【竹内純子】パリ協定のもと、日本はどのような目標を掲げたのか

2016/11/9
2020年以降の地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」が、国連があるニューヨークの時間の4日午前0時(日本時間4日午後1時)に発効した。このニュースをどう読み解けばいいのか。エネルギー・環境分野のプロピッカー、竹内純子氏による特別寄稿を掲載する。  
第1回:【竹内純子】パリ協定発効。日本は本当に「出遅れた」のか?
第2回:【竹内純子】パリ協定に至るまで―温暖化の国際枠組みの概要
第3回:【竹内純子】パリ協定に全員参加が可能になった理由
第4回:【竹内純子】パリ協定で各国はどのような目標を掲げているのか
第4回でお伝えした通り、日本はパリ協定の下、「2030年には2013年と比べて▲26%(2005年比では▲)」という目標を掲げました。
その数字はわかっても、それがどういった議論によって出てきた目標で、どれくらい厳しいのか、他国と比較してどうなのかというのは全く分かりませんよね。
今回はパリ協定の下に日本が掲げた目標について整理します。

どのような議論で決まったのか

昨年のCOP21が開催される前に、各国は自国の目標の案を決定して国連に提出することを求められていました。手ぶらではCOP21に参加できなかったのです。2030年の温暖化の目標を決めるにあたり、政府はまず2030年に向けたエネルギーの姿を描きました。
温暖化の目標を決める前になぜエネルギー政策の議論をするのかと言えば、日本で排出される温室効果ガスの9割はエネルギーの利用に伴って排出されるからです。しばしば「環境とエネルギーは不可分一体」と言われるのは、こうした理由です。
計画を策定するにあたっては、政府は有識者による会議を開いてその議論に基づいて素案を固め、パブリックコメントというかたちで一定期間広く意見を受け付けるという作業をしました。こうした経緯にご関心がある方はぜひ「日本の2030年目標はどのように決まったか(1)」などをご参照ください。
議論に先立ち、政府は2030年のエネルギーミックスの満たすべき政策目標を置きました。
・エネルギー自給率を25%程度に引き上げる。(現状は原子力発電が停止している影響で、自給率はわずか約6%、先進国中最低レベルです)
・エネルギーコストを現状よりは引き下げる。(原子力発電の停止による火力発電燃料費の増大、そして、再生可能エネルギーを応援するためのコストにより、震災前より家庭用で2割、産業用で3割電気代は上昇しています)
・温室効果ガスの排出削減目標は欧米にそん色のない程度にする。
この3点を満たすように、政府が昨年描いた2030年のエネルギーの絵姿が下記です。図1はエネルギー全体についてのもので、図2が電力についてのものです。今回は電力について詳しく整理しますね。
この見通しが発表されたときには、電源構成、特に再生可能エネルギーや原子力発電の比率ばかりが話題になりましたが、見通しを立てるには「私たちは2030年にどれくらいのエネルギーを必要とするのか」を予測することから始まります。
そのためには、
・まず人口や労働人口、世帯数など前提となる条件を見定める。
・経済活動の活発さ(GDP、産業部門の生産水準、業務部門の業務床面積、運輸部門の輸送量など)を想定する。
・それぞれの部門で想定される経済活動の水準にエネルギー消費原単位を掛け算をして、最終エネルギー消費量や電力需要を予想する。
・ここから省エネの効果を引く。
という作業が必要です。政府は人口減少(2013年127百万人→2030年117百万人)や経済成長(年率1.7%程度)を前提として見込まれるエネルギー・電力の需要から、「徹底した省エネ」を織り込んだ見通しを描きました。
この「徹底した省エネ」というのは、実はオイルショックの時と同程度のエネルギー効率の改善を意味します。下記の図3の意味を解説しますね。
まず、青いラインが1970年から90年までの20年間で日本が達成したエネルギー効率の改善です。オイルショックを契機に、電気代で言えば1.5倍程度にも跳ね上がりましたので、日本は産業界を中心に必死で省エネに取り組みました。
例えばアルミ産業は「電気の缶詰」と呼ばれるほど電力を多く使うため、そうした産業は日本からほとんど海外に流出してしまいました。緑のラインは1990年から2010年の20年間の効率改善の実績です。この20年はそれほど省エネが進まなかったことがわかります。
そして赤い点線で書かれているのが、今後日本社会が2030年までに目指しているエネルギー効率の改善です。これほどの省エネが前提になっているのです。
こうして需要見通しを描いた上で、コストや温室効果ガス排出量を考えながらバランスを決めていきました。コストは非常に重要な要素です。そのため、それぞれの電源が「いくらで電気を作れるのか」の試算も行われています。試算の考え方をご説明しますと、
① それぞれの電源の発電所を2014年と2030年に建設し、運転した場合に必要となるコストを算出。例えば建設費や燃料費、メンテナンスコストなど。
② それぞれの電源の想定稼働年数と稼働率(例えば火力発電であれば40年間70%の稼働率、住宅用の太陽光発電であれば20年間12%の稼働率など)から、その設備が生涯で産み出す電気の量を算出。
③ ①を②で割って、1kWhあたりのコストを算出
という計算をします。
多分皆さんがとても気になる原子力発電のコストには、例えば立地対策など政策関連の費用や研究開発費、廃棄物処理のコスト、事故を起こした時のコスト(福島の事故を参照し事故を起こしたら1基あたり9兆円程度のコストが必要になることを織り込みます。
但し、事故の規模によってその対応コストは膨らんでいくため、事故対応が1兆円増えたら1kWh当たりのコストが0.04円上がるとされています)などは見込まれています。見込んだ金額が変動する恐れはありますが、算定の根拠はぜひ知っておいてくださいね。
話がそれましたが、自給率を向上させるには、再生可能エネルギーを拡大し、原子力も一定程度維持する必要があるとされました。また、コストを考えて再生可能エネルギーと原子力の配分、火力発電の中でも石炭と天然ガス、石油の配分を考えて決められたのが上記の図2でご紹介した電源構成です。
ここでお示ししたエネルギーミックスを達成することで、日本は26%削減がギリギリ可能であると見込んでその目標をパリ協定に提出しました。しかし、課題は山積しています。ここではごく簡単に触れるにとどめますが、これからエネルギーミックスを達成していくことは容易ではありません。

