経営が変われば、球団が変わる。ベイスターズ、第2幕へ

2016/10/29
東京ドームの光景が、すべてを物語っていた。
横浜ベイスターズが横浜DeNAベイスターズに生まれ変わって、ちょうど5年の月日が経とうとしている。
その節目のシーズンに、チームは3位に入り、初めてクライマックスシリーズ(CS)に進出した。
読売ジャイアンツと戦ったCSファーストステージ。敵地のスタンドは、ほぼ半分に割れた。1塁側からライトスタンドはオレンジ色に、そして3塁側からレフトスタンドは青に。
チームの成長、ファンの熱気。この5年間に育まれたものすべてが凝縮された光景だったのではないだろうか。
今季、横浜スタジアムは連日多くの観衆で埋まった

5年間で観客動員175%増

TBSが球団を保有していた2011年におよそ110万人だった観客動員数は今年、194万人近くにまで増えた。175.9%という大幅な伸び率は経営努力の賜物である一方で、努力を怠ることの怖さを浮き上がらせる。
そもそもそれだけの空席がなければ、観客数を1.7倍以上に増やすことはできないのだ。
5年間の任務を終えて退任した前球団社長の池田純氏が、あるとき、こんなことをいっていた。
「横浜のあんなにいい場所でプロ野球が眠っていたのに、そのことに誰も気づいていなかった」
陳腐なたとえだが、“磨けば光るダイヤ”は誰がつくったわけでもなく、すでにあったのだ。あとは、それをどう輝かせるか、その輝きをどう伝えるかの問題だった。

満員になるのが普通の球場

全額返金チケットといった話題づくりやコミュニティボールパーク化構想など、球団はメディアの注目を集め、プロ野球から離れてしまった人々の関心を再び掘り起こすための施策をスタートさせた。
結果が出た、いまとなっては成功譚だが、参入1年目(2012年)の観客動員数は116万人台で6%弱の増加にとどまっている。しがらみも多い球界のなかで悪戦苦闘していた足跡がそこに刻まれている。
泳ぎ方を心得てからは、加速度的にファンを増やした。
2014年に150万人を突破。そして昨季の181万人を経て、横浜スタジアムは満員になるのが普通の球場になった。ファンクラブ会員数は5年間で11.8倍という驚異的な伸びを見せた。
今季の稼働率は93.3%。大入りの回数(54回)、チケット完売回数(31回)など、あらゆる指標が日本一になった1998年を上回り、球団記録を更新した。
いまや、試合が行われている球場の外では、大画面でパブリックビューイングを実施しているエリアにまで人がごった返しているのが日常だ。その光景を見るたびに思う。
2万9000人収容のハマスタはもはや狭すぎる、と。
球場の外で行われたパブリックビューイングにも多くのファンが集まった

球団と球場の一体経営

経営上、今年の最も大きなニュースは、球団がハマスタを買収し、一体経営が始まったことだろう。
かつては球場内の看板広告や飲食などの売上に加え、入場料収入の25%(DeNA参入後は13%)がハマスタの懐を潤していた。
一方の球団は、どんなに頑張っても赤字から抜け出せない。その矛盾は長らく指摘されながらも、複雑に絡み合う利権や人間関係が障壁となり、一体経営の実現は極めて困難と見られていた。
球団は、その一つひとつを丁寧に解きほぐした。
横浜の重鎮といわれる人々と積極的に会い、考えを丁寧に説明した。一筋縄ではいかないことも多かったと想像するが、その地道な繰り返しと「稼働率約90%でもなお赤字」という昨季の結果を提示することによって、解決の筋道をつけていった。
40年近く前、地元の有志が資金を出し合って建設した、市民の魂が込められた聖地と球団をひとまとめにした功績はとてつもなく大きい。

巧みなマーケティングで顧客拡大

球団は、ハマスタを“我が家”とする責任の重さを、5周年のスローガンとして打ち出した「横浜に根づき、横浜と共に歩む」という一文で端的に表現した。
ビジターユニフォームの胸からDeNAという企業名を外し、代わりに「YOKOHAMA」と掲げたほか、大洋ホエールズ時代のマスコットキャラクター「マリンくん」の限定復刻など、横浜市民の心をくすぐる企画を次々と実行した。
「マリンくん」の描かれたフラッグがスタンドを彩った
そうした一連の動きの中でマーケティングの巧みさを感じさせられたのは、神奈川県内の子どもたち約72万人を対象としたキャップ配布イベントだった。
インパクトが大きく話題性に富んでいることはもちろんだが、現在の足元だけを見るのではなく、将来を見据えているところに戦略性がある。
ベイスターズが好きだからベイスターズのキャップをかぶるのとは逆の矢印で、ベイスターズのキャップをもらってかぶっているうちにベイスターズが好きになるという仕掛けは、大胆であり斬新だった。
そしてその子どもたちは、あえて露骨に書けば、未来の顧客になってくれるという読みもあった。

大観衆とともにチームが成長

パフォーム社のストリーミングサービス「DAZN(ダ・ゾーン)」といち早く放映権契約を結ぶなど、ネット中継に積極的に取り組んだのも、将来にわたる安定的なファン獲得が狙いの一つだ。
少年たちがYGマークのキャップをかぶり、テレビをつければ巨人戦が流れていた昭和の風景。これからは、ベイスターズがその役割を担っていくのだという気概が、経営判断をよりスピーディーなものにした。
着実にファンを増やす一方で、チームの成績はなかなか上向かなかった。長いシーズンを戦い抜く戦力の構築は一朝一夕にはいかず、過去4シーズンは6位、5位、5位、6位と低空飛行が続いた。
そしてアレックス・ラミレス新監督を迎えた今季、ついにAクラス入りを果たしたのだ。
チームを巧みにまとめあげたアレックス・ラミレス監督
再び、池田前球団社長の言葉を紹介したい。
「選手たちをやる気にさせる一番の要素は、スタンドを全部、満員にしてしまうこと。それさえあれば、何も説明する必要はないし、鼓舞する必要もない」
トップだけがいっているのではない。主将の筒香嘉智がいう。
「ファンの方がいない、メディアの方もいないのであれば、僕たちが野球をやる意味はない。毎日のようにスタジアムを満員にしていただいて感じるものがあるし、本当に選手の力になる」
筒香嘉智は今季、本塁打と打点の二冠に輝いた
確かに時間はかかったが、ハマスタを埋め尽くすファンがあってこそチームの成長が促されたという側面は間違いなくあるはずだ。

新社長とともに「夢」の実現へ

経営のトップには、総務省出身の岡村新悟氏が新たに就任した。
1年間、株式会社横浜スタジアムの社長を務め、南場智子オーナーも「人柄、能力ともに満点で尊敬している」と絶大な信頼を寄せているという。
一体経営元年の2016年は、オリジナルビールを筆頭に飲食の新企画が目立つ1年だったが、狭くなってしまった球場のハード面の改革は今後の大きな注目点になっていく。
TOB成立と同時に発表した“夢の横浜スタジアム”の未来図をファンは忘れていない。すべてが実現できるわけではなくとも、そこへ近づく歩みには大きな期待を寄せているだろう。
まだまだ、芽吹いていない種はある。それらを花開かせる横浜DeNAベイスターズの第2幕がいま、始まろうとしている。
(写真:©YDB)