イノベーションへの執念が生んだ「世界交流の場」

2016/10/31
大きな潮流となっているオープンイノベーション。国内システムインテグレーターの最大手、NTTデータは、国内のスタートアップからアイデアを募るビジネスコンテストを3年前に開始し、これまで4回開催してきた。この実績を踏まえ、10月下旬から応募を開始した5回目は、世界10カ所で同時展開する。発案者である残間光太朗室長と、日本だけでなくイスラエルにも活動範囲を広げてスタートアップ支援などを手がけるサムライインキュベートの榊原健太郎代表取締役CEOが、世界へのチャレンジがもたらす効果を語る。
世界10カ所で同時開催
――スタートアップとの協業推進プロジェクト「オープンイノベーションビジネスコンテスト」の第5回では活動の場を一気に広げ、世界10カ国で同時展開します。かなりのチャレンジですね。
残間:はい、言っちゃいましたから、やるしかありません(笑)。
優秀な技術系スタートアップが多い国を選び、世界10カ所から斬新なアイデアや先進的なテクノロジーを持つ人を募集します。その中から、私たちと手を組むことで、提案者にメリットを与えることができ、私たちも価値を高められるものがあれば、協業していくというシナリオです。
10月26日に公募を始めて、いくつかの過程で選考させていただき、2017年3月にはファイナリストたちに東京へ集まってもらい、最終選考イベントを行います。
ーー5回目にして世界に出た理由は何ですか。
残間:私はNTTデータの中で新規事業を担当している期間が長くて、社内・社外を問わず、新しい価値を生み出すための人材やアイデアを探し回ってきました。
その中で、3年ほど前にオープンイノベーションというキーワードに出会ってこのコンテストを立ち上げ、おかげさまで4回開催することができました。
マネーフォワード(第1回最優秀賞を受賞)と協力してフィンテックの新しい基盤をつくることができたこと(詳細は こちらの記事を参照)など、一定の成果を出すことができたと思っています。
今年8月に開催した第4回の様子。過去最多の人数で会場はすし詰め状態だった。会場にはファイナリストや審査員ほか、NTTデータの事業部門の幹部も参加し、自らの事業部門に貢献しそうなテクノロジーやアイデアを探しにきていた
次のステップを考えた時、世界のオープンイノベーションを定期的に調査している過程で、日本の市場と企業に関心を持っている企業が、世界にはたくさんいることに自信を持ちました。
日本人は「(日本は)少子高齢化は進むし、明るい未来はない」と思い込んでいるかもしれませんが、海外はそう見ていない。世界第3位のGDPに依然興味を示し、日本の技術やビジネスノウハウを学びたいとも思っています。
その一方で、日本が持つ商品やサービスが世界で受け入れられる可能性も高いと確信を持ったのです。
このコンテストを世界に広げて、日本に進出したい海外企業と、海外に出たい日本企業が手を組む場にすれば、国内だけでは生まれなかったイノベーションが起こると思ったのです。
世界10カ所同時展開は、思いのほか準備が大変ですけれど、各国の風土によりイノベーションの種類に違いがあるはずで絶対に面白い。
それを把握しさらにコラボの可能性を探るためには、一気にまずはやってみて、それからリーンスタートアップ的に検証しながら進めたいと思って、言っちゃいました(笑)。
残間 光太朗(ざんま・こうたろう)
NTTデータ イノベーション推進部 オープンイノベーション事業創発室長
1988年北海道大学卒業、同年NTTデータに入社しシステム開発に従事。1990年よりNTTデータ経営研究所にて経営管理、新規ビジネス立ち上げ、マーケティング支援コンサルティングに従事。1996年NTTデータに復帰し、インターネット、モバイルバンキングの創成期における決済サービスの立ち上げ・普及、官民連携の新機軸サービスの立上げに多数従事。2014年より現職に着任、新規ビジネス創発の立ち上げを支援する一方で、オープンイノベーションフォーラム「豊洲の港から」、オープンイノベーションビジネスコンテストを立ち上げた
イスラエルは世界の頭脳の集積地
ーー榊原さんは、2014年にイスラエルにも拠点を設置して、現地でインキュベーション活動を手がけています。今回、残間さんが選んだ10カ所にもイスラエルが入っていますが、海外進出先としてイスラエルを選ぶ人は珍しいです。
