大学キャンパスに店舗、従業員は43人

ここはフィラデルフィアにあるコーヒーチェーン、サックスビーズ・コーヒーの本社。大学3年生のガブリエレ・スピカ(20)は、プレゼンテーション用スクリーンの前に立ち、自分が経営するカフェの収支について説明する。
3月はベーグルの廃棄率が減少し、原料コストは大幅に低下した。新たに従業員を10人雇ったので、人件費は上昇した。
テーブルの向こう側では同社のCEOで創業者のニック・ベイヤーが、役員の面々とともに彼女の説明に耳を傾ける。「収益に関してだが、ミールクーポンの効果について説明してほしい」と、彼は声をかけた。
スピカは、大学構内の飲食に使えるミールクーポンが、今年前半の売り上げ増加につながった理由を説明する。ミールクーポンは前払い式で、残高は次の学期に繰越されない。「学生はクーポンを使い切ろうとするので、学期末に近づくにつれて、売り上げが増加することになります」
スピカが経営するサックスビーズカフェは、ペンシルベニア州の公立大学ミラーズヴィル大学の構内にある。従業員は43人。ラテやモカ、マキア―ト、スムージー、サンドイッチなどを売り、繁盛している。
1月下旬にこの店舗を開店して以来、スピカは雇用から在庫管理、財務に至るまですべてを管理してきた。雇っているスタッフは全員、学部の学生だ。
ミラーズヴィルの店は、サックスビーズが2番目に開いた学生カフェ。1軒目は、同社のオフィスから2キロほど離れたドレクセル大学の構内にあり、年間売上高は100万ドルを超える。7月にはドレクセル大学の2号店がオープンする。
ベイヤーはさらに同大学の3号店と、テンプル大学の出店にむけて目星をつけている。すでに出店の合意が近い大学は8校、さらに約15校と検討を進めている。
「特大ホームランみたいなすごいプログラムだ。若者に起業家としての自信を持たせ、自らの事業を運営することによって、世の中に貢献できる」と、ベイヤーは言う。

「人と立地」で競合企業に対抗する

だが、カフェは学生の成長のための単なる利他的な活動ではない。サックスビーズの成長を促すための抜け目のない戦略でもある。
同社の2017年の収益予想は2000万ドル。今後は経営の軸足をフィラデルフィア中心の小規模フランチャイズから、イングランドからワシントンDCにまで急速に広がる直営チェーンに移そうとしている。学生カフェはそのために、おおいに助けになるとベイヤーは期待している。
彼の競争相手は、都市部を制覇しようとするコーヒーショップだ。そうしたチェーンは多数の店舗を展開し、洗練された商品(少量生産、シングルオリジン、ドラフトコーヒー、手作り)で勝負する。
サックスビーズは対照的に、人と立地で勝負する。ベイヤーによれば、同社の新規店舗のおよそ半分が「体験学習カフェ」(大学キャンパス内にあり、スタッフ全員が学生)だ。愛校心と物珍しさから、この新しい学習モデルは典型的なカフェビジネスよりも歓迎されると彼は信じている。
キャンパス以外の店は、卒業生が集まる都市の中心部に展開する。こうした都市の店舗は、学生カフェを経営した卒業生に運営してもらえれば理想的だ。彼らはサックスビーズでの仕事を経験し、企業文化に触れ、愛社精神を身に着けている。
未公開株式投資会社MVPキャピタル・パートナーズのロブ・ブラウン副社長は、2012年にサックスビーズを260万ドルで買収した。
「大学生時代にこうしたブランドロイヤリティが形成されると、その感覚は長く続く。同時に人材の供給ルートを構築する素晴らしい機会を得ることになる」

資金難、訴訟、会社更生法の適用

髪をオールバックになでつけ、堂々たる長身のニック・ベイヤーは、F・スコット・フィッツジェラルドの小説『偉大なるギャツビー』の主人公を思わせる。ギャッピーと同様、彼の成功への道は平坦ではなかった。
コンサルタントをしていたベイヤーは2005年、2人のパートナーとともにアトランタでサックスビーズをスタートさせた。元手は彼の貯金とクレジットカードで借りた15万ドルだった。
専門知識とインフラの不足にもかかわらず、彼は最初から店をフランチャイズ化した。「あれは生涯で最悪の決定だった」と彼は言う。フランチャイズ店のなかには、業績の悪い店もあった。会社は成長したが、苦闘の連続だった。
2007年には、資金が底をついた。19のベンチャーキャピタルや非公開株投資会社に出資を断られた後、ベイヤーはようやくエンジェル投資家を見つけた。ただし、2つの条件が課された。まず、事業をフィラデルフィアに移すこと。第2に、最初のパートナーたちを切ること。
切られたパートナーはベイヤーを訴えた。訴訟は2年続き、裁判費用だけで100万ドルを超えた。「2009年、私たちは岐路に立っていた」と彼は語る。「投資を受けて、フランチャイズを売るためには、ごたごたを整理しなければならなかった」
弁護士や会計士の助言を受けて、サックスビーズは会社更生法の適用を申請。その3年後にMVPは倒産した同社を買収した。「『あなたと人生の新しい賃貸借契約を結ぶ』と彼らは言った」と、ベイヤーは言う。

