【成毛眞】みんなが知らない「大人のもてなし術」

2017/3/6
取引先や社内外のキーパーソンを招いての「もてなし」。言い換えれば「接待」。そもそも接待の意義とは何か? 元日本マイクロソフト社長として国内外の大手企業幹部に数多く接してきた成毛眞氏に、もてなすことの目的と、その秘訣を聞いた。
──ビジネスにおける「接待」の役割、目的とはなんでしょうか?
成毛:「何かを売り込みたい」「融資を引き出す」「貸し借りの関係をつくっておく」。さまざまな目的がありますが、私の場合は、基本的に「トラブルに備えた関係づくり」のための接待が多かったですね。
私が社長だった当時のマイクロソフトでは、営業の観点では接待の必要がありませんでした。そのため、私の接待はパートナーとの「関係強化」と「情報交換」が目的でした。
自社の製品になにか不具合が見つかったとき、事態の収拾に協力してもらう必要がある人たちと、円滑に話し合える関係性をつくっておく。小さなトラブルが見つかったとき、「大したことじゃないけど」と、気軽に教えてくれるような関係性は、やはり接待のような場でこそつくりやすいのです。
──当時の日本のIT業界では、「成毛さんの接待がすごい!」と評判だったようです。大手電機メーカーの重役たちを夜の街に引き連れている姿が、写真週刊誌にスクープされたこともあったとか。
そういうこともありました。なので、毎晩のように高級料亭や銀座のクラブで豪遊していたように思われているフシがあるんですが、そういう店にはまったく行きませんでした。頻度も少ないもので、最も重要な相手でも、せいぜい年に2回ほど。
それでも私の接待が評判だったのは、高級さや回数ではなく、もてなされた側に「楽しかった記憶」が残るよう、徹底的に意識してプランを練っていたからでしょう。
──具体的には、どんな接待プランだったのでしょうか?
もちろん、相手に応じてコースを考えていましたが、相手が大手メーカーの幹部なら、彼らにとっての“日常の接待”は、やはり料亭や高級クラブなんです。そこで、あえてガード下の焼き鳥屋へ連れて行くことで、ギャップを印象づける。それが基本ですね。
もちろん店選びは重要で、高級である必要はありませんが、“蘊蓄(うんちく)のある店”にします。例えば、「このガード下にはたくさん焼き鳥屋があるけど、ここは特別な歴史のある名店なんです」「あの〇〇さんの推薦の店なんです」といったことでも構いません。
同じ理由で、ワインを持ち込むことがよくありました。店の高価なワインを開けるよりも、さほど高価でなくても「今夜はこのワインを持ってきました。これにはいわくがあって……」と、ちょっとしたエピソードを語りながら注いだほうが、特別感が残るんですね。
そうやって1次会を終えたら、2軒目の鉄板はオカマバーです。きれいな人がそろっている大きな店ではなく、ダミ声でスキンヘッドのママが2人でやっているような、小さな店でね。そういう店は客あしらいがうまいから、本当にうまく楽しませてくれる。
そして最後の最後はチェーンの牛丼屋にいって、数百円の牛丼を食べてシメるというのが定番でした。
大切なのは、接待相手に「非日常」の体験を提供するということ。そして、彼らが翌日、同僚に向かって「語れるポイント」を用意するということです。
体験は、誰かに話すことで長く記憶されます。誰かに話したくなるほど楽しんでもらえれば、私のうわさが広まると同時に、もてなしの記憶が深く刻まれる。私がメジャメントとしているのは、「この前は本当に楽しかった」と、後日言ってもらうことです。
コツとしては、最初の店で飲み始めたら、その夜のプランを全部話すこと。2軒目のオカマバーでどんなに楽しいことが起こるのかを、面白おかしく話して期待を高めておく。酔ってからの記憶はあいまいですから、事前に膨らませたイメージが残るんですよ(笑)。
──外資系企業のトップとしては、海外からの重要人物をもてなす機会も多かったと思います。
そうですね、米国本社から来日してくる経営陣、技術系のエグゼクティブたちをもてなすことは、私にとって重要なミッションでした。彼らとの関係次第で、製品の日本語化対応など、日本市場の優先度が左右される部分がありましたから。
ただ、もてなすコースは日本人と同じです。彼らにとっての非日常を提供することが鉄則ですから、日本らしい庶民的な店に行き、その後オカマバーは鉄板でしたね。このとき「この前も日本人とここで飲んだんだ」という一言を添えると、彼らはとても喜ぶ。特に知識層ほど、観光スポットではない、庶民のリアルな生活にとても興味をもっていますから。
最近の外国人観光客もそうですが、日本を訪れる彼らはローカルな情報を知りたがっている。地元の人間と同じ“普通”を楽しみたいんです。それだけで十分、非日常を提供できます。
──逆に、庶民的な店に通い慣れている人をもてなす場合は?
