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「努力をすれば報われる」と思う人は15% 厳しい反応相次ぐ

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神奈川県横浜市の「市民意識調査」の結果が、ネットで注目されている。「今の世の中は努力すれば報われる社会だ」と思う人は、たったの15.2%。「こんな世の中で頑張ろうとする奴はマゾ」という厳しい声もあがった
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たくさん努力したことを後悔している方をみたことがありません。

逆に努力の不足を後悔する方は星の数ほどいらっしゃいます。

ということは、たくさん努力された方は当初の目的が達成されたか否かに関わらず、何かしら満足する結果を得たということではないでしょうか。

ある戦国武将の逸話ですが、部下が「私はいつか四国を治めてみせます」と語ったことをたしなめてこう諭したそうです。

「目標は大きく持ちなさい。四国統一なんて小さな目標でどうするのですか。そんな目標では決して大した武将にはなれません。どうせ目指すなら全国統一を目指しなさい。それぐらい高い目標をもって人の何倍も努力して、ようやく四国統一が叶うというものです。」
人生には巡り合わせや運があり、よって浮き沈みもあるものです。努力すれば必ず報われるかどうかはわかりませんけれど、努力しなければそういう巡り合わせや運を自分の方に引き寄せることも出来ません。僕のこれまでの人生、不運や嫉妬による策略に引っ掛かって、まさかというような逆境に陥り絶望に打ちひしがれた日々も何度となくありましたが、人の倍の血のにじむような努力でその後の逆転運を引き寄せてきたと思っています。
このニュースが伝えているのは、横浜市の2,200人にアンケートを取った結果、「努力は報われる」と答えた人が1988年の44%から2016年は15%に減ったという事実。それ以上でもそれ以下でもない。
景気後退と賃金低下によって、人生の不条理を感じる人の比率が劇的に増えた。このファクトを政策決定に携わる人にしっかり受け止めてもらえれば良い話。

それとは別に、個人がどのように生きるかという話をすると、確かに好きなことをやっていれば努力そのものが報酬(=好きなことをたくさんできること)になるので、絶対に報われますね。取りっぱぐれがない。この考え方は重要だと思います。
日本人が口癖にする「頑張ろう」「頑張って」という言葉はそのニュアンスを翻訳することが不可能な単語だそうです。

それほど勤勉を尊び、頑張ろうを口癖にしてきた日本人が、何故これほどまでに、努力に対して絶望するようになってしまったのか、実はとても大きな問題のように思うのです。

このことは、多分倫理観の変化を表している現象ではありません。

なんとも言えない社会の閉塞感、先の見えない日本の未来への絶望感による、ある意味自暴自棄的な感情の表れではないかと私は考えます。

だから社会のリーダーがなすべきことは、単に努力の大切さという倫理を解くことではないと思うのです。

今の若者たちに対して必要なのは、明るい未来へのビジョンを示し、実行への道筋を明らかにすることなのではないでしょうか。

そうすればきっと誰に説かれずとも、みんな、「頑張る」という努力を尊ぶ日本人としての美徳を再び取り戻すはずだと思うのです。
努力すれば必ず報われるかというと、そうではないかもしれないが、努力をしなければどんな分野でも高みに到達することはできないというのが現実でしょう。
「deliberate practice」や「grit」で検証されている“成功に要する努力”は、トータルで10000時間とか、1段階1000時間とか、それくらいの総量です。しかも「孤独で辛い反復練習」です。

これくらいの努力を積み上げれば、ほぼ確実に報われると思うのですが。

努力しても報われないと考えている人は、想定している努力の総量が小さ過ぎるのでしょう。
でも、そもそも努力をしないと報われないでしょう。
努力をすることは確かに大事です。
やみくもに努力すれば結果は伴いません。
方向が合ってなければ向かう先は変わるからです。
正しい努力になっているかを検討することは大事でしょう。
もし検討した結果、ずれていたら修正すればよいだけです。
いままで頑張ってきたからと、努力の方向を変えないでいると報われないのはしょうがないとも言えます。
変える勇気、認める勇気が必要になってきます。

けれども、やみくもに努力して、いわゆる「無駄な努力」であったとしても、それを活かして、それがあったから今の自分がある、そう言えるようになることも1つの強さです。

そして、

本人は好きでやっていて、努力しているつもりはないけど、まわりからはすごい努力をしているように見られるものを選ぶことは、さらにこれからの時代に大切になってくるのではないでしょうか。
経済的な豊かさを得るために努力すべき時期と努力の内容が、日本と他の国々では相当に異なります。「努力が報われない」と感じる大きな原因の一つはそれでしょう、多分。
新卒時点で大企業(官庁)に正社員として雇われれば、定年まで年功ベースの賃金が保障されて生活は安泰です。そこで失敗したら、多少の努力をしても一生涯、取り戻すのが難しい。幸い正社員として雇われた人も、仕事・時間・働く場所は会社と上司任せで自由がない。努力して独自のキャリア(仕事の実力)を磨くより、上司の言う通り仕事をする方が安全です。うっかりすると、入社した時の序列でその先の処遇もかなりのところまで決まってしまう。
「社畜」と記事にありますが、何の仕事をするかを決めずに新卒時点で一括採用され、会社の命じるまま働く義務と引き換えに定年まで生活が保障されるシステムが「社畜」を生む原因です。そして新卒時点で社畜の資格を得ることが、日本型雇用システムの中で豊かさを手に入れる大きな手段。そのためにどんな努力がいつ必要か。
大学卒業時点で大企業や官庁に有利な立場で入るには、高校を卒業する18歳時点で就職に有利な大学に入る必要がある。そのためには、それなりの高校に行って受験勉強をする必要がある。受験に有利な高校に行くためには中学で・・・ ということになって、多感な青春が受験勉強で消えて行く。受験勉強が報われる努力の要諦です。目出度く正社員になれた人は報われたと感じるし、氷河期で失敗した人は報われないと感じてしまう。受験勉強も勉強ではありますが、受験に有利な科目を選んでそのためにだけする努力に空しさを覚える人もあるでしょう。そういう人は、そもそも、これを必要な努力と感じない。
この状況を変えるには、食って行く手段であるキャリアを会社と上司が決める、極めて特殊な日本型雇用システムそのものを見直すしかありません。自ら磨いたキャリアに従って給料が決まる普遍的な雇用システムなら、何歳になっても努力は報われます。独立して事業をやっている皆さんは、努力が報われないなんて、今でも思ってはいないはず。
努力するひとチャンス
努力をすると、当初望んでいた報いがなくとも、三年後くらいに別のことで報われたりする。
努力は投資。
と思えばストレスも軽減。