スマホ×フィンテックで金融機関の窓口がなくなる日

2017/6/12
カブドットコム証券とauの提携――。現在は「auで株式割」といった共同サービスを始めているが、そこにはスマホとフィンテックの行方を見据えた狙いがある。提携戦略を描く当事者であるカブドットコム証券 齋藤正勝社長とKDDIライフデザイン事業本部 勝木朋彦副事業本部長に話を聞いた。

通信キャリアはマイクロファイナンス

──勝木さんは、KDDIで、長らく金融領域を担当されていますね。時代とともに、通信キャリアと金融の関係はかなり変化してきたのではないでしょうか。
勝木2000年にKDDI が誕生、私は2003年から通信以外のコンテンツや金融などを手がけるようになりました。
当初から、通信キャリアは通信料合算で決済する仕組みを開発してきました。約4000万人のユーザーに毎月1回与信のスコアリングをつけて、デジタルコンテンツや物販を決済するクレジットラインがあります。
これらはトータルするとものすごい金額。当時はそういう言葉自体がなかったマイクロファイナンスをあたり前のようにやっていたわけです。
そこからデポジットもしっかり取り込もうとすると、au WALLET プリペイドカード、銀行口座などの金融プラットフォームが必要になってくる。携帯キャリアはモバイルコンテンツの決済などを債権回収する中で、どんどん金融決済事業者という性格を持つようになってきたんです。
例えば、最近では韓国で通信キャリアのKTが出資する銀行が認可されました。そういうスマホや通信事業と金融を近づけたフィンテックを、我々は先んじてやってきたという自負があります。
──三菱東京UFJ銀行とKDDIが一緒に作った「じぶん銀行」はフィンテックの走りだったわけですね。
勝木KDDIと三菱東京UFJ銀行(BTMU)が50%-50%の構成比で出資して、2008年にスタートしました。私はKDDIから転籍してじぶん銀行の常勤取締役を務めていました。齋藤さんと知り合ったのもその頃です。

メガバンク唯一のネット銀行

齋藤カブドットコム証券は2007年に三菱UFJフィナンシャルグループ(以下、MUFG)のグループ会社となっていました。
当時、MUFGではこれからネット銀行、ネット証券をやっていこうという動きがあった。ほかのメガバンクもネットバンクを立ち上げると言っていて、注目していたんですが、結局、立ち上がったのはじぶん銀行だけでした。
金融事業は初期投資が膨大で、システムに相当費用がかかるうえ、資本金もかなり用意しなくてはいけない。償却費がかさむ一方で収入があがるのは後からで、経営安定化まで時間がかかる。
しかも、金融行政上、赤字の銀行を放置することはできないという制約があり、開業して5年で黒字化のめどをつけなくてはならないんです。はたからみていても、非常に制約の多いハードなプロジェクトでしたよね。
勝木白髪が一気に増えましたね(笑)。
齋藤MUFG内でも「無理なのでは」という反対論も少なくありませんでした。上層部は成功を確信しているのですが、その下になってくると「やめたほうがいい」という声が本当に多かった。
そういうときは「今は大変かもしれないけど、必ず“とき”が来ます。大丈夫ですよ」と言い続けてきた。「カブドットコム証券もそうでした」と具体的な事例をあげて説得力を持たせて、きっと成功すると話すようにしていましたね。
勝木齋藤さんが、「大丈夫ですよ」と我々を少し離れたところから援護射撃してくれているのは、私たちの耳にも入ってきていました。じぶん銀行のことを応援してくれているのが、とてもうれしかったのを覚えています。

開業時から「スマホ銀行」

──じぶん銀行がブレイクスルーしたタイミングはいつだったんですか?
勝木スマホの普及が大きかったですね。スマホ対応アプリの開発に集中したことで、ダウンロードがドンと伸びて結果がついてきました。ほかの銀行や異業種系ネットバンクは、まだパソコンのネットバンクやガラケーに投資をしている状況。銀行でスマホ対応したのは我々が最初でした。
齋藤じぶん銀行のスマホ重視の判断は早かった。開業時から「スマホ銀行」と言い切っていましたから。シンガポールやインド、韓国でも続々とスマホ銀行が立ち上がるんですが、どれもじぶん銀行がモデルです。
──その後、勝木さんはKDDIに戻られました。
齋藤勝木さんがKDDIに戻られて少し落ち着いた頃、手土産を持って訪ねたんです。企画書一枚持たずに、「とにかくカブドットコム証券とauで何か一緒にやりましょう」と(笑)。じぶん銀行を介した関係性ではなく、もっと直接的に何か一緒にやりたかった。
勝木何がやれるだろう?と話す中で、証券投資をしたことがない若い人たちをauからカブドットコム証券に送客するというアイデアが浮かんだわけです。
齋藤そこから、株式の取引手数料を割り引く「auで株式割」をスタートしました。それまでNTTドコモのユーザーが5割以上だったのを、「au5割計画」でやっていこうと舵をとりました。
全てのキャリアとまんべんなく付き合うのが一般的なスタンスでしょうが、うちはあえてau1社重視と割り切ることで、ユーザーにわかりやすいサービスを追求しました。

