【Jリーグ村井チェアマン】Jリーグと世界の差(第4回)

2016/9/8
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――何年までにワールドカップで優勝するとか、Jリーグのスタジアムを満員にするとか、村井さんの描く日本サッカーの理想があると思います。チェアマンとしての任期もある一方、その理想を目指してどんな仕事をしていきたいですか。
村井:誤解を恐れずにいえば、私の任期中に具体的な成果を出す必要は必ずしもないかもしれません。
たとえば、任期中にJリーグの次の10年をきちんと設計し、将来成果が生まれる仕組みをつくって次のチェアマンにバトンタッチすることが大切ではないのかと考えています。
任期1年目に始めたJリーグヒューマンキャピタル(プロスポーツの将来を担うマネジメント人材を育成するためのコース)は、今年中の法人化を目指しています。
いまJクラブは53ありますが、たとえば1年で数名ずつ、10年かけて50人の経営者を育てていけば、このリーグはもっと発展しますよね。サステナビリティという言葉がありますが、永続して成長していく仕組みをビルドインすることが大事です。
だから、「私の代でこれをやった」というのはどうでもいいことなのです。その次の経営者を多く育てたり、次の10年の財務基盤を整えたり、そうした基板設計をこの数年でやればいい。
あとは育てた人たちがプロの経営者として成長し、彼らが経営を回していくので、それこそリーグやクラブの未来図をどう描いていくかは、次の世代の人たちが決めればいいと思います。
村井満(むらい・みつる)
1959年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、日本リクルートセンター(現在のリクルート)に入社。2004年にリクルートエイブリック(のちのリクルートエージェント)代表取締役社長に就任。2011年にリクルートの香港法人の社長を任され、2013年まで務めて同社会長に昇格。一方、2008年からJリーグの社外理事を務め、2014年1月、5代目のJリーグチェアマンに就任した

50人経営者を育てれば、Jは盤石

――いま、自身が果たすべき役割はどう考えていますか。
日本サッカー協会が2030年までにワールドカップでベスト4に入ることと、2050年までにワールドカップをもう1回日本で開催し、そこで優勝することを将来のビジョンとして掲げています。私の立場で「そんな30年先、50年先のことはわからない」というのは無責任です。
日本サッカー界としてベスト4になると宣言している2030年まで、残り14年しかありません。
ドイツのマリオ・ゲッツェ選手は22歳のときにブラジルワールドカップファイナルで決勝ゴールを挙げていますが、彼が8歳だった14年前の2000年からドイツは育成改革を始めています。
2030年に22歳を迎える選手は現在8歳。「育成において、8歳の子が14年後にワールドカップデビューできるような手を、いまJリーグは打っていますか」と問われているわけです。
いまの8歳の子に対する育成メソッドとして、「日本が世界で一番輝いている状態」が先行指標としてあって、その後の工程の成果が10数年後に出てきます。
2000年のユーロ(欧州選手権)でドイツ代表が1勝もできずにグループリーグで敗退したところからドイツサッカーの育成改革が始まって、2014年のワールドカップでは準決勝でブラジルに7対1で勝ちました。彼らが2000年当時、いますべきことに手を打ったからこその結果です。
われわれがいま、育成年代にできることは何か。まずは日本サッカーが世界でどのレベルにいるのかを把握していかなければならないので、J1、J2の40クラブについて、プレミアリーグやブンデスリーガの全クラブと同じ基準で、育成に関する項目として400項目を挙げ、それに基づき採点を始めています。
いまは惨憺(さんたん)たる結果ですよ。ですが、これからの14年間でその差を埋めにいって、世界最高レベルまで引き上げていく。
先ほど話したタイムラインで考えるとは、そういうことです。先のビジョンを示すけれど、いま手を打たないというのではいけません。的確なファクトを集めながら具体的なマイルストーンを設定して、そこに向けた手をいま打っていくことが大事です。
チェアマンの私の役割とは、そういうことですね。数万人のサポーターに向かってしっかり説明責任を果たせて、戦略に基づく財務基盤の強化も実行できる経営者を50人育てれば、Jリーグは盤石になるからです。
スタジアム建設も同じです。いま、Jリーグの試合を見ていただく際に、お客様とピッチの間に陸上トラックがあるのは寂しいですよ。では、どうやってサッカースタジアムができるまでのステップを埋めていくのか。
政府のスポーツにおける将来構想に関するプロジェクトにも積極的に参画し、サッカーに限らず、地域にどういったスポーツ施設が整っていくことがベストなのかをゴールにしながら、マイルストーンを進めていきます。

