ケガや挫折の乗り越え方で、野球人生が大きく変わる

2016/9/30
自分自身でいま振り返っても、トミー・ジョン手術(側副靭帯再建術)をよく乗り越えたと思います(前回記事参照)。
術後、病院で夜中に目が覚めてトイレに行こうと思ったら、患部のひじに激痛が走りました。人間が起きようとすると全身の筋肉が動くので、それくらいの動作だけで両手に痛みを感じるわけです。
本当に痛くて、「人生で初めての痛み」でした。
それでも自分にとって、手術、リハビリは本当にいい経験になりました。あのときがあったから、いまの自分があるといっても過言ではありません。
そう断言できるのは、手術を通じてさまざまなことを学んだからです。

手術とは、こういうものだ

私が計5度の手術を受けたなかで、最初がボーンチップでした。
※ボーンチップは遊離軟骨=通称「ネズミ」といわれるもので、関節からはがれた軟骨や骨のかけらが関節の中を動き回ること
その際、担当の先生に「全身麻酔ではなく、局部麻酔でやってほしい」と頼みました。
なぜかといえば、勉強のために自分のひじの中を見たかったからです。全身麻酔で寝ていたら何もわからないまま終わるので、部分麻酔を頼みました。
でも、「痛くて耐えられないからダメだ」といわれました。
せめてもと術中にひじの内部を撮影したビデオをもらいましたが、川のように水が流れてくる映像だけなので、何にもなりませんでした。
そういうことが重なり、5回目の手術となったトミー・ジョン手術の際、何から何まで勉強しようと思ったんです。
手術の半年くらい前から日本の整形外科の先生に質問をすごくぶつけて、だんだん自信がついていきました。
「手術はこういうものだ」と理解でき、さらに体の仕組みを勉強したことで、「こうやって体づくりをすれば、こういうボールを投げられる」と考えられるようになったからです。
自制心を持ってドクターとしっかりリハビリすれば、人間の体は自分で再生する能力があるとわかったことも大きかったです。
それにより、いろいろなことに対してあまり心配しないようになりました。
たとえば、老化による病気は誰にでも起こりえることですよね。「人間、そうなるときにはそうなる」と、いい意味で物事を受け入れられるようになりました。
桑田真澄・元巨人投手もトミー・ジョン手術を乗り越えた一人。メジャーリーグでもプレーした

人の動きから、いろいろわかる

テレビを見ていると、時々、相手の体を触る前から「あなたは右足が痛いね」「ひじが痛いね」という医師がいます。
それは専門家だからわかるのではなく、体の仕組みを理解すれば、誰にでもわかるようになることです。
たとえば腰が悪かったとして、東洋医学的にいえば、痛みの原因は必ずしも腰だけではなく、いろいろな要素が絡み合った結果、腰に痛みが出るわけです。
また、腰から血が出ているとしたら、血が出ている原因を探らないといけません。
こうした行為が、医学です。スポーツ医学についても同じことがいえます。
こうやって私はいろいろ勉強したので、グラウンドや日常生活で人の動きを見ているだけで、さまざまなことがわかるようになりました。
それが後に、スカウトの仕事に大いに役立っていきます。

ゼロポジションの“誤解”

アスリートはパフォーマンスをするだけでなく、体の仕組みからトレーニングの仕方をはじめ、さまざまなことを自分で理解できるようになる必要があります。
その理由の一つは、世の中には、専門家による間違った言説も存在するからです。
一例が「ゼロポジション」といわれるものです。
野球のピッチャーは、「ボールに角度をつけろ」と教えられます。バッターにとって、ピッチャーの投げたボールが向かってくる軌道と自分の目線の関係で、角度のあるボールは打ちづらいからです。
ピッチャーのボールに角度をつけさせるため、「ひじを上げて投げろ」という人がいます。そうした意図で数年前にはやったのが、ゼロポジションでした。
もともとゼロポジションは整形外科の用語で、肩の使い方についての概念です。ネット上にいろいろな解説があるので、詳しく知りたい方は探してみてください。
ただし一ついっておくと、それぞれの人によって、一番スムーズに投げられるポジションは違います。だからみんな、違う投げ方をしているわけです。
それなのに野球の専門家ではない医者が、「ゼロポジションで投げたほうがいい」といい出しました。
「棒を持って振っていれば、球が速くなる」とか、おかしな話にだまされる人もいたくらいです。
本来、整形外科の観点からだけで考えるのではなく、野球をするのだから、野球についても理解している必要があります。
一方で選手の立場になると、たとえそういう不自然な話をする人がいたとしても、自分で正しい知識を持って、「世の中にそんなおかしな話はない」と見抜かなければいけません。

意識の中から痛みを外す

私はトミー・ジョン手術を受ける前、体のことだけではなく、メンタル面についても勉強しました。いわゆる心や脳、その歴史、さらに宗教などについてです。
勉強してみると、人が「痛い」と感じるのは、脳に理由があるとわかりました。
そこで浮かんだのが、「脳をコントロールできれば、痛みを感じないんじゃないか」という考えです。
実際、そういう話をする気功の先生がいます。その先生が提唱する話を私もやってみましたが、ものすごく有効でした。
いわゆる痛みを自分の意識の中から外して、無意識にできます。
私は達人レベルには行かず、かじっただけですが、それでもセルフコントロールの効果がすごくわかるようになりました。

日本球界はすごく遅れている

野球を始めてからいろいろなことがあり、さまざまなケガを全身にして、最後に一番大きいケガをしました。その結果、トミー・ジョン手術を受けたわけです。
読売ジャイアンツを辞めてからの2年半くらい、ものすごく時間がありました。そのころに、これまで述べてきたようなことを経験できて、次の20年間をすごす上での土台をつくることができました。
手術をして、リハビリをしながら客観的にすごせた時間がすごくあったので、この世界(野球界)がよく見えるようになったんだと思います。
日本の野球界は育成もトレーニングも、世界の最先端からものすごく遅れています。キャンプを見に行けばわかりますが、どこのチームも通り一遍で、同じことをやっています。
日本の指導者は「いままでこうやってきたから」と同じことを繰り返すばかりで、多くの引き出しもありません。本来、指導者はもっと勉強しなければいけない。
だからこそ私は、選手を育てるアカデミーをつくりたいと思っています。
(構成:中島大輔、写真:Lisa Blumenfeld/Getty Images)