アクセンチュアが指し示すIoTの「現在地と近未来」

2017/3/8
IoTはいまどの程度の進化を遂げ、今後どのような世界が待っているのか。多くのコンサルティングファームがIoTについて持論を展開する中、アクセンチュアはどう見ているのか。アクセンチュアの在籍歴約17年、モバイルサービス部門を統括する丹羽雅彦マネジング・ディレクターに聞いた。
——IoT(Internet of Things)は「モノのインターネット」と訳され、「モノ同士が人を介さずにデータを送受信し合う」と、複数の調査会社やシンクタンクが定義しています。アクセンチュアはどうみていますか。
私たちは、「もう一つの地球をつくること」だと思っています。
IoTは、異なる種類のデータを大量に生成できます。これまでパソコンやスマホといった特定のデバイスで主に人間がデータを生成しましたが、センサーやカメラといったインプット機器、データ生成機器の小型化や低価格化が進んだことで、人の活動、企業活動を含むあらゆるものがデジタル化できるようになりました。
デジタル化されたモノがビジネスや社会、暮らしに浸透すればするほど、私たちの行動や事象がすべてデータ化できる、つまり現実とほぼ同じ世界がバーチャルの世界でも生まれると思っています。
それだけではありません。「もう一つの地球」は現在だけでなく、過去も瞬時に知ることができます。すべてソフトウェアで処理できるので何度も試してみることで、過去と今のデータをもとに未来を予測することだって可能になります。そう思うと、IoTによって生まれる「電脳的地球」は現実よりもはるかに情報を持っていることになるでしょう。
デジタルの面白いところは、ある一定量のデータが集まった時に、一気に価値が高まるということです。爆発すると言ってもいい。
従来は最初にプロセスを整える、つまり質を高めてから量を集めていましたが、デジタルでは量的パワーが質を高める。今はまだ実感がないかもしれませんが、ある時期を迎えると一気にデータ化されていることのメリットが出てくる。“臨界点”を超える直前のような状況なのです。
——IoTが注目を集めて時間が経ち、IoTが進展しているとは思えないという声を耳にするようになりました。
IoTは想像以上に進んでいると私は感じています。しかしそれが電脳的地球でひそかに起こっているので気づかずにいるのです。IoTの価値を認めた企業は、自社のビジネスにおける事象を着々とデータ化し始め可能性を探っています。
IoTの用途として、今はオペレーションの効率化や商品・サービスの改善に目を向けている企業が多いですが、今後は新たなビジネスの創出、新商品・サービスの開発に利用される機会が増えるはずです。
とくに単純なモノ売りからサービス業への転換は、IoTによって進むでしょう。
好例としてドイツの農機具メーカーCLAASが提供するサービスがあります。CLAASは農機具にセンサーをつけて販売していますが、農家が求めているのは農機具ではなくより良い収穫であると考え、同業他社や肥料、保険など関連企業も巻き込み「365Farmnet」というサービスを立ち上げました。
センサーを使った農機具のチューニングや、肥料のアドバイス、災害時のリスク管理など、農家の業務を一貫して支援することで農家が求める成果を上げています。こうしたモノ売りからサービスへの転換を進める企業は今後、どんどん増えていくでしょう。
——「もう一つの地球」のような、現実をすべてデータが再現するような世界が生まれたとして、それによってどのような経済的変化が生まれますか。
私は「自律型エコノミー」が生まれると思っています。自律型エコノミーとは「ある需要が生まれ供給者が提供する」という構造の連鎖を限りなく、自動化する仕組みです。
今も、ITやロボットを通じてサプライチェーンの中で人とデジタルが共存していますが、この一連の流れ、とくに中間の工程がもっと自動化されるはずです。人が介在することによって、ミスやそれを防ぐための無駄な余剰が生まれ、需要から供給の中間に一定の無駄が生じているのがIoTによってなくなっていく。需要をもとに必要量は自動で算出されるので人による計画、発注という行為もなくなります。
そうなるとスピードも速くなるので需要を起点に世の中が動く世界が実現します。「もう一つの地球」がそれをサポートします。
人はお客様の課題、ニーズをつかむことや、その成果を生かすことに集中し、人間の介在が不要な中間の工程はシステムが自律的に動いていく。製造業を例にあげると生産、流通在庫、販売など各工程での資源の無駄遣いを削減できるので、サステナブルな未来に向かっていけると考えています。
——IoTによってデータを集めても、有効活用するすべを知らなければ宝の持ち腐れ、むしろ“ゴミ”を増やしてしまうとも言えませんか。
