神話のユニコーンは実在したのか

神話の中でユニコーンが特別なのは、この伝説上の生き物がいかなる文化の神話体系にも属していないという点だ。ケンタウロスやヒュドラ、メドゥーサを生み出した古代ギリシャ人も、ユニコーンが出てくる物語を残していない。ただ、そういう生き物がどこかに存在すると信じていただけだ。
むろん、誰もユニコーンを見たことはなかったが、人々はその目撃談を信じた。遠い土地へ旅した者たちから、ユニコーンの噂とその角にあるという不思議な力の話を聞いていたのだ。
しかし、いくら必死になって探しても、ユニコーンが見つかることはなかった。それでも、人々は探索をあきらめなかった。
現代の企業幹部たちも、しばしば似たような原理で行動している。彼らは「スティーブ・ジョブズの秘密」や「イーロン・マスクの習慣」といったものをブログやビジネス系メディアで読み、またカンファレンスで秘密っぽくささやかれるのを耳にする。
しかし実際のところ、そうした話の大半は根拠のない神話にすぎない。なかでもとくに信じてはいけない4つの言説を紹介しよう。

1. ひとりの天才の瞬間的なひらめきが偉業を成し遂げる

イノベーションをめぐる神話の中で、おそらく最も根強いのは「ひとりの天才が突如として素晴らしいひらめきに打たれ、世界を変える」というものだろう。
こうしたストーリーには強い魅力がある。もし自分が「選ばれた者」のひとりなら、あるとき優れたアイデアがいきなり降りてきて、偉業が成し遂げられることになるからだ。しかしこうした「ひらめきの瞬間」は、ほとんどがユニコーンと同様の神話だ。
イギリスの細菌学者アレクサンダー・フレミングの有名な逸話を思い出してみよう。
1928年、夏の休暇から戻ったフレミングは、細菌を培養していた培地が奇妙なカビに汚染され、細菌の繁殖が抑えられていることに気づいた。しかし、フレミングはそれを廃棄せず、見つけたカビを研究してみようと思った。そしてペニシリンを発見した。
この話はすべて事実だが、いくつかの肝心な点が抜けている。そもそもフレミングの発見は、そのままでは医療に応用できなかった。ペニシリンを作るカビは、ペトリ皿上の細菌の繁殖を阻止するものにすぎず、このときはまだ、保存したり大量生産して治療に用いることはできなかったのだ。
そのためフレミングが研究成果を発表した当時、大きな注目を集めることはなかった。
しかし10年後、より多様なスキルをもつ別の研究チームが、フレミングの論文に出合って研究に着手した。彼らはペニシリンを保存可能な粉末状にすることに成功し、また、より大量に生産できる発酵工程を開発した。チームはその後も、自分たちにないスキルや知識をもつ別の研究室と協力して、さらなる改良を進めた。
そして1945年、「ひらめきの瞬間」からじつに20年近くを経て、ペニシリンはついに市販化された。しかしそこに至るまでには、何百人もの人々が何らかの形で関与している。

