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ハラリ氏にお会いした時に真っ先に聞きたい質問がこれでした。「あなたはなぜ、ここまで広範な知識を元に、論が展開できるのか」と。ハラリ氏の答えは「疑問を大切にすれば、自然と知は広がる」というもの。なんだか記者・編集者としての仕事を励まされているような感覚でした。
昨年読んでたいへん勉強になった『世界はなぜ左と右に分かれるのか』も『善と悪の経済学』も、『サピエンス全史』と同様、
① 自然科学、哲学、経済学、生物学、社会学他、多数の学問分野をカバーしながら、
② 歴史的流れの中でのマクロなスコープによるメッセージを提示してくれている。

様々な研究が細分化して来て、専門的で技術的なアウトプットが多くなったからこそ、こうした厚い教養と広い知識に裏打ちされた、しかも長い時間軸によって抽出できるメッセージが価値を持つのであろう。

こうした広い知識と厚い教養、及び歴史的観点からのアプローチによって、著者が示しているメッセージが「現代人に求められるのは、‥‥狩猟民族のように、自分の身体や五感に敏感になること」と喝破しているのがとても興味深い。

科学やテクノロジーが進歩すればするほど、人間の“身体性”が重要になるというメッセージは、正に同感である。
私はAIは専門外なのでよくわかりませんが、ハラリ氏が取り上げているもう一つの学問横断的なテーマである、「気候変動」は、正にマクロ的な目で見た時、人類の社会や歴史を動かしてきた最大の要因だと言えます。

その意味で、単なる気象学の問題ではなく、横断的、総合的な知見が必要というハラリ氏の考えは、正鵠を得た意見だと思います。

例えば、ヨーロッパの歴史は、気候変動に支配されていた、というのはよく言われることです。
数百年温暖な気候が続いていたヨーロッパは、1250年ごろから気温が下がり始め、1347年から始まったペストの大流行とほぼ同時期にヨーロッパを覆った寒波によって、ヨーロッパはその人口の3分の1を失いました。
このことは都市への人口の集中を加速し、結果としてルネッサンスの下地を作ることになったと言われています。

更に1450年ごろから第二派の寒波がヨーロッパを襲い、生産力の落ちた大陸から、大勢の人たちが新天地を目指すことになります。
これが所謂”大航海時代”のきっかけです。

そして1645年から1715年には、三度大寒波がヨーロッパを襲います。
各国はエンクロージャー(囲い込み)などの方法によって農業の大規模化、集約化を図ることによって農業生産を維持する路を選びましたが、このことが結果して後の産業革命をひきおこすことになったのです。

このように気候の寒冷化は、歴史的に見ると、結果として社会的なイノベーションを引き起こすのだそうです。

今後気候がどのように変動するかによって、人類の社会や歴史は大きく変わることは間違いありません。
タイトルはAI云々となっていますが、私は気候変動の問題こそが、ハリル氏の最も言いたかったことではないかと思います。
政治を知らないとAIを語れないのではなく、AIによって政治が大きく影響されるために、知っておく必要がある、ということですね。その意味では、むしろ政治家や社会活動家こそ、人工知能への理解を深める必要があるように思います。
「学問の境界よりも「疑問」の方が重要です」
これは当たり前のようだが、現実を見ると、「疑問」より自分の担当領域や専門の境界を大事にしている人が多い。これは従来は仕方が無かった面がある。境界を越えるのは、南方熊楠のような人だけの特異な能力だったともいえる。
 しかし、今、テクノロジーの力によって、自分が自分に枠をはめなければ、誰でも、疑問や問いを大事にできる世の中になってきたし、今後もっとそうなっていく。
 制約しているのは、個々人のマインドである。テクノロジーがこれを開放していくだろう。これが一つのシンギュラリティともいえる。この認識は大変大事だ。
ハラリ氏が幼少期からどのように育ってきたかもぜひ知りたいですね。ハラリ氏の個人的な素養はもちろんですが、ユダヤ流の教育、歴史を重んじるオックスフォード流の教育にカギがあるような気がします。
もうすぐサピエンス全史を読み終わる(というか聴き終わる)けど、めちゃくちゃ面白かった!!!

>私にとっては、学問の境界よりも「疑問」の方が重要です。
これ、本当に本当にそうだよな。縄張りを作っちゃいかん。他人を入れまいとしていると、知らぬ間に自分が出て行けなくなっちゃう。
会社経営にも通じる議論。
情シスの人もこういう感覚を持って全方位の幅広い知見を持たないと、改革をリードできません。
教養を付け、思考の時間を定期的に設けて、自分の疑問に従って思考、それに向けた行動、というサイクルがまだまだ足りてないことを痛感します。

情報の洪水を遮断して、教養を付ける、考える時間にうまく活用することが一つの鍵でもあると思います。
疑問を持つ力がまずあるかどうか?「それは何故なんだろう?」と思える力がないと、何を知るべきか、研究すべきかもわからないもの。その力があるから獲得した知識が意味のある形でそれまでの知識と結びつく。
その力を見につけないと氏のように有機的に繋がった形で知識を使いこなすことができないのだと思います。いくらたくさん知識があってもそれが繋がっていないとビッグピクチャーは見られないですものね。
この連載について
時代を超えて受け継がれる「教養」。今その価値が見直されている。各大学はリベラルアーツプログラムを強化。歴史や哲学、宗教などをテーマした書籍もベストセラーとなっている。しかし「教養」という言葉が意味する範囲は広く、議論が錯綜している感は否めない。そこで各界の「教養人」とともに、現代を生き抜くために必要な「教養」の具体像と、それを身につけるための方法を探る。