不満度大=成長ポテンシャル

――普段野球を中心に取材している者として、タイムラインで見てくれる経営者がいるJリーグはうらやましいと思いました。ただファンやメディアの立場からすると、いま、いいたいことをいうものです。
いいと思いますよ。私もそうでした。
――個人的にはスコットランドのセルティック・パークで迫力ある試合を何度も見てきたので、たとえば味の素スタジアムで観戦すると、箱の魅力の欠如を感じます。日本にはJ1のスタジアムには行かないけれど、海外サッカーをテレビで見る人が一定数いますが、目の肥えた彼らがスタジアムに来てくれるようになれば、Jリーグは盛り上がっていきますよね。今回のパフォーム社との契約でさまざまな施策が打てるようになり、そうした点について解決の一手になると思いますか。
そういう方々はサッカーが大好きで、サッカーに対する期待値が高いあまり、いまのJリーグに対する不満感が大きいのだと思います。もともと期待していない人は、不満も大きくないですものね。
不満度合いの高い方がたくさんいるということは、成長のポテンシャルも非常に大きいということです。話題に上がらなくなったり、ご意見もいただけなくなったりしたら、もう終わりですから。
――そうなると試合途中で帰ったり、テレビを消してしまいますね。
そうですね。今回のパフォーム社との契約により、「ヨーロッパサッカーは見ているけれど、日本のサッカーは面白くない」という人たちにとって、「ヨーロッパと比べて、Jリーグの何が、どのくらい面白くないか」が明らかになります。
なぜなら定額で、Jリーグも海外サッカーもあわせて見られるようになるからです。逆に、これまで海外サッカーを見ていなかった人も見るようになります。
「何だ、Jリーグよりもっと面白いじゃないか」となれば、「Jリーグ、もっと頑張れよ」という声が大きくなる。そうした声がJリーグに火をつけていくエンジンになるので、いいことだと思います。
ある意味で私も、「なんだよ、Jリーグ」と思っていたこともある一人なので。

Jリーグ自身が世界との距離提示

Jリーグとしても、世界との差が可視化できる働きかけをしようと、昨年末と今回に「J.LEAGUE PUB Report」という調査冊子を発行しました。Jリーグ公式サイト上にある電子書籍でご覧になれます(Jリーグの公式HP参照)。
2ステージ制を導入してファン・サポーターとの間で大激論がありました。「では終わったときにどうだったのかをきちんと総括して、情報開示することで還元しなければいけない」ということで、昨シーズン終了後に創刊しました。
いいことも悪いことも書いています。年に1回総括しただけでは十分ではないだろうという意見が社内から出て、今回、ファーストステージが終わったところで2冊目を発行しました。その中で、世界との比較を徹底的にやっています。
「僕は普段プレミアリーグやブンデスリーガを見ていますが、Jリーグは面白くないです」という声がJリーグにも届きます。本当のところはどうなのか。競技、スタジアム、マーケティングなど、さまざまな観点から比較し、中身を可視化しました。
数字で表して、「Jリーグはこれだけダメなんだよ」とはっきり伝えていくことが、いまのJリーグには必要です。
競技面でいうと、2015年にトラッキングシステムを導入したことで、同じ基準でUEFAチャンピオンズリーグとデータ比較できるようになりました。世界とのギャップが可視化されたときに、たとえば、「アタッキングサードへのパス本数をどうやって増やしていくのか」といったヒントとなる数字を毎節各クラブにフィードバックしていくことが、成長につながります。
「Jリーグはもっと面白いサッカーをしてくれよ」という声を上げてくださっている方は、こういう数字を感覚として認識されている方たちだと思います。その声を具現化、定量化して、サッカー界自体にフィードバックしようという狙いで今回夏バージョンをつくりました。
Jリーグがどういう課題を持っていて、どこがイケていないかをわれわれ自らどんどん出していくことが、「こういうサッカーをしようよ、見たいよ」と本気で思ってくださっているファン・サポーターたちに対する、ものすごく大事なメッセージになると思っています。
そういうファン・サポーターの方で、いまJリーグから少し離れている方々には、「頼むから信じてほしい」と伝えたいです。
また、新たにサッカーに関心を持ち始めたファン・サポーターにも、こちらがもっともっと情報を開示して、レスポンスをいただいて、肥やしにして、「こうしよう」とやるべき手を明らかにしていく。こうしてサイクルを回していくことで、Jリーグは成長のエンジンにしていこうと思っています。
(撮影:福田俊介)
*村井チェアマンのインタビューは本日で終了です。明日はダ・ゾーンCEOのインタビュー「Jリーグへの関心を海外でも広げたい」を掲載します。