【新貝康司】買収・統合の計画は全て自分たちで作った

2017/2/28
事業会社によるM&A実施後、企業の現場ではどのような経営が求められ、どうすれば異なる組織同士を融合させることができるのだろうか。これらの点はM&Aの最終的な成否を決める重要なポイントであるにもかかわらず、表立って語られることはほとんどない。

株式会社ユーザベースが運営する「SPEEDA」はM&A、新規事業、ベンチャー投資などをテーマとするイベント「SPEEDA Conference」にて、同分野のトップランナーであるJT(日本たばこ産業)の新貝康司氏とIndeedの出木場久征氏をゲストに迎え、セミナーを開催した。その様子を5日連続でリポートする。

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買収は自ら有事を招く行為

では、「買収は自ら有事を招く行為」とはどういうことでしょうか。
買収のプロジェクトチームが水面下で計画を進めている段階はまだいいのですが、買収を発表すると、毎日のように例外事項が発生しました。その様子は会社に不祥事が起こった時や大きな災害に見舞われた時と似ているので、私は「有事」と呼んでいます。
不祥事が起こったらトップの人間は、下から情報を吸い上げて中央集権的に次々と即断しますね。買収もそれと同じで、思いもかけぬ出来事が起こるたびに、その都度スピーディーに決断しなければいけません。
この時よかったのは、ギャラハー社の買収・統合をJTではなくJTI主導で行ったことです。私は買収に関する広範囲の権限をJTから委任され、JTIに赴いて買収に当たっていたので、いちいちJTにお伺いを立てることなく早い判断をすることができました。このような権限をJTが私に授権することができたのは、買収意思決定時に買収後経営の青写真がしっかりできていたからです。

100日で統合計画を作成

ではなぜ、買収で予想外の出来事が頻発し、また早い判断が必要となるのでしょうか。
それは、買収の発表によって従業員が不安になるからです。「自分の仕事はどうなるのだろう」と統合後の将来が不安で仕事に手がつかなくなります。M&Aで会社が飛躍するチャンスなのに、これでは組織自体が揺らぎかねません。
これまでプロジェクトメンバー20人で計画を進めていたのが、買収発表をした瞬間から、両社合わせて2万3000人が不安になる。これでは例外事案が起こらないはずがありませんね。
そのため、とにかく買収後の経営計画の早期作成に力を注ぎました。1999年のRJRI買収の際は、統合計画を8カ月間で作成し、私たちとしては十分早くやったつもりでしたが、従業員のモチベーションがどんどん下がるのを見て「もっと早く作らねばならない」と痛感したのです。
そこでギャラハー社の時は、買収発表後、クロージング(買収手続きが完了すること)から100日で統合計画を作成しました。
自らの将来が不安になるのは、一般社員も役員もまったく同じです。そこでクロージングの2カ月前に、ギャラハー社の役員と上級管理職50人を、私と当時のJTIのCEOがそれぞれ1対1で面接をしました。2人で目線を合わせて忌憚なく話しながら、誰を残すか、どのポストにつけるかを決めていきました。クロージングの1カ月前には新しい役員体制を発表し、その後その人たちに部下となる部長クラスを決めてもらいました。
同時に、社内のコミュニケーションを強化しました。買収発表後、共有されるべき情報は確実に共有されないと、やはり社員は不安です。そこで定期的に買収・統合のステアリング委員会を設け、社内広報のトップにも出席してもらい、社内にどのように伝えるべきかを決めていきました。
新貝康司(しんがい・やすし)
日本たばこ産業 代表取締役副社長。1980年、京都大学大学院工学研究科修士課程修了。 日本専売公社(現JT)へ入社。1989年に渡米し、抗HIV薬Viraceptの開発等、米国新薬・バイオベンチャーとの数々の共同研究開発提携案件を発掘、推進。 1996年、JT本社に戻り全社経営企画・財務戦略を担当後、取締役執行役員財務責任者(CFO)を経て、日本、中国以外のたばこ事業の世界本社であるJT International S.A.にて2007年 英国ギャラハー社買収・統合を指揮。2011年6月より現職。2014年6月からリクルートホールディングス社外取締役。