確かにそうした側面はあるでしょう。しかし、IoTによって生まれた大量のデータを有効活用する方法は、「組み合わせ」です。それだけでは価値がないデータも、別のデータと融合させることで化学反応を起こす。
東南アジアでのスーパーの事例をお話しします。ある食品メーカーは自社製品をスーパーに陳列するために自前の冷蔵庫を店舗に配置していました。このメーカーはこの冷蔵庫の扉にセンサーをつけて、1日に開閉された回数のデータを取得し始めました。
この話を聞いた当初、私は正直なところその意図がわかりませんでしたが、食品メーカーは、この取り組みで売り上げを大きく伸ばすことに成功したのです。
冷蔵庫は本来、自社製品を並べるためなのに、スーパーがほかのメーカーの商品や野菜などの食材を入れたりして、自社商品が埋もれていました。日本のスーパーでも、お客さんが間違って置いているのかもしれませんが、そんな光景がたまに見受けられますよね。それがこの国では深刻な問題らしいのです。
開閉データと売り上げ実績を照らし合わせ、ドアの開閉回数が多いのに売り上げが低い店舗は、他社製品が不正に並べられているという結論を導き出しました。
店舗の数が少なければ、人を使ってチェックすることもできますが、数千店舗、数万店舗におよべば不可能。センサーによって冷蔵庫の扉をデジタル化し、データを自動生成し、売り上げ実績を組み合わせたことでほぼ全自動で不正がはびこる店舗を見つけることができた。
開閉データというそれ自体ではたいした価値を持たないデータがネットワークで店舗外に持ち出され、クラウド上で売り上げ実績というこれもありふれたデータと出合うことで、価値の高いデータに生まれ変わった。IoTによってデータを生み出し、ほかのデータと組み合わせたことで価値ある情報を得た好例だと思います。
——有効なデータの組み合わせを見つける秘訣は何ですか。
「まずは強靭なデータサプライチェーンをつくりましょう」とコンサルティングファームは言いたがります。そうした提案は依然として有効です。
しかし、量的パワーが質を高めるというデジタルの本質をふまえると、まずはデータを取得してみること、そしてそのデータは何と組み合わせれば価値を生むか、ひたすら試すことも有効なアプローチです。
正直に言って、異なる種類の大量データをどう組み合わせれば、どんな思いもよらない価値が生まれるかはわからない。クイックスタートでデータを取得し、それを分析する。その繰り返しを素早く何度も繰り返す能力を身につけることが重要だと思います。
ソフトウェアの世界で言う「DevOps(開発と運用が連携して改善を繰り返して質を高める開発手法)」のようなやり方が、IoTやデータ活用には最も重要なのです。
それを前提として、お客様にとっての価値から考え始めることが大切だと思います。
IoTの相談をお客様から受けると、議論の90%はビジネスモデルの話になります。「そのIoTシステムやデータでどう儲けるのか?」「誰と組めば良いのか」と……。
ビジネスですから、最終的に利益を出すことに帰結しなければなりませんが、ビジネスモデルから議論を開始すべきではありません。お客様が何に困っているのか、何が価値なのか、という問いが最初にあり、そこからデータをどう活用しましょうか、どうマネタイズしましょうかという話をするべきです。
IoTではデータを取得することで成果を数値評価できます。その数値化された価値を起点として実現手段としてのビジネスモデルを構築すべきです。IoTは放っておいたら何かを生み出してくれるわけではなく、ビジネスの基本である価値を生み出すための1つのツールにすぎません。
——IoTという概念は数十年前からありましたが、今このタイミングになって、IoTが注目を集めた理由は何なのでしょうか。
技術的な進化が大きいと思います。主に3つで、「デバイスの進化」と「ネットワークの多様化」そして「クラウドの普及」に尽きると思います。
スマホに代表されるデバイスの進化によって現場の状況を映すデータを確保でき、多様なネットワーク手段で現場の外に持ち出すことができる。そのデータが他の現場からやってきたデータとクラウドで出合うのです。
先ほどの冷蔵庫の例では店舗のデータとビジネスのデータが出合って付加価値を生みました。さらに場が他者にもオープン化されると、他の企業やユーザーも含む出合いが進みます。自分たちでは気がつかなかったデータの有用性が他者によって再発見され、さらに付加価値が増していきます。
私は長い間、製造業を中心にサプライチェーンの現場をみてきましたし、ここ数年はモバイルを担当してきましたが、十数年前に夢見ていたことがようやく現実になったのです。「ヒト・モノ・カネ」という3大経営資源が電脳世界でデータ化されることで新たな価値を生む世界になってきたと感じています。
(取材・文:木村剛士、写真:風間仁一郎)