階上の組織を持たせます。
宮坂:当事者意識を育てるには、組織の小分けが効果的ですよね。他の事業部と文化の違う事業部は別会社にしたり、オフィスを別の場所に作ったりしてもいい。
それぞれが自立して稼働できる環境を継続してつくることが重要になってくると思います。
:まさに今、グループ会社のMF KESSAIがベンチャーオフィスを借りて、本社から離れて動いています。
MF KESSAIの経営陣と僕が会うのは月2回ぐらいですが、当社の文化を理解しているから安心して任せられます。すごく楽しそうに働いてますよ。
宮坂:来たる「300人の壁」について、なにか懸念や打ち手はありますか?
:300人を超えると、顔が見えないメンバーが増えてくるはずです。「よその組織は関係ない」という意識が発生すると想定しています。
対策としては、「やらされ仕事」を生まない仕組みづくり、コミュニケーションの量と質の向上が鍵になりますね。
宮坂:IPOを経てこれからが本当の幕開けのタイミングではありますが、マネーフォワードはもっと伸びるし、われわれはそこに期待し続けたいと考えています。
:新規事業の種まきもしていますし、若い人にはこの成長機会をぜひ取りに来てほしいですね。
(編集:呉 琢磨、構成:横山瑠美、撮影:岡村大輔)
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