【予測】3年後にAIが「セールスの常識」を変える、その先

2017/6/7
AI、ロボット、IoT──日々メディアをにぎわしている最先端テクノロジーが、徐々に現実のビジネスシーンに入り込み始めている。かつての「未来」は、いつから「常識」へ変わっていくのか。技術の発展が「3年後のビジネスの現場」に起こす変化について、各領域のキーパーソンがリアルな未来図を展望する。(月1〜2回掲載、全6回)
2014年末、ソフトバンクは日本IBMとコグニティブ・システム「IBM Watson 日本語版」の独占契約をした後、社内向けのAIツールの開発に着手した。
そして2016年7月に「SoftBank Brain」(以下、Brain)と冠した社内AIツールを発表。
現在、Brainは法人営業部門社員のスマートフォンに搭載され、営業担当者の知恵袋、サポート役として活躍している。
“2017年の現実”であるBrainを起点に、3年後の「AI×セールス」の未来予想図を考えていく。
(※SoftBank World 2016で公開されたBrainのデモ動画)

「セールス」におけるAIの可能性とは

ビジネスのワークフローに「AI」を取り入れ、生産性を高める動きが始まりつつある。
なかでも「営業(セールス)」への導入で先行しているのがソフトバンク、そしてセールスフォース・ドットコムだ。
そのキーマンである立田雅人氏、浅田慎二氏に、「3年後、AIが営業の常識をどこまで変えるのか」その展望を語ってもらった──。
──ソフトバンク社内で「Brain」を運用していくなかで、どんなことが見えてきましたか。
立田:そもそも「営業部門にAIを導入する」というアイデアの出発点は、4年前に決まった当時の社内スローガン「Half & Twice」、つまり「労働時間は半分に、効果は2倍に」という社内目標を達成することでした。
要するに生産性を4倍にするという難題です。それはもう、人間の力では限界があるということで、AIという可能性を模索するところからアプローチをはじめました。
そこから何度か壁に突き当り、方向転換しながら、ようやく現在のBrainが完成して、法人営業部門約3000人のメンバーに使ってもらえるところまで来ました。
Brainは、営業部門の業務を徹底的に洗い出し、何に時間を使っているのか、何が難しいのかを突き止め、労力のかかる部分を「AIに代行させる」というコンセプトで開発をすすめました。
抱えていた課題は、「社内外の情報を調べる時間」が長すぎるということでした。社内算出によると、1日に1人平均40分も「何かを調べること」に費やしていた。経験の少ない若手社員だったらもっと多く、毎日何時間もかけていたんです。
現在、Brainが提供する機能は「提案アドバイザー」「Pepperアドバイザー」「ライトパーソン」の3つ。「提案アドバイザー」は、Brainに企業名や業種を伝えるだけで、おすすめの提案アドバイスを教えてくれる機能。また「ライトパーソン」は提案先企業の担当営業やその上司・チームメンバーの連絡先が、Brainに話しかけるだけで瞬時にわかる機能。
Brainは自然言語を巧みに理解し、ニーズを学習し、ナレッジを蓄積することで、欲しいと思った情報を、人間では不可能な精度とスピードで提供できるようになりました。
もちろん、まだ完成形ではなく、新しい機能をどんどんリリースしていきますが、社内外の情報を熟知した「優秀な営業アシスタント」になることを目指しています。
──一方、セールスフォース・ドットコムでは、AIプラットフォーム「アインシュタイン」を自社の製品に組み込む形で提供していますね。営業のワークフローの中で、AIが役立つ領域をどのように想定していますか?
浅田:極論を言えば、セールスの現場でAIを利用する目的は、「営業の成約率を高めること」につきると思っています。
成約できないお客さんに、一生懸命コールドコールして、提案書を作って、会って話して、結果断られる。これはもったいないですよね。積み重ねたら、かなり生産性は低くなる。
逆に考えると、イージーに成約できる案件を持っているお客さんをピンポイントで見つけて、丁寧にコミュニケーションすれば、一番効率よく成果を上げられるはず。
そういった情報分析を行うことに、AIは極めて強力な力を発揮します。だから、AIが活躍するのは「成約確度を高めること」だけでいいという考え方です。