もし相手が若い方なら、彼らの非日常である高級料亭に連れていけばいいんです。その場合、きっと相手は慣れない場所で緊張していますから、「今日は私がここへ来たかったから、この店を選んだんだ」と、心理的なハードルを下げてあげるといいですね。
──個人的には、「体育会系ノリの強要」など、日本の接待には人を選ぶ一面もあると思うのですが。
若手に宴会芸をやらせるとかね(笑)。確かにそういう文化の会社もあります。あれはあれで、高いレベルになると面白いんですけどね。やる側の本気度が違うし、芸を磨いているからね。
ただ、いずれにしても接待は“する側”が楽しんでいないと、本当によい接待にはならないんです。
例えば、私は銀座のクラブへは絶対に行かないと決めていました。印象に残らないという理由もありますが、そもそも私が楽しくない、好きではない場所だから。嫌いなことをしていると、自分ではうまく取り繕っているつもりでも、相手には伝わってしまいます。
接待される側は、どうしても接待の目的が何なのか、どんなもくろみで招待されたのかが気になります。ところが、接待している本人が楽しんでいる様子を目にすると、「この人は金のために自分を誘ったわけではなさそうだ」と感じるようになり、安心して楽しい時間を過ごしてもらえるわけです。
そういう意味で、「自分が楽しめる接待」のプランを立てることは、もてなす側の大切なポイントでしょう。
──ほかにも、成毛さん流のもてなしのコツがあれば教えてください。
店選びでいうと、「口コミサイトで星が多かったから」はNGですね。「同僚のAさんが絶賛していたから」でもなんでもいいから、必ず個人的なエピソードのついた理由のある店にすること。
「予約が取れない店」も避ける。接待で使う店は、「こんな店がありますよ」という紹介でもあります。相手に気に入ってもらえた場合に“かえし(再訪)”ができる店を選ぶべきです。私は接待で気持ちのよかった店には、1週間以内に再訪するようにしています。
店の人は客の顔を覚えています。そこが連れて行ってくれた方の行きつけなら、再訪したことが必ず伝わりますから、「もてなしに満足した」ことを何よりも強力に伝えることができます。
──成毛さんが接待で一番気をつかうのはどんなときでしょうか?
お別れの瞬間ですね。どんなに良い接待をしても、お別れがダメだとすべてがマイナスの印象になってしまいます。
あるとき、部下が同席しての接待がありました。大きな庭園のある店で、玄関から車までは少し距離がある。私たちは玄関の前で見送っていたのですが、先方が乗り込んだ車が走り出した瞬間、その部下は緊張が切れたのか、両手をあげて伸びをしたんですよ。
もし先方が振り返ってその姿を見たら、「今日の楽しい時間は、真心ではなかったんだな」と思われてしまう。努力が水の泡です。この部下は高い役職にありましたが、このときは本当に怒りましたね。
見送る際に、「あなたと過ごせて楽しかった」と心から伝えること。これがもっとも気をつかうべき瞬間です。ただ、車が見えなくなるまで深々と頭を下げる必要はありません。それでは「接待だった」という後味が残ってしまう。
私の場合は、最後は笑顔で手を振って見送ります。タクシーが遠くなるまで、フレンドリーに手を振る。私が見送られる立場だったら、それが一番うれしいからです。プライベートな飲み会でも、その夜が楽しかったら、自然にそうしたくなるでしょう。
──帰り際に菓子折りなどを渡すケースもありますね。
私はお土産は渡しません。タクシーを呼んで、チケットを運転手に渡すだけです。それが一番スマートなお別れだと思います。
ただ、例外はありましたね。パートナー企業の方をもてなすとき、いつもマイクロソフトのために頑張ってくれて、部下に慕われている方にだけ、抱えきれないほど大きなバラの花束を贈っていました。
接待の最後に花屋の前で待ってもらい、できたての花束をサプライズで渡すんです。「たまには奥さんを大事にしなよ」と花束をもらって見送られている姿を、部下たちが見ている。そしてタクシーに押し込んで、一足先に帰らせるんですね。
彼らは上司を尊敬しなおすとともに、「自分もいつかああなりたい」と思って仕事に取り組むから、先方の人間関係もよくなるでしょう。文字通り「花を持たせる」わけです。
プライベートな人間関係と同じく、相手と長期的に良い関係性をつくるために心を配る。何をしたらその人に喜んでもらえるかを考える。その想像力こそが、もてなしの極意だと思いますよ。
(編集:呉 琢磨、構成:加藤学宏、写真:露木聡子、撮影協力:京都 瓢喜 銀座本店)