榊原:確かに、物珍しい存在として見られているかもしれません(笑)。
イスラエルの最大の魅力は優秀な人材が多いこと。高い技術力を持つ天才的なエンジニアが多く、世界を代表するネット企業の幹部にはユダヤ人が多く名を連ねます。
先進的な企業はイスラエルの“頭脳”に着目し、すでに研究開発拠点を設けています。また、世界の金融市場でのトッププレーヤーもユダヤ人が多い。
シリコンバレー並みに優秀な人材が集まっていて、しかも親日派。それなのに、日本企業の目はそれほど強く向けられていない。イスラエルに拠点を構える日本企業は15社程度でしょう。この国で幅広い人脈をつくることができれば、一気にビジネスを広げられると感じたんです。
イスラエルに進出した時、私はちょうど40歳。40年先までプランを考えていた時、こうした理由から、遠い将来までを見越してイスラエルの可能性に賭けようと決めました。
榊原健太郎(さかきばら・けんたろう)
サムライインキュベート 代表取締役CEO
1974年生まれ。関西大学社会学部卒業後、日本光電工業、アクシブドットコム(現VoyageGroup)、インピリック電通(現電通ワンダーマン)などを経て、2008年に同社を設立。2014年にイスラエルへ進出し、現地の起業家と共同生活して100%事業にコミットするためのシェアハウス「Samurai House in Israel」を開設。イスラエルと日本を行き来しながらビジネスを展開する。現在120社以上の日本とイスラエルのスタートアップの社外取締役やアドバイザーを務める
ーーインキュベーションマーケットとして青田買いしたわけですね。
榊原:そうですね、ただ、それだけではありません。少し話はそれますが、私のビジネスのモットーは、社会の問題を解決することです。
私たちが支援する企業を決める時は、単純に「儲かりそう」ではなく「社会が抱える問題を解決する商品・サービスかどうか」で見定めます。
イスラエルを選んだ理由はこのモットーにもつながっています。私が掲げる目標の一つは、ノーベル平和賞の受賞です。
イスラエルでは、パレスチナ自治区との紛争が定期的にあり、人々の生活はまだまだ安定とは言えません。特にパレスチナ自治区では、安心して暮らすことができない人がたくさんいます
私たちが現地企業をサポートすることで雇用を生み、貧困から解放することができれば、争いを止めることができるかもしれない。
そういった意味でも私はイスラエルを選んだんです。なので、今回、NTTデータのコンテストでイスラエルを選んでくれたのはうれしい。
日本の企業が持っている力、例えばNTTデータのように、社会のインフラを整備し続けて多くの人をハッピーにし、穏やかな世界をつくっている会社のノウハウを現地に注入する橋渡し役も担うつもりです。
ーーほかの国にも進出するつもりなのですか。
榊原:ユダヤ人を追いかけるつもりなので、次は都市人口60万人のうち約30%がユダヤ系のアメリカのボストンを考えています。抱える社会問題が重大でビジネスの伸びしろが広いという観点からは、パレスチナ自治区とアフリカにも関心を持っています。
サムライインキュベートがイスラエルに拠点を構えて約2年が経った。それ以来、榊原氏は、東京とイスラエルを往復する生活を続け、現地で多くのスタッフやビジネスパートナーと密接なネットワークを構築した。写真下中央が榊原氏(写真提供:サムライインキュベート)
イノベーションには2種類ある
ーー榊原さんは、イスラエルだけでなく世界のスタートアップとの交流が盛んで、オープンイノベーションの創出プロジェクトを世界でサポートしています。日本と世界のオープンイノベーション事情の違いを教えてください。
榊原:日本は、視点を国内にとどめてしまう傾向があります。言うなれば「オープンイノベーション in Japan」。他社との連携も日本企業としか考えていませんし、挑むマーケットも日本のみ。世界を見たとしても、そのタイミングは国内で成功した後。
世界はそれとは違っていて、最初から海外に照準を合わせ、国の壁を取っ払って組む相手を探しています。この視点の違いがスピードやビジネススケール、そしてイノベーションを生む力の差を生んでいるのかもしれません。
ーー日本は世界に通用するイノベーションを起こせない、と?