日本の営業は「分業化」されていない

浅田:ちょっと話が飛びますが、日本における営業は「気合と精神論」で成り立っている会社がすごく多いんですよ。売り上げが上がるのは、やる気があるから、ガッツがあるから。
実際、営業担当者はセールスに関わるすべての役割を求められ、担当する顧客を1人でフォローすることが求められています。
しかし、自動車メーカーを筆頭とする製造業のように、本質的な生産性を高めるためには、ワークフローを「分業」することが必須です。
営業工程は最低限、次のような4つに分けることができます(下図参照)。
各工程に専任の担当者がつき、それぞれが別のKPIを持って、そこだけにフォーカスするのが分業です。
従来のように、1人の営業ですべての工程を兼ねていると、この切り分けができない。データもあったりなかったりする。
バラバラのデータは非構造化されているため、たとえ優れたAIに学習させても、意味のある結果がでてこないんです。
立田:まさに「ガーベッジイン・ガーベッジアウト」にしかならないということですね。
浅田:おっしゃるとおりです。「データ」を具体的に説明すると、たとえば顧客を大きく分けて、「潜在顧客」「見込み顧客」「既存顧客」の3つがあるとします。昨年の潜在顧客は何社でしたかと問われて、即座に「1072社です」とはじき出すのがデータです。
営業担当者1人が全工程を受け持っていると、非構造的で良質でないデータばかりが社内に蓄積されます。そのために分業をして、良質なデータをためることが必要なんですね。
AIを使う前段階の準備として、この「分業」ができていることが必須です。
立田:セールスのそれぞれのフェーズに対して、KPIは何なのか、何が本当に必要なのかを明確化させておく、ということですね。
現存する、いわゆる「弱いAI」は決して鉄腕アトムでもないし、エンタープライズ号でもない。ハッキリした課題を設定し、適切なデータを与えたときに、はじめて解決策になりえる存在なんです。

営業現場へのAI導入はどこから進むか

──今後の予測として、セールス現場へのAI導入は、どんな企業から進んでいくでしょうか。
立田:セールス現場ということでは、業種を問わずさまざまな企業でのトライアルが進んでいます。
ただ、Brainは製品ではなく、解決策のパターンでしかありません。導入を検討される企業には、まずAIを入れる前に、社内の業務課題と対象データの整理から始めてくださいとお伝えしています。
浅田:先行して導入するという点では、やはりITに関するアレルギーが少なく、社内リテラシーの高いIT系企業から進むのではないでしょうか。
また業種とは違いますが、弊社の投資先として、従業員数10~30人の小規模なベンチャー企業がかなりいらっしゃいます。
社内効率を良くしないと大企業に勝てないという理由から、AIをはじめとする先端技術を徹底的に導入しています。
むしろベンチャー企業の方が、大企業よりも生産性が劇的に上回る可能性を秘めていると感じています。
立田:われわれの方では、この1年でBrainにアプローチしてくださった企業を見ていると、目立った業種傾向はないですね。むしろ全業種に求められている気がします。

「3年後のAI時代」を生き残る営業

──2020年までの3年間に区切るなら、営業のスタイル、常識はどう変わるでしょうか。
浅田:AIの導入によって営業の生産性が上がれば、営業メンバーに時間が生まれ、担当者は人間にしかできない「より人間らしい接客」に集中できるようになります。
たとえば、本来ならば3回お会いすれば獲得できる優良プロジェクトを、時間がないばかりに1.5回ぐらいでクロージングしようとして、失礼な接客になってしまった。こういう失敗を回避できるようになるはずです。
立田:ソフトバンクの社内キーワードが、最近「Smart & Fun!」に変わりました。仕事を楽しくスマートにやろうということですが、労働時間管理の問題もありますから、極限まで効率を上げなくてはいけません。
われわれは通信会社として、今まではスマートフォンなど「モノ」の数を売って売り上げを上げていました。しかし、これからはお客様に納得して長く契約し続けていただく、本当の意味での価値を提供する必要があります。
よく「モノからコト」に変わると言いますが、実際に営業の現場もそのように変化してきています。私自身、AIを通じてこの1年、付き合ってきましたが、営業部員の業務態度、接客態度が変わってきたと感じています。
浅田:一方で世界に目を向けると、グローバル企業は日本よりも営業業務の分業化がはるかに進んでいます。
私が強く危惧しているのは、今後、日本企業が世界から「AIパッシング(※編注:通り過ぎるの意)」されてしまうのではないかということです。
日本企業の業務分業化が進まない限り、他社の技術を取り入れられない。素晴らしい技術を持ったアメリカのベンチャー企業が日本に来なくなる可能性もあります。
3年後って、もうすぐですよ。「AI導入のために、まずは分業しよう!」というところから立ち上がらないと、AI論は絵に描いた餅になってしまう。そうなったら、日本企業の競争力は大きく低下します。
立田:たしかに。「ウチの営業は特殊だから」といって、業務の見直しを受け入れられない企業も多いですが、その「特殊さ」を許容している限り、AIによって生産性を飛躍的に上げること、グローバルな競争に勝っていくことは難しくなるでしょう。
──3年後、日本の営業シーンの常識がこうあってほしいというビジョンを教えてください。
浅田:分業化を進め、良質なデータを蓄積する。各企業がその状態に進みたいかどうかですよね。おそらく、進みたければ進めます。
立田:そうですね、逆にその状態までたどり着きたいと思わなければ、絶対に行きつけません。
そのためには業務プロセスを細分化することが必要ですが、一番大変なのはプロセスを細分化して、社内を見える化する決断です。
勇気を持ってそこにダイブできるかどうか。やる気と勇気、これが一番大事です。
その結果、残業がゼロで常に20%売り上げアップで、皆、ニコニコしていたらすてきだなと心から思っています。
浅田:私も全く同じです。営業担当者がMVPを取れる状態が理想ですね。
(編集:呉 琢磨、構成:横山由希路、撮影:岡村大輔)
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