当事者意識を鼓舞する

従業員の不安への対処とともに大切なのが、買収プロジェクトメンバーに対する、当事者意識の鼓舞です。
RJRIやギャラハー社の買収・統合の計画は、コンサルタントに頼らず、すべて自分たちで作りました。大規模な買収ですし普段の仕事をするだけでも大変ですから、統合計画を立てるのは本当に大変な負荷です。専門家に頼りたくなるのは当然です。
しかし、統合後の会社は自分たちの未来ですし、コンサルタントに頼むと、うまくいかなかったときに「実はこれ、無理だと思っていたんだよ」と外に責任転嫁しかねません。あくまでも、この統合計画は自分たちのものだとオーナーシップをもつことが大切なのです。
ですから買収プロジェクトメンバーには、統合事務局の中核にもなってもらいました。なぜなら買収後経営の青写真を作ったのは買収発表前から動いてきたプロジェクトメンバーですし、もっとも相手の会社のことをわかっているのがこの人たちだったからです。
やはり企画する人と実行する人が同じでないと、いい経営計画は作れません。「自分の仕事はここまで」と思うと、どこか他人事の気持ちで作ってしまいますから。私は買収プロジェクトメンバーに対して、買収交渉が始まる前から常に、「統合が終わって初めて、あなたたちの仕事が終わるのです」と言っていました。
また、2つの会社が1つになるのですから、責任権限や意思決定についてのルールも明確化しなくてはいけません。さらに、買収される側から出してもらう経営情報を明確にしなければなりませんが、それらを提示するベストタイミングは買収が完了した日です。そこから時間が経てば経つほど「そんなのは聞いていなかった」というあつれきが起こりやすくなります。
さらに言うまでもありませんが、グローバルなM&Aを成功させるには、本業や国内事業基盤がしっかりしていることが不可欠です。M&Aは魔法の杖ではなく、むしろ会社に余分な負荷をかける行為です。特に海外でのM&Aは、よりリスクが高いため、支える本業や国内事業がしっかりしている必要があるのです。
買収・統合の計画を進めているときにも、日々の仕事やお客様から目を離さないこと。買収にばかり気持ちがいっていると、ハッと気づいたら本業が大変なことになっていた、では本末転倒です。
私は「有事は集中」といつも言っています。「短期間で」という意味もありますし、心技体のすべてを注ぎ込む「集中」でもあります。大規模なM&Aではトップマネジメントが心技体をフルコミットしないと、絶対にうまくいきません。それぐらい、買収・統合はまさに有事なのです。

役員を鍛える方法

それでは、ギャラハー社と統合した後のわれわれJTIの経営についても少しお話しします。
先ほども言ったように、JTIはスイスのジュネーブに本部を置き、日本人に過度に依存しない多様なメンバーで構成されています。そのような組織では、日本式の経営手法と欧米式の経営手法の長所をブレンドすべく努力しています。
例えば、日本発のグローバル企業は、良いオペレーションをベストプラクティスとして海外にも伝播(でんぱ)させることで業績を上げる。一方で欧米発のグローバル企業は、企業のミッション、ビジョン、戦略、KPI等の戦略フレームワークを順守する限り、オペレーションは現地のトップに相当程度委ねています。これが大きく異なるところです。
どちらがいいという話ではなく、いかにして双方の良いところを組み合わせるか。どこを取り入れ、どこを捨てるか。これはいつもトライ&エラーです。
その中で重視しているのは、最善と思われる方法をメンバーが自発的に共有することです。とくに欧米人の社員は、自分がやったことのない方法を簡単には採用しません。押しつけられたことをやって失敗したら、自分の雇用や評価に響くからです。
したがって成功体験や方法を、押しつけではなく自らが選択したように誘導し、「これをやったら成果が上がるな」と自分で確信してもらうことが必要です。これに心を砕いてやってきました。
また、私たちの大きな特徴として「適切なガバナンスを前提とした任せる経営」があります。JTとJTI間の責任権限を、規程によって明確にしています。
もちろんJTはJTIの親会社ですが、JTIへの関与はこの規程の範囲内に限られているので、それ以外の箸の上げ下ろしに口を出すことはありません。これは結果的に、JTIの主体性にもつながっています。
これを具現化するために、電子意思決定システムを活用し、意思決定の徹底的な「見える化」を図っています。
すべての意思決定はこの電子意思決定システム上で行われ、疑問や意見があったら、システム上にコメントを書き込みます。誰がどんな起案をして誰がどこに疑問を持ったのか、きわめて透明です。
日本でもこれを導入し、経営会議は一部の例外を除き開催していません。役員はこのシステムでどこにいてもどんどん意思決定をします。つまり一般的な日本企業のように、意思決定にあたり部下が説明に来てくれることはなく、自分から情報を取りにいかなければいけないのです。
大変なようですが、これは役員を鍛えるためのベストな方法だと思います。自分で情報を取りにいくためには勉強しなければいけませんから、自らの能力を高め、自発的に経営状況を把握するのです。
また、経営情報の徹底的な「見える化」も重要です。JTの経営陣とJTIの経営陣がアクセスできる経営情報は、実はまったくイーブンなのです。これによって、年に2度の経営計画の議論が実のあるものになります。しかし、責任権限を越えて、JTがJTIに口は出さない。

会社は先達からの預かりもの

JTの買収・統合やその後の経営についてお話ししましたが、グローバル企業のM&Aでは経営者に「自分の将来を自分で切り拓くんだ」という気概がないとやっていけません。経営者は、自分の気力・体力・時間のすべてを注ぎ込む。組織も人間の体と同じで、ストレッチして負荷をかけないとダメになりますからね。
また、「対話の徹底」が大切です。対話と会話は違います。対話とは、国籍や文化や宗教など、背景が異なる人の間でコミュニケーションをとることです。背景が違う人たちに自分が思うことを正確に伝えて何かを成し遂げるのは相当な労力ですし、相手を理解する知識、視野の広さ、人間性も必要です。それこそが「教養」ではないでしょうか。
最後に、日本の経営者は、会社は先達からの預かりものだと思っています。この考え方は日本人の素晴らしいところです。その預かりものを、何か将来につながる価値をつけて次の世代へバトンタッチする。JTはグローバル企業ですが、その考え方をもって私はこれからも精進しますし、皆さんも頭にとどめていただければと思います。
(構成:合楽仁美)
※続きは明日掲載します。