榊原:パナソニックの社長を務めた大坪文雄さん(現在は特別顧問)とイノベーションについて話した時、こう言われました。
「イノベーションには2種類あって、1つは『破壊的イノベーション』、2つ目が『積み上げ型イノベーション』。後者における日本の力は圧倒的に強い」
その言葉で気付いたのは、日本は積み上げ型イノベーションを起こしているのに、その自覚がないこと。アップルやフェイスブックのように、斬新なアイデアやビジネスモデルを生むことばかりに憧れ、それができない自分たちを卑下している。
でも、日本は改善や修正を繰り返し、先駆者を超える力がある。破壊的イノベーションを生む力が弱いと感じるなら、まさに、それが得意な海外企業と手を組むべきです。破壊的イノベーションの世界企業と、積み上げ型イノベーションの日本企業が手を組んだら、強力なタッグになりますから。
と、言っていますが、私もイスラエルで日本の力を思い知らされました。残間さんが言うように、日本市場や日本企業に興味を持っている海外の人は多くて、「日本の会社とつながりたいから君と組む」と言われたことが何度もありますから。
これだけ情報が簡単に取れる世の中でも、やっぱり現地に行って、生の声を直接聞いたり、経験したりしないとわからないことがたくさんあります。今回、残間さんが企画したコンテストもそう。参加し経験することで生まれる糧があるはずです。
新しいチャレンジに必ず価値はある
残間:オープンイノベーションを起こすためのコンテストを仕切っている立場からこんなことを言うのはおかしいですが、こうしたコンテストを通じて世間で言う「成功」を納める確率は1000個のうち3個くらいかもしれません。会社からは「成功の確率を上げろ」と口すっぱく言われていますけどね(笑)。
それでも、新しいチャレンジをしたことは、きっと大きな力になると確信しています。参加してくれた人たちには、必ず今まで得たことがない人脈、考え方、気づきを得ていただくことができると思っています。
世界10カ所同時展開ですから、世界の動き、空気、やり方、課題感の違いなどもたくさん感じることができると思っています。
榊原:おっしゃる通りで、こうしたコンテストの「成功」をどう定義するかだと思います。最優秀賞に選ばれなかったら、失敗なのか。そうではないと思います。行動に移し、参加するだけで、得られるものがきっとある。今後のビジネスの肥やしになるはずです。
残間:私たちのコンテストは、もちろん私たちとの協業も視野に入れてほしいですが、実は「みんなが“勝手に”出会い、新しい化学反応を引き起こす」場であると思っています。
「さぁ、ともに世界を変えていこう」というコンテストのコンセプトは、世界のイノベータが集まったら、さまざまな世界が抱える課題を解決することができると考えています。もし、少しでも共感する気持ちをお持ちの方は、ぜひ参加を検討してもらえると嬉しいです。
(文:阿部祐子、写真:風間仁一郎)
豊洲の港からPresents
第5回オープンイノベーションビジネスコンテスト 
世界10カ国で同時展開する第5回オープンイノベーションビジネスコンテストの応募条件や特典、選考テーマなどの詳細が10月26日に決定、公開されました。詳細は こちらですので合わせてご覧ください。
*関連記事のご紹介
NTTデータのオープンイノベーションビジネスコンテストの関連記事として、第1回オープンビジネスイノベーションコンテストで最優秀賞を獲得したマネーフォワードの辻庸介CEOと残間室長の対談、第4回のイベントリポートを掲載しています。合わせてお読みください。