【竹中平蔵×安部敏樹】日本の“格差と断絶”を乗り越える方法

2017/4/17
NewsPicksの「おすすめピッカー」としてもコメントしているリディラバ代表・安部敏樹さんが『日本につけるクスリ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版しました。
安部さんは「社会の無関心を打破する」をテーマに、日本の社会課題を理解し、解決の方法を考えられるようにするため、スタディツアーなどの事業やメディアによる情報発信を行っています。
同書では、「現場の知」の立場から、「理論の知」である竹中平蔵さんと対談しています。今回、出版の内容を踏まえて、改めて竹中さんと社会の「格差や断絶」をテーマに議論しました。
前編は、日本における格差問題から、雇用の流動化やブラック企業問題、新卒一括採用などについて話題が展開しました。

学校現場で感じる地域差

——最近、メディアで「社会の断絶」や「子どもの貧困」が採り上げられることが増えてきました。竹中さんと安部さんはこの流れをどう捉えていますか。
安部 まず、僕は「子どもの貧困」という言葉が好きではありません。子どもの貧困を算出する計算式(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った「等価可処分所得」の中央値を算出し、その2分の1に満たない家庭の子どもを指す)が表すものは、「子どもの貧困」ではなく「世帯の貧困」。
「子どもの貧困」は、やや恣意的な表現です。どの世帯に生まれても貧困にならないように支えていくのは、教育の役割ですから。
安部敏樹(あべ・としき)
1987年生まれ。東京大学在学中に、社会問題の現場を学ぶ旅行「スタディツアー」などを提供する「リディラバ」を立ち上げる。24歳のときに史上最年少で東大教養学部にて授業を担当。2014年度より、同大学で教員向けにも講義を持つ。東大では複雑系を研究し、現在も博士課程に在籍中。
竹中 おっしゃるとおり。
安部 もちろん貧困家庭の子どもは実際に増えていますし、社会的に関心が高まったことで、「こども食堂」(家庭で十分な食事が与えられない子どもを対象に、無料もしくは安価で食事や居場所を提供する場所。2012年にスタートし、2016年時点で全国に300カ所以上ある)のような取り組みも、ここ数年で激増しました。
僕が代表を務めるリディラバでは、社会問題を現場で学ぶためのスタディツアーを企画しているのですが、実際の学校現場では貧困世帯の多寡による地域の差を強く実感します。
本業だからというよりは興味があるからという理由ですが、色々な地域で聞いて回っていて、「修学旅行にいくら費用をかけられるか」の地域差は如実に現れます。
竹中 ああ、そうでしょうね。
安部 たとえば、貧困世帯が多い地域では生活保護家庭などに配慮して、費用がかなり低く抑えられています。
このような学校は「飛行機や新幹線は使えないからバスで行けるところまで」という方針を持っていることがある。
一方、「予算はあまり気にせずにできるだけいい体験をさせよう」という学校ももちろんあります。
竹中 そういうところに断絶は現れるんですよね。
竹中平蔵(たけなか・へいぞう)
1951年生まれ。慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授。博士(経済学)。一橋大学卒業。ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て2001年、小泉内閣の経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣などを歴任。現在、公益社団法人日本経済研究センター研究顧問、アカデミーヒルズ理事長なども務める。

再分配がうまく機能していない

——では、日本の格差や断絶は深刻なのでしょうか?
竹中 いえ、日本の格差は国際的に見て極端に大きくも小さくもありません。ただ、小さかった格差が徐々に大きくなっていることもまた事実です。
安部 実際、格差の指針であるジニ係数(0〜1の間で、1に近いほど格差が大きいことを示す)は広がっていますよね。
2016年には所得再分配前で約0.57となり、これは過去最大の数字です。
竹中 格差の拡大よりも問題視すべきは、再分配後のジニ係数がおよそ0.37と再分配前に比べてあまり下がっていないことでしょう。
安部 世界と比較するとそうですね。これは、税による再分配がうまく機能していないということ。日本は中間層の所得税率が低いから、再分配にお金が回らないんです。
竹中 そのとおり。所得税率が10%以下の割合を見てみると、イギリスは納税者の15%、アメリカやドイツは30%程度です。それに対し、日本はなんと80%ですからね。
ごく一部の高所得者にいくら重税を課しても経済的にはたかが知れていますし、サッチャーが言ったとおり「金持ちを貧乏人にしたところで、貧乏人が金持ちになるわけではない」。金持ちが海外に出ていくだけです。
まあ、社会的には「高所得者以外の溜飲を下げる」という効果はありますが。
安部 そうですね。それが選挙対策にもなります。
竹中 いまの政策で分配を担っているのは主に資産課税で、なかでも相続税は2015年の法改正により、高所得者の最高税率が55%に引き上げられました。
しかし、この改正によって基本の控除額が5000万円から3000万円、相続人一人あたりの控除額も1000万円から600万円に引き下げられましたから、相続税を払わなければならない人も約2倍に増えている。ここは中間層にも影響する話ですね。
安部 不満を持つ人は増えるけれど、資産格差を是正する意味ではいい税制と言えるでしょう。
竹中 ただ、相続税は一度税金をかけられた財産(所得税や固定資産税)にもう一度課税するわけですから、いわば二重課税。
だから私は、相続税率を高くするより所得税をもっとしっかり取ったほうがいいと思っているんです。
安部 もっと手前でかけるべきだ、と。
竹中 ええ。しかし、政治家にとって、大多数の中間所得者こそ大事な票田。中間層の所得税増税が社会の断絶を救う鍵になるとわかっていても、なかなか実現できないでしょうね。

