【池田純】トップの情熱こそが空気をつくり、チームを強くする

2016/11/15
プロピッカー・池田純氏による近著『空気のつくり方』(幻冬舎)。池田氏がマーケティング・ブランディング、経営戦略において考えている「空気のつくり方」とは。

「空気」とは何?

ーー空気のつくり方が発売されてから反響が大きいようですが、池田さんにとって「空気」とはどのようなものですか?
池田 僕が仕事をする上で、一番大切にしているものです。日々仕事をしていると、商品がどれくらい売れるか、売上が上がるか、利益が出るか、など数字ばかり気にかけてしまいがちです。
しかし、数字を追い求め続けても、上司からそればかり追い求められ続けても、楽しくない。数字至上主義ではなく、まず顧客にいかに新しく、楽しく、面白い、いい空気をつくることができるかを意識して、マーケティングと経営をしてきています。
それが形になったものを一般的な言葉にするならば、「ブーム」や「ブランディング」と言えるかもしれません。
ここでいう、空気をつくることと「空気を読むこと」は異なります。空気を読んで商品をつくるよりも、空気を自らつくりつつ商品をつくったほうが、コントロールできることが増え、「ヒット商品」にできる確率が高まります。
個人の情熱が組織の情熱になって、それが商品や顧客に伝わることによって世の中に空気をつくり、新しい価値を生むことが大事だと思っています。
ーーベイスターズは今シーズンCSファイナルに進出しました。5年間球団社長を務めてきた中で、ベイスターズの空気はどう変わりましたか?
最初、ベイスターズに空気はありませんでした。あったとしても閑古鳥が鳴いていたような寒々しい空気でした。
それが5年経ったいま、先日の東京ドームでのCSファーストステージを見られた方は感じたと思うのですが、スタンドが青いベイスターズのユニフォームを着た人で埋め尽くされました。
まるで、ホームの横浜スタジアムにいたかのような、力強く選手を後押しする空気ができていました。

ファンの空気が伝わった

ーーそんなパワフルな空気をつくるうえで、どんな効果的な施策を打ったのでしょうか?
ひたすら、お客さんを徹底的に楽しませ、期待させ、そして共感してもらえるように、新しいものごとに挑戦し続けるとともに、みんなの共通キーワードである「横浜」にベイスターズのブランドイメージをシンクロさせて、みんなの気持ちが「横浜」というキーワードにまとまるように、ベイスターズをブランディングしてきました。
何か一つの施策が大きな効果を生むわけではなく、方針の統一されたアクションを続け、お客さんに認識してもらうことで、初めて空気がつくられていきます。
例えば、横浜と神奈川の小学生や子どもたち全員に72万個のベースボールキャップを配ったり、横浜スタジアムをTOBしてスタジアムと一体経営を実現させたり、横浜にベイスターズがやってきたときに生まれたマスコットのマリンくんを復活させたりしました。
そうした横浜に寄り添ったアクションを続けた結果、ファンと「地域」のパワーが集結し、今年のCSのような空気がつくれたと思っています。
選手たちも、スタジアムの空気は感じていました。今年も「こんなにスタジアムが満員になって応援し続けてくれている。今度は自分たちが結果で返す番だ」とよく言っていましたから。
そうしたファンの空気が選手たちに伝わったことで、選手たちも勝つために戦う集団になっていきました。
球団は、一般的には勝たないとファンは増えないのかもしれませんが、ベイスターズはなかなか勝てない中でも、これまではスタジアムを満員にすることができてきました。そこに勝利が加わるとすごいことになります。
ーー試合で勝ち続けられないにもかかわらず、どうやって集客を増やしたのか教えて下さい。
勝ち負けで、お客さんが楽しい楽しくないという空気に左右されないボールパークづくりを進めてきました。徹底的に楽しませ、イニング間をトイレタイムにさせず、いつトイレに行けばいいか悩ましいほどに、野球場のすべての時間を楽しめるように、様々なイベントや企画を実施し、アニメーションを流したり、映像を流したりするようにしました。
スポーツの世界では「絶対に勝つ」という姿勢を持つのは当たり前ですが、プロの世界で、チームを急に強くすることは難しい。僕たちもチームが結果を出すのに、5年もかかりました。
では、その中でスポーツ会社の経営や経営者は何をすべきか。お客さんを楽しませ、フランチャイズ地域を楽しませることに情熱を傾けるしかありません。その情熱が職員にも蔓延し、お客さんに伝わり、今度はお客さんの情熱が選手に伝わります。
満員のスタジアムとその歓声は選手にとって、大きな大きな力になります。選手のモチベーションも上がり、ひいてはプレーのレベルも向上することにつながります。
スポーツビジネスにおいては特に、球団やチーム組織の「情熱」こそが、お客さんの応援と歓声につながり、地域の情熱になり、選手を育て、チームを強くする。その好循環が、スタジアムに熱狂的な雰囲気をつくりあげ、常に満員のスタジアムにつながると思います。