エネルギーミックスを達成するために

省エネは私たち国民の「やる気」や「気合い」でできるものではありません。もちろん心がけで減らせる無駄もまだまだありますが、基本的には例えば高効率機器を導入したり、建物を高断熱にしたりとコストをかける必要があります。
こうしたコストを負担して、省エネを進めていくことが可能なのでしょうか?(詳しくは「わが国の省エネはどこまで期待できるか」をご覧ください)
再生可能エネルギーは現在「全量固定価格買取制度」という制度により、国民の負担でその導入を応援しています。応援のためのコスト(賦課金と言い、皆さんの電気代に乗せて毎月徴収されています)は制度が導入された2012年から既に10倍近くまで膨らんでいます。2030年時点ではそれを3.7~4.0兆円までで抑えることとしているが、それは可能なのでしょうか?
また、大量に導入される再生可能エネルギーを安定的に利用するために必要なコストを0.1兆円程度に抑えることは可能なのでしょうか?(詳しくは「再エネ普及政策はどうあるべきか── FIT法見直しの経緯と概要」をご覧ください)
原子力発電の再稼働や運転延長の見通しが立たない上に、新設や建て替えについては当然のことながら議論すらない中でこの比率を確保できるのでしょうか?(詳しくは「電力システム改革下の原子力事業ー「戦略なき脱原発」で良いのか?ー(1)~(3)」をご覧ください)
電力自由化をした中で火力発電の比率を想定通りに確保できるのでしょうか?(政府は「省エネ法」と「供給構造高度化法」という2つの法律でその割合を維持していこうとしていますが、そのコントロールはうまくいくのでしょうか?(詳しくは「電力の低炭素化をどう図るか── 自主的枠組みへの期待と課題」を参照ください)
日本の掲げた温暖化目標の前提となっているエネルギーミックスの達成に向けて、我々はこれから相当のチャレンジをしていく必要があるのです。