【ダ・ゾーンCEO】Jリーグへの関心を海外でも広げたい

2016/9/9
イギリスに本拠を置く、世界最大級のスポーツコンテンツ&メディア企業のパフォームが、日本でスポーツストリーミングサービス「DAZN(ダ・ゾーン)」をスタートさせた。Jリーグと10年2100億円という巨大契約を結び、マルチデバイス対応でサッカーや野球、テニス、ラグビー、総合格闘技などさまざまな競技を月額1750円で提供する彼らの狙いはどこにあるのか。ジェームズ・ラシュトンCEOに話を聞いた。

日本市場に参入した背景

――8月23日に行われたダ・ゾーンのローンチ会見で、「夢が2つある。家族とスポーツだ」と話していました。スポーツの夢とはどういうものですか。
ラシュトン:スポーツの夢は、イングランド代表でキャプテンになることでした。でも、それはもう無理でしょうね(笑)。
ダ・ゾーンの日本における夢は、ファンファーストのサービスを届けること。最高の品質のスポーツを手頃な価格で提供することができれば、その夢がかないます。JリーグやVリーグ、JRFU(日本ラグビーフットボール協会)などというライツホルダーと協力して、日本人のスポーツへの興味を拡大し、スポーツに参加する人数を増やし、それによってJリーグやVリーグ、JRFUのファンの数を増やすことでダ・ゾーンのサービスを成功させていきます。
ダ・ゾーンのジェームズ・ラシュトンCEO。バーミンガムシティFCのコマーシャルディレクターを務めた後、2003年パフォームグループに入社
――個人的な話をすると、プロ野球とサッカーでスカパーに月1万円ほどと、メジャーリーグを見るために「MLB.TV」には年間120ドルくらい払っています。対してダ・ゾーンの場合、全部で月1750円(税抜き)です。なぜ、そんなにリーズナブルな価格にできるのですか。
リーズナブルだと思ってもらえてうれしいです。まず、日本で成功した証拠ですね(笑)。いまおっしゃってもらったスポーツの見方こそ、日本の市場に入っていこうと思った理由の1つです。従来のリニア型のテレビでは、放映権がそれぞれの放送局にあります。しかも月額3000円以上と、割と高額の料金を払って見ることになります。
――日本でスカパーとWOWOWに加入すると、毎月けっこうな額になります。
そこで弊社にチャンスがあると思いました。ファンファーストで、視聴者たちが好きそうなコンテンツを手頃な価格で提供すればいい。既存の契約を1つやめてダ・ゾーンに加入していただく人もいれば、Jスポーツやスカパーを見続けながらダ・ゾーンに加入するかたちも想像できます。ダ・ゾーンは他社の競争相手でありながら、補完し合える部分もあると思います。

人気競技は独占配信したい

――ダ・ゾーンはリーズナブルですが、スカパーとの契約をやめることができません。なぜならダ・ゾーンではセリエAの試合が放送されているものの、インテルとミランに関しては見られないからです。その理由を教えてください。
セリエAの場合、放映権をスカパーと共有しているかたちになります。弊社が放映権を獲得してスカパーに一部分をわたしたのではなく、もともとのエージェンシーとの契約で最初から分けられていました。しかし、日本でセリエAがとても人気なのはわかっているので、近い将来、全試合をライブ中継するつもりです。
――正直、たとえばカリアリやトリノというチームはほとんどの日本人ファンにとって興味の対象ではありません。ただ、ミラン、インテルには日本人選手が所属しているので、とても関心を持っています。だから、なるべく早く放映してください。
次に放映権を獲得するチャンスが回ってきたら、ぜひ獲得したいと思います。セリエAだけではなく、それにサッカーだけでもなく、プレミアムスポーツの放映権を獲得するチャンスが回ってきたら、日本国内外問わずに獲得したい。いまのかたちがファーストステップなので、これからどんどん増やしていく予定です。なるべくライブで独占配信したいと思います。
ダ・ゾーンの強みのひとつとして、コンテンツの幅が広いことがあります。ミランとインテルだけではなく、トリノの試合も放送しています。確かにマスマーケットのファンは、日本人選手がいるからミラン、インテルに興味を持つでしょうが、同時に日本には多くの韓国人が住んでいます。だから、韓国のサッカーも見られるようにします。日本にはオーストラリア人も多く住んでいるので、彼らの好きな競技も見られるようにします。
ダ・ゾーンはリニア型のテレビとは違って制限がなく、全部のコンテンツを映すことが可能です。何を見るかは、ファンたちに自由に選んでもらえるのがダ・ゾーンの強みです。
パフォーム社の日本のオフィス

Jリーグと巨大契約した理由

――Jリーグとの契約について聞かせてください。2100億円という巨大契約を結びましたが、その価格は安いか、適切か、高いか、どう思いますか。
Jリーグとダ・ゾーンの双方にとって、フェアな額だと思います。Jリーグとパートナーシップを結びたかった理由はいくつかあって、既存ファンベースが1つです。
ただ既存ファンだけでなく、弊社が投資することによって、そしてJリーグと協力して制作の質を上げることで、ヨーロッパサッカーと同じくらいまで人気を伸ばしていこうと思っています。目の前の2、3年ではなく、7〜10年にわたって考えたとき、ダ・ゾーンにとって非常にいい契約だと思いますね。今回の弊社の投資により、Jリーグもこれまではできなかった投資ができるようになるでしょう。
――なぜ、Jリーグはより多くの人気を得ていく可能性があると考えていますか。
ダ・ゾーンは非常に分析が得意で、いろんな調査を行ってから放映権を獲得しています。1つ例をいうと、フェイスブックやツイッター、LINE、YouTubeなどSNSを調べます。
Jリーグのツイッターのフォロワー数を見ると、そんなに多いわけではありません。ただしJリーグの検索をしている人の数を見ると、フォロワー数の10〜15倍くらいいます。つまり、Jリーグは新しいファンを開拓していくのではなく、(潜在的に)ファンがすでに存在しているのです。
ただし、そのファンたちにアピールするようなサービスを提供していく必要があります。
――Jリーグと契約した理由はいくつかあると話していましたが、そのほかのものを教えてください。
ファンたちが非常に情熱を持っていることです。それに村井(満)チェアマンと彼のチームと話していたときに一番感動したのが、本当に前向きな考え方をしているところでした。彼らは、Jリーグが成長するのには投資する必要があることを本当によく理解しています。
その投資とは、スタジアム、新しいタレント発掘、選手獲得、中継制作のレベル向上。そうやって商品としてのJリーグにも力を入れる必要があると理解しています。Jリーグのファンベースや彼らの情熱を考えると、成長の余地とポテンシャルがあると私は自信を持っていうことができます。

