九州にいる“原石たち”のポテンシャル

2016/10/19
日本IBMが福岡市で主催したハッカソン「イノベートハック・九州」。応募総数は100件弱、最終選考イベントには300人を超える人が集まり、盛況に終わった。37社・団体が協賛・協力して立ち上がった地方発のハッカソン。その内容をリポートし、成功の秘訣を探る(全3回)。
前編: 九州イベントで見た地方の結束と底力
中編: 「安穏」に危機感。大分の伝統企業、設立50年後の変革ストーリー

国籍、年齢を問わない多様なメンバー

「イノベートハック・九州」は、合計3日間で説明会と開発、第1次選考を行い最終審査に進むメンバーを選定。残ったファイナリストたちが、最終選考イベント「Demo day」で約10分間のプレゼンを行い、最優秀賞や優秀賞ほか、協賛・協力パートナーが用意した特別賞、テーマ賞の受賞チームを選ぶ。
約90件の応募の中からファイナリストに選ばれたのは11チーム。顔ぶれは千差万別で、今回最優秀賞を獲得したオーイーシー(OEC)のように歴史ある伝統企業もあれば、設立間もないスタートアップも名を連ねた。
また、企業だけでなく大学生や、高校生のチームも最終選考に選ばれている。日本だけでなく台湾の企業、中国人やタイ人、日本人の混合チームも参加。年齢、国籍、所属する法人の種類を問わない、多種多様なメンバーが顔をそろえていた。
各チームは、今回設定した4つのテーマ「まち・くらし」「観光・エンタメ・スポーツ」「ヘルスケア」「ロボティクス」の中から、自分たちに適したテーマを選び、IBMのクラウド「Bluemix」とコグニティブテクノロジー「Watson」、そしてふくおかフィナンシャルグループや安川電機、西日本新聞社などの協力・協賛パートナーのAPIやデータを活用してサービスを開発した。

優秀賞チームは学生

最優秀賞を獲得したオーイーシー(OEC)は、BtoB向けシステム開発会社にもかかわらず、今回はBtoC向けのネットサービスを開発。子どもの「お手伝いとお駄賃」をWatsonで管理し、家族間で送金ができるというサービスを発表し、見事にトップの座についた(詳細は こちらの記事を参照)。
優秀賞を獲得したのは2チームで、ともに学生の作品。1つ目は九州工業大学大学院の西田健研究室に属する大学院生で構成された「Nishida Lab.」で、ロボットを活用した作品を発表した。
Nishida Labは、AIのデータ分析力・学習力と、ひとのノウハウを組み合わせたシステムで「あたらしい働き方」を提案。プレゼンでは工場で利用するロボットとWatson、そしてソフトバンクのロボット「Pepper」を用いたシステムを披露した。
AIを利用するうえでネックになるのが学習・検証に必要な膨大なデータと時間という点に着眼し、それを補うために「ひとの判断」を用いるという内容。ロボットが作業に迷った時にPepperを通じて、ひとに連絡。ひとが判断した情報を再び、Pepperを通じて産業用ロボットに返し、作業を滞りなく進めるという内容だ。
一連の判断はデータ化され、Watsonに格納。次に同じような事象が起きた時はWatsonが判断できるので、ひとの手を介さずによりスムーズなオペレーションが実現するというシナリオだ。
九州工業大学大学院の大学院生で構成したチーム「Nishida Lab」。チームを率いた西田健准教授がPepperとともにプレゼンを行った

もう1つの優秀賞を獲得した「Chronostasis(クロノスタシス)」は高校生チームで、イベントの協力パートナーのゼンリンの地図情報とVR(仮想現実)テクノロジーを用いて福岡の町に仮想広告空間を作成。ユーザーのプロフィルと仮想空間の中で何を見たか、どのような行動をとったかという行動データを組み合わせて、Watsonが最適な広告を表示したり、キャンペーン情報を発信したりできるという内容。
VR技術に可能性を感じた吉村啓氏が独学で開発、数人の高校生メンバーとともに完成させたという。審査員を務めた日本IBMの武藤和博・専務執行役員 IBMシステムズ・ハードウェア事業本部長は、「高校生離れした技術力とプレゼン力」と、優秀賞を授けた理由を語っている。
ファイナリストの中で唯一の高校生チーム「Chronostasis(クロノスタシス)」。プレゼンを行った吉村啓氏は英語を交えて説明。「高校生離れしている振る舞い」とプレゼン力も評価された

ハッカソンは序章にすぎない

最優秀賞、優秀賞以外にもスポンサー賞や各テーマ賞を他チームが受賞。ソフトバンク賞を獲得したセーフマスターは、Watsonをユーザーインターフェースにし、Watsonと会話しながら日々の食データ、運動データを入力するヘルスケアアプリを披露。「現在の食生活や運動状況だと、5年後、10年後にはこう体系が変わる」という様子をアバターを通じて表現するエンターテインメント性が評価された。
「セーフマスター」チームはヘルスケアアプリを披露。食生活や運動データをWatsonを通じてインプット。その情報に応じて、自身の将来の体系をアバターで表現するという発想が審査員の注目を集めた
同じくソフトバンク賞を獲得したメディアシステムは、BtoBの音声関連のシステムを開発しているノウハウを生かし、電話とWatsonを組み合わせたお年寄り向けの自動応答システムを発表。年配者が一番慣れているユーザーインターフェイスは依然電話であることに着眼。お年寄りの困りごとや相談にWatsonが答えるという内容で、レガシーなコミュニケーションツールと最先端のWatsonを融合した視点が評価された。このほか、今回定めた4つのテーマ賞を6チームに授けた。
懇親の場を含めれば約5時間というロングイベントとなったが、最後まで活気は衰えなかった。「日本IBMだけでなく、37社・団体ものパートナーネットワークを築き、行政、大学、そして地場企業を巻き込んで一大イベントに仕立てたことが今回の成功につながったのかもしれない」と武藤和博専務執行役員は話す。
日本IBMの武藤和博専務執行役員。九州出身で地方活性化に対する思いは強い
また、「今回のイベントはきっかけにすぎない。ここで各チームがつかんだきっかけをかたちにできるよう、わたしたちも継続的に支援していく。古来より『風は西から吹く』と言われているように、このイノベートハブ・九州から新しいイノベーションの風を起こし続け、育てていきたい」と語っている。
地方創生プロジェクトはほかの地域でも複数存在しているものの、最初がピークでそのあとはフェードアウトするケースが少なくない。日本IBMはこの点を意識し、今回のイベントでは「発掘」に位置付ける今回のイベントに続くものとして「構築」「発展」というフェーズを設けて持続的に九州に根付く活動を進める姿勢を示している。
「今回の九州がうまくいけば、ほかの地域や業種に移植することも検討している」(日本IBMの古長由里子理事)。九州で始まった地方創生プロジェクトを、福岡で行った一度きりのハッカソンで終わらせようとしていない。
(取材・文:木村剛士、写真:松山隆佳)
連載「福岡発ハッカソンの群像」