戦略ターゲットのつくり方

ーーベイスターズはお客さんのターゲットを「アクティブ・サラリーマン」(スタジアム周辺に住む30~40代のサラリーマン男性)と定めていました。この点について聞かせてください。
戦略ターゲットをあえて明確にする理由のひとつは、社内で各部署があらゆる施策を打つ際のベンチマークにするためです。そこでは、「普通の属性」に切らないことが大事です。
例えば、「40歳、男性」とターゲットを設定してしまうと、どこにでもいる存在になってしまい、具体的なアクションプランもイメージできません。
ターゲットを明確にするためには、とにかくどういった感じの人か、絞り込んで、イメージを明確にすることです。『世界がもし100人の村だったら』という本がありましたが、その100人の中のとある象徴的なクラスター(塊)に絞っていくイメージです。
それができれば、色々な部署に「この人がわたしたちのお客さんとしてのターゲットですよ」と伝えることができます。
そして、ターゲット像が明確に社内で共有できれば、商品設計だけでなく、営業も的確にできるようになりますし、広告、ホームページ、POPなどのプロモーションやコミュニケーションが統一でき、ブランディングにつながっていきます。
さらに、ここで伝えたいことは、ブランディングとブランドは違うということです。
実はブランドは、自分たちではつくれません。服などのいわゆる「ブランド」とはちょっと違う意味で使っていますが、なぜなら、ブランドとはお客さんが「こういうブランドだ」と認識して初めて、なれるものだからです。
たた、ブランディングは自分たちの努力でできます。それはすなわち「自分たちはどう思われたいか」と情熱を持ってアクションすることだからです。方向性がぶれず、あらゆる取り組みを通じて、結果、ブランドと認識されていきます。
僕はベイスターズが「挑戦的」「かっこいい」「若い人に受けている」「球界の中で元気がある球団」だと思われたいと強く思ってやってきました。
そうなりたい、そう思われたいという情熱が、実際の色々な施策になっていったわけです。そうなりたい、そう思われたいと強く思えば思うほど、社内にもそれが共有されればされるほど、いろいろなものごとを仕掛けていくことができます。
もちろん、最後はお客さんの認識に委ねるしかないわけですが、結局はなりたい姿があるかどうか、それをいかに明確に描けるかという話だと思います。
そのブランディングを実現させるためには、組織の中に戦う空気をつくらなければいけません。そこで一番必要なことは、自分の考え方をしっかりと組織に伝えることです。
「何を目指してこれをやっているのか」「どういう会社にしたいのか」「いま自分たちはどこにいるのか」など、可能な限り社内のメンバーに伝えるようにしていました。
だから、何度もマネージャーを集めて経営会議や合宿もやりましたし、とにかく同じ方向の考えに、組織が一丸になれるようにしていました。
大きな組織の場合は、リーダーと同様の考えを同じレベルで理解しているマネージャーを整備できることが重要です。
社内に人材がいなければ、外から引っ張ってくるしかない。そうやって、組織の内部の空気も整えていくべきなのです。そうした組織全体の空気をつくるのは、やはりトップからはじまる情熱です。

ポジションに執着しない

ーートップ一人の情熱に依存することに、リスクはないのでしょうか。情熱を持続させることには難しさもある気がします。
私は、どこでもいつでも、リーダーの情熱が大切だと思います。リーダーは、情熱をあらゆることに傾けていくためにも、どんどん人に任せられる仕事は、部下に任せていくべきだと考えています。自分の仕事を思い切って人に任せて、自分はもう少し上のレイヤーの仕事に情熱を注力すると、また新鮮な新たな空気をつくっていけるチャンスになります。
また、任された人はいままでよりも難易度の高い仕事にチャレンジすることになりますので、結果を出した人にはちゃんと報酬やポジションを与えることで、報いていく。このサイクルを繰り返すことにより、組織の中に戦う空気をつくることができます。そしてみんなが情熱を持った組織になっていく。
――最後に、経営者として大切にしていることについて教えて下さい。
僕は「執着をしないこと」が大事だと考えています。世の中でもポジションに執着をしているからお家騒動などが起こっているケースもあるのではないでしょうか。会社は変わり続けなくてはならないと思います。
自分しかできない仕事に没頭できるならいいですが、人に任せても人ができると思ったら、新陳代謝のためにも、しがみつかないで、自らがまず代わって、そして働き盛りの40代の人がもっと経営者や経営層になっていく環境が生まれると、もっともっと健全で元気な日本になっていくと思います。
(構成:上田裕)