特に狙う市場は東南アジア

――Jリーグと一緒に、アジアのマーケットを開拓していこうという考えはありますか。
弊社が保持している放映権は日本国内のみです。スカパーがあと2シーズン、国際放映権を持っています。ただし今後、Jリーグへの関心を海外でも広げていきたいと思っています。
ダ・ゾーンとJリーグは長期的なパートナーシップを結んでおり、さまざまな方法で協力していくことができます。たとえばパフォーム社にはパブリッシングとメディア事業部もあり、「Goal.com」という世界最大のサッカーwebサイトと協力することもできます。「Goal.com」は特に東南アジアで人気があるので、その市場においてJリーグの人気を高めることを目指しています。
――パフォームとJリーグが組んで、コンテンツの中身を充実させていくことも鍵になりますね。Jリーグをヨーロッパサッカーと比べて、中継制作における質ではどんな差が大きいですか。
違いの1つとして、カメラがあります。台数、ポジション、レンズの種類、カメラのスペックですね。たとえばカメラの台数を増やすと、ディレクション、プロダクションをどう変えるかなど、いろいろ考えなければいけないことがあります。
ダ・ゾーンにはそうした制作の経験があり、さらに世界中にメジャーなプロダクションパートナーがいます。Jリーグともさまざまな点で協力することによって、中継の質を高めていきます。来シーズンが始まったとき、Jリーグのファンが驚き、喜んでくれると確信しています。
さらに、Jリーグと協力し、中継へのデータの取り入れ方について力を入れていきます。一般的なスタッツ、プレーヤーパフォーマンス、トラッキングデータなどをどういうかたちでビジュアル化するのか。世界トップレベルのスポーツであるメジャーリーグやプレミアリーグから学び、参考にしながら毎シーズン、少しずつ質を上げていきたいと思います。
最新設備を備えたスタジオ(提供;DAZN)
ローンチ時より年間6000試合以上を配信予定(提供;DAZN)

重要なのはマルチデバイス対応

――中継の質が上がれば、ユーザーは使用時間が増えていきそうですね。ただし、スポーツ中継をスマホで見ると、通信料がものすごくかかります。たとえばNTTなどとダ・ゾーンが組み、通信料を安くしてくれるとファンは助かりますが、そういう予定はありますか。
それについては、2、3の答えをいわせてください。まず、弊社が日本市場に興味を持った理由の1つとして、インターネットに接続している人口が多いことです。しかも大都市が多くて、至るところで無料Wi-Fiに接続できます。ダ・ゾーンを使う際、モバイルデータを使わずに無料Wi-Fiにつなぐことのできる環境が整っています。
2つ目は、ダ・ゾーンはファンたちを最優先するサービスであり、サービスの改善をするときにもファンを第一に考えています。弊社がここ9カ月くらいずっと見てきているのは、そのバランスです。つまり、すべてのデバイスでダ・ゾーンが見られることも大事ですが、その中で最高の体験を得ながら、それでいてデータ通信を使いすぎないようなかたちにする。ファンにとって質とコストで、どうすれば最適化を目指せるのか。そういうことを研究しているテクノロジーチームが弊社にはあります。
3つ目は記者会見でもいいましたが、ダ・ゾーンはマルチデバイス対応なので、スマホでもパソコンでも見られますが、テレビにつないで見ることもできます。
そして、4つ目の答えを見つけてしまいました(笑)。固定もモバイルも合わせて、ほぼすべての通信会社と話し合っているところです。マーケティングパートナーシップ、コマーシャルパートナーシップについて、さらに運営上の要素についても話し合っています。われわれの会員が通信会社のネットワーク上でダ・ゾーンを使うときの特別価格を設定できるか、話し合いを続けています。交渉はこれからも続くと思いますが、何か決まったら発表します。
――4つ目が実現すれば素晴らしいですね。最後に一人のユーザーとして、ダ・ゾーンはスマートテレビにつないで見られることに感謝しています。なぜならスポーツを小さい画面ではなく、大きい画面で見られるのは本当に重要だからです。スポナビライブでは小さいスマホやタブレットでしか見られないという不満の声が、多く聞こえてきました。
ダ・ゾーンが素晴らしいサービスを提供することもそうですが、ユーザーにとって好きな見方ができるのが非常に重要です。私は37歳という世代だからかもしれませんが、通勤中にスマホでスポーツ中継を見る一方、イングランドがサッカーのワールドカップ決勝に勝ち進んだ場合、65インチの大画面でビールを飲みながら見たい。iPhoneは素晴らしい製品ですが、その試合はテレビで見たいと思います。
やはり弊社にとって重要なのは、本当の意味でのマルチデバイス対応のサービスを行うことです。まあ、イングランドがワールドカップ決勝に行けるとは思いませんが(苦笑)。
(撮影:小林正)