新卒・未経験で「即、海外行き」

2017/1/31
日本のものづくり企業は、大手だけでなく中小規模でも品質の高さを認められ、グローバルでトップシェアを獲得する企業が存在する。精密スイッチのメーカー、メトロールもその一つ。スマホの組み立てなどに使う「精密位置決めスイッチ」では世界トップシェアを握る。従業員120人ほどの中小企業がなぜ世界を獲れたのか。「日本の町工場」の素顔を、トップと20代の海外担当者から探った。
東京・立川市、「多摩モノレール」の高松駅近くに工場を併設したメトロールの本社はある。従業員数は121人。隣接する工場では、地元の主婦を中心にした女性パートが精密スイッチを製造する姿がある。「The ニッポンの町工場」。典型的な中小企業のものづくりの風景がそこには広がっていた。
「多摩モノレール」の高松駅付近に構えるメトロール本社5階(写真提供:メトロール)
日本には世界に認められた中小企業がいくつもある。たとえば、MacBookなどの電源アダプタのコネクタには、従業員200人程度の島野製作所(東京・荒川区)の「ポゴピン」という製品が使われ、iPhoneのホワイトモデルのインクは、帝国インキ製造(東京・荒川区)という中小企業の製品が採用されている。
メトロールもこうした企業と同じように世界に認められている。主な製品は産業機械で使われる機械式の「精密位置決めスイッチ」で、スマートフォンの筐体や自動車のボディ、半導体などの生産に貢献。扱う製品は1000種類以上に達し、「世界初」も多く国内外で50個以上の特許を取得した。
その中でも、同社の主力製品「CNC工作機械用ツールセッタ」は世界でダントツのトップに位置する。表舞台には出てこないが、精密加工において、工具の刃先を正確に1000分1mmの精度で、正確な位置に補正するために必要なセンサーで、加工不良品やトラブルを未然に防いでいる。
売上高は規模こそ小さいものの、この10年で約3倍の17億円ほどに増加。2015年1月期の売上総利益率は47%と大手に比べても引けを取らない高さだ。売り上げの約半分は海外で稼ぎ、「グローバルニッチトップ100選(2014年)」(経済産業省主催)を受賞。第三者からもグローバルカンパニーとして認められた。
世界トップシェアの「CNC工作機械用ツールセッタ」。金属を削る際に、刃物の始動原点や摩耗を、正確に補正するための製品。スマートフォンや自動車の部品製造などに使われる(写真提供:メトロール)
品質の高さと、英・中・独・タイなど9カ国語に対応したウェブサイトを整備し、海外向けECサイトで、世界約64カ国に販路を築いたことが成功要因にあるが、それだけではきっとトップシェアは獲得できないはず。“小さなトップランナー”としての地位を築けた理由は何か。工場やオフィスの視察、社員、そして経営陣のインタビューと取材を進めていくと、経営トップの独特の考えがルーツにあることがわかった。
事業部門を問わず、社長の松橋卓司氏が大切にしているポリシーは「自立」。松橋氏がイメージする理想の組織は、社員一人ひとりが自発的に考えて動く“個”の集合体。「クリエイティブでイノベーティブな仕事のアイデアや製品が、自立した人と人との交流の中から自然に湧き出てくる環境」とも続ける。
メトロール社長の松橋卓司氏
このような環境は、技術職に限ったことではない。営業やマーケティングなど、全部署、全社員に共通する。社員に常にアイデアを求める同社には“ルール”がない。
ルールを決めると、「ルール依存」によって人はルールを守ることを優先し、「考えること」をしなくなる。ルールがなければ、多少効率が悪くとも人は考え、チームはアドリブで環境の変化に合わせて、常に最適な答えを出そうと努力する。だからルールやマニュアルを作るのが仕事のような間接業務を担う部門は存在させない。これが、松橋氏の持論だ。
経営トップが社員に自立を促し、自らの裁量で動けるようにしていることが、少ない人数でブランド力がない中でも世界で認められる秘訣だ。
「自立経営」は営業にも影響を与えている。現在、海外営業を担当するのは主に3人。その3人すべてが新卒入社で文系、海外事業未経験の人材だ。松橋氏が大枠の青写真を描くものの、ローカルでの事業展開は「任せる」を貫く。海外事業の未経験者は、どのように海外ビジネスを加速させているのか。海外営業の第一線で活躍する3人に話を聞いた。
――海外への出張が多いと聞いています。
吉田:会社に入ってすぐ、中国、マレーシア、タイに行きました。驚いたのは、その後の流れです。会社は、当時、ASEAN地域への進出を考えていたこともあり、ちょっと海外に行ったくらいの私が担当することに。ゴールドのクレジットカードを渡され、「自由に行って来い」と。入社後4カ月目のことです。
吉田真希
1988年生まれ、大阪府出身。2011年、関西外国語大学卒業後、 メトロール入社。ASEAN販売責任者として、タイ・マレーシアなど東南アジアを中心に営業。月に一度のペースで現地へ出張し、年4〜5回の展示会への出展や、顧客訪問している。ローカル企業とのコラボレーションによる製品PRなどに取り組み、ASEAN市場開拓に努める。
各国の商習慣に合わせたプレゼン、提案を経験の中で学び、展示会もどの国に、どの程度の規模で出展するのか自分の意志で決め、ほぼそのすべてを自分で決裁します。ほぼ全部自分ですね(笑)。2016年は特に忙しく、月に一度のペースで海外に出張。これまで訪れた国は7カ国になります。