リカレント教育がキーワード

——政治が再分配の仕組みを抜本的に変革することは難しい。となると、社会の断絶は今後深まっていく一方なのでしょうか。
竹中 社会の断絶を感じ、絶望に陥る人は確実に増えていくでしょう。
なぜか? 人工知能などのイノベーションによって第四次産業革命が起こり、新しい技術のフロンティアが生じているからです。
いつの時代もフロンティアが生じると、猛然と努力してチャンスをつかむ人と取り残される人の間に大きな差が生まれてしまうんですね。
安部 アメリカの西部開拓みたいに。
竹中 そうそう。しかし、断絶を解消するための施策もないわけではありません。それが、「適切な再分配」と「稼げる力をつける教育トレーニング」。
ただ、再分配も一時的な政策に過ぎず、真に役立つのは後者の職業訓練やリカレント教育——いわゆる生涯教育です。
第四次産業革命という時代背景から考えても、リカレント教育はこれからのキーワードになるでしょう。
安部 循環・反復型の生涯教育ですね。今回の本でも議論に上りましたが、日本は世界的に見ても、一度社会に出た人の大学・大学院の再入学率がとても低い。
一方、アメリカの大学に在籍している生徒の40%は25歳以上ですからね。
竹中 たとえば日本では今後、サイバーセキュリティの人材は2020年までに約20万人、IT人材は37万人不足すると言われています。
だから、理工学部の卒業生で学んだことと関係ない仕事をしている人に「夜間大学で学び直した場合、その授業料の半分を政府が出す」とするのもひとつのリカレント教育になるでしょう。
安部 そこでスキルを身につけて、転職してもらうわけですね。財源はどうしますか?
竹中 建設国債から出せばいいでしょう。年俸が50万円、100万円と上がる人が増えることで税金も増え、およそ9年で回収できる計算ですから。
ベストセラーになった『「学力」の経済学』にも書かれていましたが、本来、教育の収益率はとても高い。こうした仕組みを社会にビルトインする必要があります。
安部 社会人教育には、経済的な視点以外のメリットもありますよね。
日ごろ接していて感じるのですが、ほとんどの企業人は自分の会社のことしか考えていません。まだ大学生のほうが時間とインプットがある分、社会のあり方を考えている。
格差や断絶は経済の文脈で語られることが多いですが、この問題に対しては「社会のことを考える人が増える」のもひとつの解だと思うんですよ。
学び直しは「稼ぐ力」を養うという経済的観点からも、市民としての公共性を高める観点から見ても、すごくいいですよね。

「稼げる場所に移れる」社会へ

——社会の断絶や貧困を解決するためには「稼ぐ力」、ひいてはリカレント教育が不可欠とのことですが、ほかの切り口から対策はありますか?
竹中 「稼ぐ力」を身につける大前提として、みんなが「稼げる場所に移れる」社会をつくる必要があります。
これまでは政府は補助金を出し、「首切りを待ってくれ」と雇用調整給付金を出す政策を採ってきた。
意図的に雇用の流動性を低くしている、つまり稼げる場所に移りづらい仕組みをつくってきたわけです。
しかし、生産性が低く儲からない企業でいつまでも安く働くより、儲かっている会社に移って収入を上げるほうが働く人にとっても幸せでしょう。
安部 それに、日本は人手不足ですから、雇用の流動性が高まれば労働資源の配分もうまくいくかもしれないですね。
竹中さんは、雇用の流動化は現時点でどれくらい実現していると感じていますか?
竹中 そうですね。厳密な意味の終身雇用・年功序列で働いている人は、もう全体の20%くらいじゃないでしょうか。
安部 うーん、それだと実質的には機能しているとは言えない段階ですよね。
ただ、本当に流動性が上がっていれば、ブラック企業からも逃げやすくはなるはずです。
電通で昨年起きた、不幸な事件は未然に防げたのかもしれない。
竹中 それに関しては下部構造と上部構造、両方の問題だと言えます。
安部 これは非常に大切な概念で、下部構造は社会の経済的土台のこと、上部構造は下部構造をベースに形成される、思想や信条や文化などのことですよね。
大ざっぱにいえば、下部構造は社会の「システム」、上部構造は個人の「マインド」を指します。
この2つをごちゃ混ぜにしたままでは、建設的な議論はできませんし、解決策は出てきません。
竹中 たとえば「上司が残っているから帰れない」のであれば、個人のマインドセットという上部構造を変える必要があります。
一方、パワハラを受けて残業を強いられたとき、訴えるためのシステム=下部構造があることも大事です。
安部 1991年、電通の過労自殺の労災認定の裁判を経て、日本には「過労死」の概念が浸透しました。
電通自体、そこから教訓を得て対策もしている。入館パスで通過してから長時間経っても帰宅していないと、翌朝に上司にアラートが飛ぶ仕組みもつくっている。
ところが今回の事件で、それが企業文化のなかで完全に形骸化していることが明らかになりました。システムをつくったからといって、人が動くわけじゃない。
上部構造と下部構造を組み合わせ、人がどう行動を変えるかをしっかり検証しなければなりません。
竹中 それはとても重要な指摘です。上部構造と下部構造は、好循環を起こさなければなりません。
下部構造が変わらないと「言っても仕方ない」と思うし、下部構造が整っていても世論や個人のマインドセットが変わらなければ機能しないこともある、というふうにね。
安部 それはまさに我々の本で対立軸にもなった、「なぜ若者は選挙に行かないのか問題」ですね。
選挙制度というシステムが整っているのに若者が選挙に行かないのは、上部構造と下部構造が好循環を起こしていないからです。