証券業界の限界をスマホで越える

──カブドットコム証券にとってauとの提携にはどんな意味があるのでしょうか。
齋藤「auで株式割」のような相互マーケティングは最初の一歩に過ぎません。
当社は証券会社ではありますが、最近はITのソリューションカンパニーという性格が強くなってきています。他社へのシステム販売は収益の2割に上り、BtoCからBtoBtoCへとシフトしています。
じぶん銀行にもFXの受発注システムを提供していました。カブドットコム証券の名前にこだわるつもりはないのです。もしauが独自に証券事業をやりたいという意向があれば、ネット証券のような競争力のあるシステム提供をすることも可能です。au側にとってもIT系、証券系の利用価値がカブドットコム証券にあると思います。
金融で言えば銀行、保険やクレジットカード各社とも数千万人の利用者がいます。auユーザーも約4000万人です。ところが証券会社は最大手でさえ、1年以内に株式の取引をしたアクティブ口座は数百万にすぎない。「貯蓄から資産形成へ」といいますが、証券会社は圧倒的に市場規模が小さい。数百万が限界です。
ITソリューションへとシフトしたのも、まさにそれが理由です。証券会社が前面に出るより、APIを公開して金融サービスを提供したほうがいいだろうと。よりスマホに近いところでもっと直接的に数千万規模のマスに向けた取引を広げていきたいですね。
勝木じぶん銀行口座経由でカブドットコム証券の証券サービスを使ってもらってもいいし、KDDIからカブドットコム証券の口座を増やして使いやすいネット銀行にいってもらってもいい。そこは柔軟に考えていきたいですね。
齋藤例えばauのほけん・ローンのようなイメージで、見た目はauブランドでフィンテック的な使い方で余ったポイントを使うような感覚で当社のサービスをキックしてもらえたらいい。
我々はあくまでもAPIを提供しているだけで、普通に生活をしている人の中にau経由でうまく飛び込むことを目指したい。時代がAPIエコノミーに向かう中、約4000万人に直接リーチできるauを前面に出すことが成功への近道だと思います。そうすれば、証券人口も千万単位が見えてくるのではないでしょうか。
私としては金融として事業を拡大するつもりはなくて、あくまでもITが主軸。表に出るより黒衣(くろこ)としてシステムを提供して、表に出る投資や資産形成はauやMUFGに任せていけばいいと思っています。もちろん、証券や株の部分は当社がきちんとやっていく。

アプリが金融機関の最初の入り口に

勝木そういう協力を実現していく上でも、スマホの価値は大きいですね。
齋藤最も重要なポイントは、今後、あらゆる面で完全にスマホがベースになっていくということです。口座開設や、それに絡んだマイナンバーによる本人確認もスマホで読み込めばOKとなるのは時間の問題。実際、技術的には可能な話です。窓口の必要性はなくなり、金融機関の最初の入り口がスマホのアプリになるわけです。
だから、スマホを押さえておかないと話にならない。銀行も証券も保険もすべてスマホが入り口になる未来を考えたとき、ほかに先行するauと組むのは必然の選択です。
勝木NFCはすでに多くの端末に搭載されているので、それを今後どうするかについては検討を進めています。スマホをリーダーにかざして支払うという使われ方はされているんですが、スマホそのものがリーダーになるということがまだあまり認知されていません。
決定的な使うシーンが今はほとんどないうえ、現状ではユーザー側にインセンティブがないというのも大きいですね。
齋藤例えばスマホをリーダーとして使うことで、口座開設がすぐできるというようなインセンティブが必要かもしれません。スマホで口座開設するということは、基盤のプラットフォーマーが通信業者になるということです。金融機関の入り口がすべてスマホになる。そうなると、アプリとOSの親和性が、より一層、重要になってくるでしょう。
──最後に、auのような携帯事業者が他社とアライアンスを組む際の戦略についてお聞かせください。
勝木通信事業者が通信以外を始めようとすると、当然、本業と違うノウハウが必要です。そのためにアライアンス・パートナーと組むのは、ごく自然な戦略だと思います。
齋藤カブドットコム証券とauが組んだ「auで株式割」は、未来への「のろし」。マイナンバーの普及に伴って、グローバルでみても先進的な事例になると予想しています。
また、保険などグループ関連企画の商品をauのブランドで販売するというビジネスモデルが着実に実績を上げています。そういう両社にメリットとなる仕組みを、これからしっかりと作っていきたいですね。
(編集:久川桃子 編集:工藤千秋 撮影:稲垣純也)
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