新リーダー輩出へ、日本スポーツ界に必要な制度改革

2017/8/1
資格制度——世の中にはさまざまな資格があふれていて、これを読んでいる皆さんも何かしら資格をもっていらっしゃるのではないでしょうか?
私はといいますと、ヤマハピアノグレード7級、そろばん検定3級、暗算検定3級という、幼少期に取得した、ありきたりな資格をもっています(笑)。
資格というのはいわば目的を達成するための一つの手段にすぎず、資格取得自体は、講習を受講するプロセスにおいて学ぶ機会を得られることが一つのメリットとしてあると思います。
資格をもっているだけで評価される資格もあれば、その資格を手段として仕事に生かすことで、社会に価値を生み出すことのできる資格もあるかと思います。

欧州で通用しないS級ライセンス

1993年に日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が設立され、サッカーの指導に専念するプロの指導者の育成が急務となりました。Jリーグのトップチームの監督としてチームを指揮する場合、「公認S級コーチ」資格取得を日本サッカー協会が必須条件にしたことをきっかけに、日本サッカー界では指導者養成が本格的に始まります。
2004年4月に制度の見直しが行われ、現在ではD級〜S級までレベルやニーズに合わせて指導者養成講習会を行っており、各カテゴリーにおいて必要なライセンスを付与しています。
この日本の指導ライセンス制度は、ドイツの指導ライセンスをモデルにつくられました。この他にもゴールキーパー用、フットサル用のライセンス制度があり、日本サッカー協会を中心に指導者全体のレベルアップを目指しています(詳細は日本サッカー協会公式HP参照)。
海外ではUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)プロライセンス制度があり、日本人も何名か受講し、資格を取得しています。
エストニアでプロサッカー選手として活躍する和久井秀俊選手は、現役中でありながらUEFAプロライセンスCを取得しています。彼自身、欧州サッカーの基本が学べたことは勉強になったといっており、ここから段階的にプロまでたどり着くことだけを想像しても本当にハードルが高いと感じたそうです。
オランダのVVVフェンロのコーチとして昨シーズン2部リーグ優勝、1部リーグ昇格に貢献し、来シーズンはイングランドのリーズ(2部相当)と仮契約を締結したとの報道があった藤田俊哉さんは、日本で取得したS級ライセンスがUEFAプロライセンスと同等という見方をされていないため、監督として指導できる立場に立てていません。
現役引退後、欧州でキャリアアップする藤田俊哉氏(中央)
しかし、JFAが発行するS級ライセンスとAFC(アジアサッカー連盟)のトップライセンスは同等とされています。今回のリーズでの立ち位置もコーチではなく、強化部長の補佐役、選手とフロントのつなぎ役、アジア戦略ビジネスも担当すると本人がコメントしています。
プロチームや代表チームの監督を務める場合、各連盟が定めたトップライセンス取得が義務化されており、これを取得するためにはかなりの時間とおカネを要します。藤田俊哉さんみたいに欧州で監督を目指すのであれば、いまのところ日本のS級ライセンスではなく、UEFAプロライセンスを取得することが望ましいという現状があります。

本田圭佑の提案

先日、このコーチングライセンス制度について、パチューカ(メキシコ)に所属する本田圭佑選手がこんなツイートをしていました。

私が思うに、これから先はテクノロジーの進化により遅かれ早かれ監督に必要なスキルが変化してくると思います。選手の試合中の走行距離やスプリント回数、心拍数や疲労度といった部分に関しては、機械が素早く正確に分析し可視化できる時代になってきました。
選手の細かい癖や思考パターンを数値化し、精神状態まで可視化できるようになってきたら、恐らく戦術や戦略も対戦相手と自分たちの情報を入力するだけで機械が組み立ててくれる時代になると思います。
ということは、監督がこれまでやってきた仕事は、将来においてはなくなり、それらを総合的に「マネジメント」できる力が求められるようになってくるはずです。
そうなると、本田選手がここで述べている「必要最低限のルールテストで合格すればS級を渡すべき」という言葉に関して同意することができますし、サッカーの経験や知識がない、それこそ経営者やコンサルタントが今後監督になるケースが出てきてもおかしくないと思います。
サッカー界に他業界から越境してくることでイノベーションが起き、サッカー界にとって有益であるということは頷けます。
しかし、指導マニュアルや指導カリキュラムを設けることは、世界のトップレベルで活躍できる選手を再現性高く育成していくためには必要だと思います。そういった選手が再現性高く育成されないのであれば、それらを見直す必要は当然あると思いますし、そこはビジネスの考え方と本質は同じだと感じます。
メッシやネイマールのような選手をコンスタントに輩出するのは極めて難しいというか、不可能に近いことだと思いますが、世界のトップレベルで活躍できる選手をコンスタントに育成することは可能だと思います。
そのための指導ライセンス制度であり、そのための指導マニュアルだと思うので、誰でも簡単に取得できるものにするのは個人的にはあまり賛成できませんが、定期的に中身を見直し、改善していく必要はあると思います。

指導者にも成長が必要

選手は1人の力だけでは成長していくことはできません。指導者、教育者といった「リード」する人たちのサポートがあるからこそ、一流選手に近づいていくことができます。
先日、新著である『40歳が社長になる日』を出版した株式会社プロノバ社長の岡島悦子さんは、「これからのリーダーはチームでの共感・共創をリードでき、変化に適応できること、大人も子どもも自己の可能性を信じ、強みを伸ばす機会を創ること、そのためには自己の限界に対するリミッターをはずして挑戦し、自己効力感をあげること」が必要で、さらに、これからの時代は「逆転のリーダーシップ」「羊飼い型リーダーシップ」が求められるともおっしゃっていました。
いま、スポーツ界では10代のアスリートの活躍が目立っています。若きトップアスリートたちがリミッターを外して世界でチャレンジしているのに、指導者がリミッターを外して挑戦し続けていけなかったら、日本のスポーツ界の進化は後れをとってしまいます。
選手の才能が開花するのをただ待つのではなく、若くして才能を開花させたアスリートを継続的に進化させていきながら、自分自身もともに成長していける指導者が必要とされているように感じます。
さらにはそういった選手をコンスタントに育成するためにも、各競技団体が指導ライセンス制度を定期的に見直し、それらを総合的に進化させていく必要があるのではないでしょうか。
(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)