2. イノベーションは最先端かつ最新であるべし

もうひとつの根強い神話に「優れたイノベーションは真新しいものでなくてはならない」というものがある。
しかし実際には、最初に発見されてから市場に影響を及ぼすまでに、平均30年前後の時間がかかる。つまり、これから巨大な機会を生み出す「次のトレンド」、あるいは自社ビジネスを破壊してしまうような「次のトレンド」は、29年前から存在しているかもしれないわけだ。
イノベーションとは、たったひとつの出来事を指すのではない。発見し、手を加え、変化させるプロセス全体を指す。
たとえば、トーマス・エジソンは1882年に世界初の商用発電所を開設したが、米国の経済学者ロバート・J・ゴードンが著書『The Rise and Fall of American Growth』(米国発展の盛衰)で述べているように、電力が経済に影響を及ぼすようになるのは1920年代に入ってからのことだ。
なぜそれほど年月を要したのだろうか。第一の理由は、蒸気を動力源にすることを前提に作られた工場では電力の出番がなかったからだ。そこで、まずは新たな工場を建設する必要があった。
その次に、1台の大きなモーターで工場全体を動かすより、個々の機械を小さなモーターで動かしたほうが効率的だということに人々が気づくのに時間を要した。最後に、これが最も大きな後押しとなったが、作業の流れを最適化するように作業空間を設計すればよいということに工場経営者たちが気づいたのだ。
巨大な蒸気タービンが工場を貫くように設置されているのが「普通」ではない現代の感覚からすると、馬鹿馬鹿しく思える道のりだ。しかし実際には、このひとつひとつの段階において、問題が解決され、新たな可能性が考案されなくてはならず、また何をするにも資金を得る必要があった。
現在では、調査会社ガートナーが提供する「ハイプ・サイクル」(テクノロジーのライフサイクル分析)に目を通せば、この先10年間に自社ビジネスに影響を及ぼすテクノロジーを10以上も見つけることができるだろう。
しかし、そうしたテクノロジーが実際にビジネスに影響を及ぼすようになったときには、ほとんどの人はそれらがいきなり現れたように思うのだ。

3. イノベーションには機敏さと適応力が肝心だ

2007年に「iPhone」が登場したとき、マイクロソフトCEO(当時)のスティーブ・バルマーはその成功を予見できず、「iPhoneが大きな市場シェアを獲得する可能性はない。ゼロだ」と評した。
それ以外にも、携帯音楽プレーヤーの「Zune」などマイクロソフトがアップルのイノベーションに適応しようとした試みは失敗に終わった。当時のマイクロソフトは、まるで絶滅寸前の恐竜のようだった。
しかし、実際に起こったことはその逆だ。過去10年にわたり、マイクロソフトは年10%以上という目覚ましいペースで売り上げを伸ばし、30%近い利益率を維持している。じつに素晴らしい業績だ。あれほど大きなチャンスを逃した企業が生き残り、あまつさえ業績を伸ばしているとは信じがたい。
しかし、マイクロソフトのクラウド事業に目を向ければ、その理由が理解できる。同社は先ごろ、クラウド事業が年100%を超える成長を遂げていることを明らかにした。しかし、これは新たな試みというわけではない。マイクロソフトが10年以上前から築いてきたサーバーおよびツール事業の直接的な成果だ。
本当は、現状に適応しようとするよりも、未来の準備を整えるほうが重要なのだ。
マイクロソフトは機敏な動きをする企業ではない。代わりに同社は、1991年に設立した研究部門に多額の投資を行ってきた。数十年先を見すえて自社の能力を高めているなら、今に合わせて素早く動く必要はないのだ。

4. イノベーションにはたったひとつの「正しいやり方」がある

『Mapping Innovation』(イノベーションをマッピングする)を執筆するために、筆者は世界的な大企業から刺激的な若いスタートアップ、さらには一流の科学者に至るまであらゆる種類と規模のイノベーターを調査した。
彼らはみな大きな成功を遂げていたが、それ以外に共通点はほとんどなかった。それどころか、彼らはアプローチも実践の仕方も企業文化もまるでバラバラだった。
素早く動き、試行錯誤を繰り返して解決に向かうアプローチもあれば、慎重に動き、ひとつの問題に何年も費やすアプローチもあった。また、研究開発予算が潤沢だったケースもあれば、ほとんど予算のないケースもあった。
しかしそのどれもが、画期的な製品、恐ろしい病気の治療法、エキサイティングな新技術といったかたちで世界に大きな影響を与えた。
つまり、イノベーションにたったひとつの正しいやり方など存在しないのだ。自身の戦略、能力、カルチャーに基づいて、自分なりのイノベーション計画を立てなくてはならない。つまるところ、イノベーションとは問題解決だ。だからこそ、解決すべき問題の種類と同じだけ多くのやり方があるのだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Greg Satell/Author, Mapping Innovation、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:archideaphoto/iStock)
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This article was produced in conjuction with IBM.