菊永:僕は幼い頃にアメリカに留学していた経験があるので、メキシコやアメリカに行く機会が多いです。2017年からは新天地として、吉田と一緒にインドを開拓することが決まりました。
インドネシアの展示会。ブースの設営や装飾から自分たちで行い、ローカルのエンジニアに向けて製品デモを見せながら、課題に対して解決策を提案する(写真提供:メトロール)
――吉田さんはASEAN責任者ということで、裁量もかなりあるのでしょうね。
吉田:入社後3年半で、営業課の主任兼ASEAN責任者になりました。ただ先ほど話したように、入社後4カ月から、実質責任者のようなポジションでしたが……(笑)。「現場のことは担当者に任す」というのが当社の考えですから、今のポジションになる前から裁量はあるし、仕事はとてもしやすいです。
安藤:営業にはクレジットカードが支給され、旅費やお土産、接待費といった出張経費はすべてカード払いです。経費の予算も「会社の事を自分の事として考えてやれ!」と、自己管理を任されています。
安藤梨沙
1990年生まれ、宮城県出身。2014年、東北学院大学卒業後、メトロール入社。入社後、国内営業と並行してASEAN地域で海外営業を担当。現在は海外担当となり、吉田とエリアを分割して製品PRを務める。2016年に展示会初出展したベトナムは安藤が中心となり、一から新規開拓中。
――とはいえ、まだ20代で経験も乏しい。ときには問題が生じたり、失敗したりすることもあるのではないですか。
吉田:海外経験豊富な元商社マンの方を会社がアドバイザー契約しているので、困ったときは助言を受けたり、現地に同行してもらうこともできます。
特に海外ならではのトラブルの際は心強いです。国ごとに異なる英語の使い方、プレゼンの仕方などはとても勉強になります。私たちの経験が足りない分、家庭教師をつけてくれている感じです。
でも、製品にかかわる戦略や、戦術は自分たちで計画・立案しなければなりませんし、アドバイスを受ける時間がないなか、海外の現地で判断を下さなければならないことが多くあります。もちろん失敗することもありますが、失敗の責任を追及するのではなく、挑戦を評価する社風なので、不安は少ないです。
――数年前まで大学生だった皆さんが、海外の第一線で仕事をしている。同世代に比べてどうですか。
吉田:同世代で海外で働いている人はほとんどいません。日本はやっぱり、年功序列なんですかね。
安藤:海外の展示会で会う日本企業の営業は、30代以上の男性が多いですね。特に大企業の場合は。グローバルな土俵で、そのような方々と同じ土俵で仕事をさせていただいていることは、誇らしく感じています。
菊永:私は、今年からインド開拓も担当することなり、ローカルの展示会出展や新規顧客獲得のため、毎月出張をして、インド全土を駆け回ってやろうと意気込んでいます。
学生時代から、世界を舞台に仕事をしたいと思っていたので、入社して日の浅いうちに海外市場開拓に携われ、チャレンジ精神がつきました。2017年に3人で、新製品の売り上げで1億2000万円という売上目標を立てましたから、お互いに刺激しあいながら達することを目指しています。
菊永雄太
1990年生まれ、東京都出身。2014年、早稲田大学卒業 同年 メトロール入社。入社後、国内営業として働く。現在は、海外営業も並行。主にインドを担当し、現地展示会に積極的に参加している。その他、2015年にはメキシコ、2016年にはシカゴへも展示会のため出張するなど、新規エリア開拓に携わる。
こうした自由なスタイルで業績を伸ばすメトロール。
「新製品開発にしろ、ゼロからの海外市場開拓にしろ、イノベーティブな仕事なので、計算できません。無理やり事業計画を掲げたり、すぐに“賞味期限のきれてしまう”ワンパターンのビジネスモデルをつくったりするのは、うちのやり方ではありませんから」
実は、現在のような組織を社長がつくりあげた理由は、自身ならびに創業者の父の経験が大きいという。2人とも大手企業出身。ビジネスモデルという名の管理型経営ではなく、一人一人の社員の才能を解き放し、計算できないビジネスチャンス、運も味方にして、イノベーションが湧き出る経営を目指している。
「海外ビジネスを例にとっても、日本のような法治国家で、会社の看板と社内ルールを守る事で出世してきた社員には、なんでもありの新興国の人治国家でのビジネスはできない。黒か白か灰色か? 常に個人としてのアイデンティティやアイデアを求められる。若い時から、言葉や文化が違う厳しい環境で、先入観なく、体当たりで武者修行することでしか、国際ビジネスは成りえない」
「会社と取引先の間でスタンスが分からず、泣きべそをかいていたような女性社員が、当社では、3年もすれば、華僑の経営者の駆け引きに動ずることなく、商売ができるようになりますよ(笑)」
自らの大企業経験をもとに、メトロールの経営では、役職や組織の壁、社内ルールなど、大企業病の要因となる負の要素を排除。仕事に邁進できる「自立主義」がもたらす「強い個人」が、製品と共にMade in Japanのブランドとなって、世界で力を発揮する土壌を築いている。
(取材・文:杉山忠義、写真:風間仁一郎)