ウォルマートへの「直訴状」

マーク・ローレがウォルマートの経営幹部宛てに、40分にわたる「ビデオレター」を作成したのは昨年夏のこと。
ローレはネット通販スタートアップ、ジェット・ドットコムの創業者でCEO(最高英責任者)。そんな彼が、世界最大の小売業者であるウォルマートにどんなメッセージを送るのか。
実はウォルマートとジェット・ドットコムは、少し前から秘密の買収交渉を進めていた。ビデオはその交渉に参加していない幹部に宛てた「直訴状」だ。
ローレはカメラをまっすぐに見つめると、ウォルマートへの愛を情熱的に語り始めた。ウォルマート・ストアズとしてニューヨーク証券取引所に上場した1972年以来、年次報告書をすべて読んでいること。創業以来54年間の「ウォルマートの強烈な集中力に衝撃を受けてきた」こと──。
だがローレは、ウォルマート最大のライバルがもたらす脅威についても語るのを忘れなかった。背後の大きなスクリーンに「アマゾンが制覇しつつある」という文字が浮かび上がる。
ローレは、書籍や電子機器、玩具といったネット通販のお決まりアイテムではなく、アパレル品や生鮮食品、雑貨など最近盛り上がってきたアイテムにウォルマートは賭けるべきだと提案した。
「攻撃に出ないといけません。あえて困難な道を選ぶのです」と、ロアは訴えた。「(ウォルマートの創業者)サム・ウォルトンは言いましたよね。『チャンスは反対方向にある』と」

前代未聞の大抜擢、戦いの始まり

ビデオレターの効果は抜群だった。
8月、ウォルマートはジェット・ドットコムを33億ドルで買収すると発表。立ち上げから1年3カ月しかたっておらず、顧客維持にもがき、当分黒字化もしそうにないショッピングサイトの買収額としては、破格の値段と言っていい。
さらに驚きなのは、ローレをはじめジェットの経営チームがウォルマートの国内ネット通販部門を任されたことだ。シリコンバレー、ボストン、オマハ、そしてアーカンソー州ベントンビルで働く1万5000人以上のスタッフがローレのチームの下に入った。
こうしてローレたちは、現代のビジネス界で最も緊急性の高い救援作戦に乗りだした。すなわち、不振続きのウォルマートのインターネット事業をアマゾンに対抗できるよう再編することだ。
「アマゾンの圧勝状態で、ウォルマートはやり方がまずかった」と、マーケティング会社チャネルアドバイザーのスコット・ウィンゴ会長は言う。「マーク・ローレはその尻拭いを引き受けた」
ローレのウォルマート入りで、ネット通販業界を舞台にしたリアリティー番組並みのドロドロしい戦いが始まった。

アマゾンへの憧れと幻滅、敵対心

ローレはジェット・ドットコムの前に、クィドシ・ドットコム(Quidsi.com)というネット通販会社を経営していた。おむつやペット用品など、ユニークなショッピングサイトを傘下に入れて、それなりの人気を誇っていた。
そのクィドシをウォルマートが買収しようとしたのは2010年のこと。ところがウォルマートは動きが鈍く、結局クィドシはより高い買収額を提示したアマゾンに買収された。
ローレはアマゾンに迎え入れられたが、2年で辞めた。クィドシへの投資を増やしてほしいという願いも、仲間をアマゾンに入れてほしいという願いも拒ばれて落胆したからだと関係者2人は言う。
翌年ローレが立ち上げたジェット・ドットコムは、書籍、電子機器、衣料品などあらゆる品物を扱っており、アマゾンへの敵対心は明白だった。
アマゾンのジェフ・ベゾスCEOも、その「挑戦状」に気がついたらしい。大物ベゾスがそんなこと気にするはずない……と思うなかれ。アマゾンは今年3月、黒字転換の道筋が見えないとして、クィドシを閉鎖すると発表した。
万年赤字(か黒字すれすれ)のアマゾンから出たその「公式発表」は、ウォルマート入りしたローレの信用を傷つけるためと、業界ではみなされている。