再出発の新戦略は「体験学習カフェ」

新しい契約には新しい戦略が必要だった。「学生が運営するカフェ」は、その大きな部分を占めている。
体験学習とは、一般的に学問的な環境の外で行われる実践的な教育を指す。これは成功したヨーロッパの徒弟制度の基礎であり、多くの人がアメリカの高等教育にとって期待できる手法であると考えている。
体験学習の最も一般的な形態のなかには生活協同組合の活動があり、ベイヤーの計画はその野心的なバリエーションといえる。
サックスビーズのカフェは伝統的な企業とは違う。学生が社員と一緒に仕事をするのではなく、ビジネスを引き継いでトップからボトムまで運営する。
「学生には、真のリーダーシップの役割に踏み込んで、企業の所有者と同じように行動するチャンスが与えられる」と、ドレクセル大学のジョン・フライ学長は言う。
「彼らは指揮を執って、困難を乗り切り、変化する状況に対処しなければならない。なにか斬新な対応が必要なことが起きたとき、対処するのは彼らだ。ニックがやってきて、問題を解決してくれるまで待つわけにはいかない」
今の大学生は一般的に、昔の学生より経験豊富で問題解決能力に優れていると、ミラーズヴィル大学のアミンタ・ブロー副学長は言う。それはテクノロジーの進歩のおかげでもある。
「最近の学生は入学前から、そして入学後も多くのことを成し遂げている。彼らはみずから高い目標を掲げている」

ヒントはコーネル大学のホテル研修

ベイヤーの体験学習カフェというアイデアは、母校コーネル大学の定評のあるプログラムがもとになっている。
コーネル大学のホテル経営学部では毎年、200人の学生がキャンパス内のスタットラーホテルで働き、ベテランとともに業務のあらゆる面を経験する。
ベイヤーは2011年以来、ホテル経営学部の「客員起業家」として大学に籍を置いており、ホテルがビジネスの人間的側面の縮図であることを知っていた。
「ホテル運営のあらゆる部署の動きをリーダーとして知っていれば、どんな業界でもその知識を適用できる」と、ベイヤーは言う。「でも、重点はビジネスではなく、人間にある」
ベイヤーはコーネル大学のあるニューヨーク州イサカとフィラデルフィアを月に1度、車で往復する。長いドライブだが、物事をゆっくり考えるには最適の時間だ。
ベイヤーが考えたのは、コーネル大学とスタットラーホテルのパートナーシップを、自分の状況にあてはめることだった。

人材確保と学生支援を結びつける

2012年に彼が直面していた2つの課題は、互いに関連しているようにみえた。
第1に、ベイヤーとMVPは、サックスビーズをフランチャイズから企業所有のモデルに移行する必要があることに同意した。そのためには、より団結力の強い企業文化を構築し、店舗を運営する有能なマネージャーを継続的に確保する必要があった。
第2に、店舗の拡大は大学キャンパスと人口が密集している都市部、すなわちサックスビーズが最も成功している場所だけに限定することにした。ブランドへの愛着を育む時期の学生をターゲットにし、彼らが卒業後に集うであろう都市の中心部に出店するという計画だ。
コーネル大学の例からベイヤーが思いついたのは、自社の人材確保のルートと学生支援戦略を結びつけることだった。このアイデアは、さまざまなチェーンがひしめくカフェ業界への参入の道を示すものだった。
MVPはこの戦略を支援することに同意した。「確かにリスクはあり、取締役会で議論になった」とブラウンは言う。「だがサックスビーズは、学生たちのエネルギーと当事者意識でリスクを乗り越えられると信じている」
「サックスビーズは『自分ちは何者か? どんな客が、どんな従業員が最も望ましいか?』という問題意識を持っていた。体験学習モデルで、そこが1つにまとまった」
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Leigh Buchanan/Editor-at-large, Inc. magazine、翻訳:栗原紀子、写真:imnoom/iStock)
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This article was produced in conjuction with IBM.