「マーケットの未熟さ」が原因

安部 雇用の流動化に話を戻すと、僕がひとつ懸念しているのは「新卒一括採用廃止」の流れです。
個人的にはいいことだと思う一方、新卒一括採用って若者に唯一残された既得権益なんですよね。
世代間格差が激しくなるなかでこの制度が廃止されれば、経験とスキルのない若者はさらに仕事に就きづらくなるでしょう。
竹中 残された特権という意見はよくわかります。
ただ、新卒しか採らないことは恵まれている一方、「はじめはあなたの能力を安く見積もった状態で雇いますよ」という意味でもあるわけで、メリットとデメリットの両面があるでしょう。
新卒一括採用がなくなれば、能力がある人ははじめから高い給料をもらえるようになるわけですから。
安部 うーん。大学生は、より就活塾にカネを払うようになるだろうなあ。
竹中 そうかもしれませんね。でも、現在日本の大学卒業時の就職率は約90%ですが、これは世界的に見て異常な数字です。
そもそも、働いたことのない若者を能力に関係なく毎年必ず雇うなんて、企業にとって高コスト高リスク。多くの国で卒業時の就職率はせいぜい50%程度でいいのではないでしょうか? 
あとの50%は、ボランティアをやったりトライアルの雇用期間でアピールしたりと、修行を積んで雇用されるスタイルが普通になると思います。
安部 しかし、企業が育成コストを払わないとなると、若者はどこでスキルアップすればいいのかという問題があります。
竹中 大学教育が担うべきでしょう。そこまでやっているから、アメリカの大学は学費が高いわけで。
安部 そうなると、就職に直結しない人文系の学部を潰す大学が出てくるかもしれません。
竹中 人文系だって就職先はたくさんありますよ。ただ、そこのマーケットが成熟していないだけで。
日本はいろいろな面で、マーケットが未成熟なんです。企業の競争力の弱さも雇用問題も、マーケットの未熟さに起因するものですね。

コーポレートガバナンスを変えろ

安部 では、どうすれば日本のマーケットは健全化しますか? つまり、ここを変えれば連鎖的に全体がひっくり返っていくという「ドミノの一枚目」はどこか。
竹中 企業について言えば、コーポレートガバナンスのあり方を変えることです。
不採算部門を残したり、新卒一括採用を惰性で行ったり、無能な社長が居座ってその兄弟が副社長を務めたり……といった非生産的な体質が変われば、マーケットも健全化するでしょう。
安部 たしかに。でも、どうすればコーポレートガバナンスは変わるんだろう。
竹中 いくつか解はありますが、まずは独立した社外取締役です。
社外取締役を据えるガイドラインは2年前にできましたが、当初経団連は大反対でした。業績が悪ければ社長は「辞任しろ」と言われてしまいますからね。
ただ、まだ「かたちばかり」の社外取締役も多いようですから、これから実態を伴わせないといけません。
もうひとつの答えが、ドイツのように株式の相互持ち合いをやめさせること。株式の相互持ち合いは、企業間の不可侵条約のようなものです。
安部 「こちらも黙っておくから、お前も口出ししてくれるなよ」ってことですからね。
竹中 そう。10年くらい前までは、各社の株主総会は同じ日の同じ時間に開かれていました。質疑応答も議論もない「シャンシャン総会」で、株主総会の役割をまったく果たしていなかったんです。
安部 コーポレートガバナンスを整えて取締役会や株主総会が機能すれば、適切な人材が残り、そうでない人材は放出され、雇用の流動性も高まる。ドミノが倒れていくという仮説ですね。
竹中 それに不採算な部門を整理できるし、得意な分野に特化することで一人あたりの収益性にもつながります。もちろん容易ではない道ですが、やるしかないんです。
(構成:田中裕子、写真:是枝右恭)
*続きは、明日公開予定です。