スケール化できない工夫にも全力

ローレは、ウォルマートの本社があるアーカンソー州ベントンビルでも、ウォルマート・ドットコムの技術部門があるカリフォルニア州サンブルーノとサニーデールでも、異色の存在だ(本社には月に一度、会社から提供されたプライベートジェットで通っている)。
ローレはもともと銀行のリスクマネジャーで、ニュージャージーで生まれ育った。地元出身のロックスター、ブルース・スプリングスティーンの大ファンで、日常生活を簡素化する方法を見つけることが大好きだ。
例えば最近、ローレはテスラを手放して、ウーバーだけを使うようになった。また、週に4回は会社の近くの寿司料理店に通い、いつも同じサーモンの刺身を注文する。
それからローレは、顧客を喜ばす工夫に時間を費やすのが大好きだ(シリコンバレーの表現を借りると、スケール化しない作業だが)。
ジェット・ドットコムの新規登録者に表示される動画を1000パターン作るため、計12時間かけたこともある。おかげで最近新規登録した顧客には、ローレがファーストネームで呼びかけるウェルカムビデオが映し出される。
ローレは、こうしたきめ細やかなサービスとビジネスモデルを、全米第2位のネット通販サイト、ウォルマート・ドットコムにも広げたいと思っている。この夏には、サイトのデザインも一新される予定だ(ローレはまたウェルカムビデオをつくるつもりだ)。
さらにローレは最近、1回35ドル以上の注文は配送料を無料にする計画も発表した。また100万種類のアイテムについては、ネットで注文して全米4700カ所あるウォルマートの店舗で引き取れば、費用を割り引くシステムも発表した。

ウォルマートの命運を賭けた戦略

こうした戦略に加えて、ローレは猛烈な勢いで中堅のショッピングサイトを買収している。
靴専門店のShoebuy.com(7000万ドル)、アパレル品のmodcloth.com(4500万ドル)、アウトドア用品のMooseJaw.com(5100万ドル)などなど。その創業者たちを部下に登用し、その製品をウォルマート・ドットコムで販売している。
それでもウォルマート・ドットコムの品揃えは、まだアマゾンには到底及ばない。
ウォルマートは、ローレの手腕に文字どおり賭けている。昨年ローレが手にした報酬は2億4400万ドルと、ウォルマートのダグ・マクミロンCEO(50)の10倍にもなった。
だが、ローレの肩にはウォルマートの未来とマクミロンの未来がかかっている。それはローレが、ちゃんと利益を上げるネット通販サイトをつくる名人なのか、それとも利益の出ない通販サイトを莫大なお金でライバルに売っているだけなのかも、はっきりさせるだろう。
「そのために、マークにはかなりの自由が与えられている」と、マクミロンは言う。

迷走続きのウォルマート・ドットコム

ウォルマートはこれまでにも、ネット通販に挑戦しては失敗を繰り返してきた。2000年にはショッピングサイトを別会社として切り離し、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)アクセル・パートナーズなどから資金を調達した。
ところがその1年半後にドットコムバブルがはじけ、ウォルマートはネット事業を買い戻した(金額は未公開)。しかしそれも大した変化をもたらさず、売り上げは振るわなかった。
元幹部によると、2000年の売上高は2500万ドルで、ホリデーシーズン後には1億ドル分の在庫が残った。「アパレルに関しては一定の達成感があったが、力強い需要があったのは電子機器だった」
カジュアル衣料品大手のギャップや、動画配信サービスのネットフリックスの買収を検討したこともある。だが、儲かる超大型店を作ることに慣れきった本社の幹部は、自宅やオフィスで買い物ができる利便性を過小評価していた。
ウォルマート・ドットコムの幹部の多くは、本社のCEOではなく、最高財務責任者(CFO)や副会長の下に置かれ、暗に利益を出せとプレッシャーにさらされた。一方のアマゾンは、投資家のために収益を増やすことではなく、シェア拡大に全力を尽くした。
ウォルマートがようやくネット通販に本腰を入れ始めたかに見えたのは、2000年代末のこと。2009年の年末商戦ではアマゾンとメディア製品の価格競争を繰り広げ、2010年にはクィドシ買収を試みた。
翌年、当時のマイク・デュークCEOは3億ドルで検索エンジン「コズミックス(Kosmix)」を買収。その経営者であるアマゾンの元幹部2人は、社内技術チーム「アット・ウォルマートラボ(@WalmartLabs)」を構築したが、ウォルマートの官僚的なやり方に嫌気がして、1年で去っていった。
2012年、アマゾンの株価が年45%と急上昇するなか、デュークはオンラインニュースサイトCNetの元CEO、ニール・アッシュを雇い入れて、ウォルマートのグローバルインターネット事業を任せた。
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Brad Stone記者、Matthew Boyle記者、翻訳:藤原朝子、写真:Wolterk/iStock)
©2017 Bloomberg Businessweek
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