「月刊カドカワ」編集長に就任。尾崎豊との出会い
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活字ばかりの月刊誌の部数を、30倍の18万部まで持っていく。そこには、細部までの仕事への工夫がしっかりと施されている。
当時のことを想像すると、過去に例を見ない月刊誌だったのだと感じます。
そして、尾崎さんとの有名なエピソード。刺激的であり、発見がある「感想」を伝えるために、ライブ中も、詳細にメモを取り、一度会える時のための勝負にかけるために、徹底的に小さなことをやり抜く。
尾崎さんが出した著作が、全て見城さんから出ている事は、絶大な信頼と愛を感じます。そして、大きな刺激を受けて、表現し続けたのだと、作品の言葉を通じて感じます。
「人たらしではなく、人さらい」
今日のエピソードで見城さんのこの言葉を、思い出しました。
身体も精神も全てをさらってしまうような、全幅の信頼は、コミュニケーションの第一歩である「感想」から始まっていのだと感じています。
注目のコメント
〝やるからにはマイナーチェンジではなく、劇的に変えなければ駄目だ。
それまでは40歳の女性がターゲットだったのを、20歳の女性に決めた。対象年齢を半分にしたのだ〟
「極端なことをやらなければ、鮮やかな結果は出ない」
「月刊カドカワ」の改革は、見城さんがよく言うこの言葉をまさに体現している。
僕は見城さんが見出した人や手がけた作品に育てられてきたが、尾崎豊には小学生のときに、どハマりした。
塾帰りに、尾崎ファンの聖地となっている渋谷の東邦生命ビルに立ち寄っては尾崎の曲をウォークマンで何度も何度も繰り返し聴いていた。
見城さんが手がけた、尾崎の本も分からないなりに読みまくった。
そうしたら、僕の国語や作文の答案が、ドンドンおかしくなっていって、塾の先生に「おまえ尾崎豊みたいなことばっかり書くな」と言われたのを覚えている。笑
見城さんには、小学生のときから狂わされていた。【第16話】「月刊カドカワ」編集長に就任した見城徹さんは尾崎豊の本を出したくて正面突破します。「尾崎が生きているうちに、『尾崎豊・著』として出た本は全部で5冊あるが、僕以外の編集者が出した本はない」。
ちょうど格闘技界で一つの月刊誌「ゴング格闘技」が今月で休刊。
休刊する雑誌なので部数も多くないはず。内容を劇的に変えれば大きく伸びる可能性があるはず。なんてことを思いながら読んでいます。
尾崎の曲を聴いて、感動して尾崎の本を出したいと尾崎と会う。
感想を伝える。僕の本を編集して下さった箕輪さんもファンだという気持ちだけでなく、感想を伝えてくれた。良い感想も悪い感想も。そこで信頼関係が生まれるのは体験しているので分かります。
この人と仕事をしたら次のステップにいけると思う感覚も分かります。これを感じれるかどうかなんですよね。新しいそんな人を日々探しています。
尾崎の本を編集したのは見城さんだけ。尾崎好きとしてはここ重要。
明日も楽しみです。