「安穏」に危機感。大分の伝統企業、設立50年後の変革ストーリー

2016/10/18
日本IBMが福岡市で主催したハッカソン「イノベートハック・九州」。約90件の応募の中から最優秀賞を獲得したのは、大分県に本社を置くシステム開発会社、オーイーシー(OEC)だった。スタートアップが参加することが多いハッカソンだが、OECは今年創業50周年を迎えた歴史ある企業。大分県を中心に盤石の顧客基盤を築く中、ハッカソンに初めてトライしたのはなぜか。そこには地方であるがゆえ、伝統ある企業であるがゆえの危機感があった。

前編の記事「九州イベントで見た地方の結束と底力」は こちら

地方に根付く伝統企業

オーイーシー(OEC)は、今年4月で設立50周年を迎えたシステム開発会社(システムインテグレータ)。九州地域を中心に行政機関や学校、病院、そして民間企業に対し要望に応じた業務支援システムを開発・納入している。
行政や公共機関向けのシステム開発ビジネスは、定期的にシステム更新の需要が見込め、地場に根付いているシステムインテグレータは、こうしたプロジェクトの受注を他地域のライバルよりも優位に進めることができる。そのため、ある程度の規模と実績がある地場のシステム開発会社のビジネスは安定しているケースが多い。
OECも例外ではない。市役所などの行政、学校、病院、そして民間企業と全方位で九州地域を中心に強固な顧客基盤がある。IT業界はクラウドの登場によって大きな転換期の渦中にあるが、首都圏に比べてテクノロジーの浸透度が遅い地方では、こうした転換もまだ先。そうなれば、従前のやり方で、今の時点ではビジネスを十分維持できる。

このままでは生き残れない

そんな中、OECが今回初めてハッカソンに参加した背景には、経営陣および新規事業担当者の危機感があった。今回イベントに参加することになったのは、社長をはじめとする経営陣の号令を発端とし、OECの新事業担当、田北政彦・ビジネスソリューション事業部副事業部長兼新規ビジネス推進室長が旗振り役となって取り組んだ。
「クラウドや人工知能(AI)といったテクノロジーは、新たなビジネスを生むチャンスにつながる。だが、その一方で既存の方法によるシステム開発ビジネスを脅かす存在にもなり得る。これまで以上に既存の枠組みにとらわれない新たなチャレンジが必要」
OECは、1966年の設立直後から日本IBMとの取り引き実績はあるが、その大半はサーバーやパソコンの販売といった領域。クラウド「IBM Bluemix」やコグニティブテクノロジー「IBM Watson」といった先端分野での協業はこれまでない。
BluemixやWatsonだけでなく、OECのビジネスの中でクラウドやAIといった先端分野はまだビジネスにつながっていない。今回のハッカソンの開発ではBluemixとWatsonを無料で利用できる。田北氏は、新しい領域にチャレンジする絶好の機会だとハッカソンを位置づけ、出場を決意。部門横断で参加者を募り、約15人のメンバーを選定。3チームをつくってハッカソンに挑んだ。
そのうちの2チームは、OECのメインビジネスであるBtoB向けITサービスを発表したものの、第1次選考で落選。 前回の記事で紹介した「お手伝い預金」というBtoC向けネットサービスを開発した残りの1チームが本戦に進み、最優秀賞の獲得に至った。
子どものお手伝いとお駄賃をWatsonとクラウドを用いて管理し、それを銀行のネットサービスと連携させるという、今のOECのビジネスとは縁遠い内容での受賞だった。
OECのプレゼンは、普段は病院や介護施設など医療機関向け営業を担当している山原豊氏が行った(写真:松山隆佳)

結果が社内の雰囲気を変えた

最優秀賞獲得後、OEC社内で新規事業に対しての考え方が大きく変わったと田北氏は感じている。
地元のテレビ局から取材を受け、最優秀賞獲得後、一躍注目の的になった(写真:松山隆佳)
「どの企業もそうかもしれないが、利益を生まない新規事業に対する目は懐疑的で風当たりは厳しい。ただ、今回第三者、しかもIBMや九州を代表する協賛企業各社に評価されたことは大きい。私が感じている危機感と新規事業に対する必要性を理解してもらい、今後さらなる発展を目指して行きたい」と説明する。
すでに社内で部門横断のハッカソンを検討しており、その結果に対してもきっと有力な結果が出せると田北氏は手応えを予測している。
また、優勝チームを率いた上田晋作・新規ビジネス推進室新規ビジネス推進グループグループ長はそのメリットをこう話す。
「これまでのビジネスでは、BluemixやWatsonを使うことはなく、AIやクラウドは縁遠い存在だった。今回をきっかけに、先進テクノロジーに触れることができた。しかも、ハッカソンというかたちで強制的に2日間でサービスを開発しなければならないから、死に物狂いでテクノロジーを学んだ。BluemixもWatsonも予想以上に簡単に利用できる、従前のエンジニアでも使いこなせるテクノロジーであることがわかった。まだまだ学ばなければならないことは多いが、まずきっかけをつかむことができた」
チームを率いた上田晋作グループ長(写真:松山隆佳)
最優秀賞を受けて、日本IBMとOECとの新たな分野での協業がスタート。とくに今回のサービスでは、銀行のネットシステムとの連動が必要不可欠なだけに、イノベートハック・九州の協力会社のふくおかフィナンシャルグループとの協業について現在協議を進めている最中だという。
日本IBMでスタートアップ支援などを手がけ、今回のイノベートハック・九州の企画に携わったデベロッパーエコシステム・アンド・スタートアップスの森住祐介・IBMクラウド・エバンジェリスト氏は、ハッカソンの終了後、頻繁に福岡に足を運びビジネス化に協力している。「予想以上の盛り上がりを見せたイベントだけに、これからが勝負。OECが発表したサービスを実現するためには、越えなければならないハードルがたくさんあるものの、実績を残してロールモデルにしていきたい」と意気込みを語っている。
日本IBMの森住祐介クラウド・エバンジェリスト。スタートアップ支援プログラムの企画立案などに従事する。オープンな技術を活用したアライアンス、エコシステムの重要性を説き、協業体制の構築支援なども手がける(写真:北山宏一)
伝統がある企業は、既存のビジネスが安定的であればあるほど保守的になりがちで新しい取り組みにチャレンジしない傾向がある。ただ、OECはその流れの中でも新たなビジネスを生もうとハッカソンにチャレンジし、変革、イノベーションの足がかりをつかんだ。(後編に続く)
(取材・文:木村剛士)
*前編の記事「九州イベントで見た地方の結束と底力」は こちらです。