人工知能(AI)の急速な発達によって私たちの生活が大きく変貌しようとしているなか、数々の不安や疑問が生まれている。人工知能が人間の仕事を奪うのではないか。人工知能が人間の能力を超えて、いつか人類を滅ぼそうとするのではないか。はたして私たちは人工知能とどのような関係を作ればいいのか。

『人工知能は私たちを滅ぼすのか』(ダイヤモンド社)の著者である児玉哲彦氏は、人工知能の今後を読み解く手掛かりとして、人工知能100年の物語を聖書になぞらえている。本連載では「IoTと人工知能がもたらす2030年の社会」はどのようなものか、歴史を振り返りながらその道筋を探る。

第4回は本連載の最終回。人工知能が私たちのライフスタイルを大きく変えるなか、人間の仕事の未来はどうなっていくのか。人類と人工知能がどのように共存していくことができるのかを追う。

#1 人類とAIが向かうべき「トゥルーノース」
#2 目や口や体でコンピュータと「対話」する
#3  人工知能がもたらす「自由と代償」とは

まっさきに変わりつつある頭脳労働

モラベックのパラドックスに従うなら、まっさきに人工知能が用いられるようになるのは、構造化された文章や数字などの記号的な情報を扱う、医師や弁護士、その他の頭脳労働、いわゆる士業の仕事です。
例えば、医師や弁護士といった仕事を例に考えてみましょう。いずれも今の社会でもっとも高度な専門性が必要とされると考えられ、国家資格などの取得も難しく狭き門となっています。それは、これらの職業がいずれも大量の知識を必要とし、かつその知識を用いて患者やクライアントの状況に合わせた適切な対処を判断することが求められるためです。しかし、これらはいずれも、今日の人工知能が得意とするところです。
例えば弁護士の仕事においては、その多くを占めるのは案件に関わる法律の文面と、過去の判例においてその法律を適用してどのような判断がなされたかという情報の参照です。日本のユービックが提供する LitiView というサービスは、過去の訴訟についてのデータベースから類似判例のデータの抽出などを行うことができます。これは、これまで法律事務所の事務職が担っていた仕事を置き換えるものです。
次のステップとしては、コンプライアンスについての判断や訴訟案件への対応などについて、人工知能が方針を提案するようになっていくでしょう。
弁護士と一部職能が重なりますが、特許や意匠などの知的財産の管理に関わる弁理士の業務においても人工知能が用いられます。例えば日本のアスタミューゼは、既存の特許のデータベースをクラウド化し、特許の検索や類似情報の提供などを行っています。
会計士についても、日本のフリーが経理のクラウドサービスを提供しており、会計士との顧問契約を結んだ場合と比べておよそ十分の一の価格で利用できるようになっています。
経理のように、数字に対して形式的なルールを適用する仕事は、そもそも創造性を発揮 する仕事ではなく、発揮するべきでもありません。非常に人工知能に向いた仕事であり、人間が関わる余地は結果のチェックくらいになります(日本の大手メーカーで、経理で創造性を発揮することを試みたら、大変なことになりました)。
法務や経理に限らず、経営資源管理(ERP)や顧客関係管理(CRM)など、経営の現状把握と施策の検討を支援するビジネス・インテリジェンス・システムに、人工知能の導入が進んでいきます。
直接お金に関わる仕事は、数字を扱うため人工知能に向いています。実際、今日すでにもっとも人工知能が仕事をしている産業は、証券取引です。アメリカの証券取引においては、すでに5割以上の取引がプログラムによる自動売買によってなされていると推計されています。
これらのシステムは市場の動向にナノ(十億分の一)秒単位で反応するようプログラムされており、かつ連鎖的に反応するため、近年頻発する世界的な株価の連鎖的な乱高下の直接的な要因となっています。また今日、ファイナンシャルプランナーが行っているような個人向けの資産運用のアドバイスを行う人工知能が、今後登場してきます。
各種の科学研究における人工知能の活用については、ここではとても書ききれないのですが、一例を挙げるなら創薬の分野はとても有望です。今日の創薬はすでにタンパク質の構造の分子動力学による原子/分子レベルでの振る舞いのシミュレーションを用いて行われるようになっており、膨大な組み合わせ計算を行うためにスーパーコンピューターの利用が必須となっています。このようなデータからのパターンの抽出にあたっては、人工知能の活用が進みます。
また昨今、研究の不正が話題になり、適切な実験記録のノートが公開されなかったことなどが問題となりました。今後科学研究においては、データのクラウドへの保管と、論文審査の際にそのデータを用いた追試などが採録の要件として求められるようになっていきます。
このように、構造化された文章や数字などの記号的な情報を扱う仕事は、すでに人工知能の活用が進み、仕事のパフォーマンスに大きな差を生んでいます。

見聞きする人工知能−−パターン情報の処理

ディープラーニングの登場によって、人工知能は記号的な情報にとどまらず、構造化されていないパターン情報も扱えるようになってきました。例えば、一般的な文章や会話などの言語情報、画像や映像などの視覚的な情報や、音声のような情報もうまく扱えるようになってきました。
ことばでコミュニケーションを行うコールセンターや窓口、販売などの仕事。今後人工 知能のことばを使ったコミュニケーションの能力の向上が見込まれており、このような仕事は人工知能が活用されるようになっていくと考えられます。オックスフォード大学が 2013年に発表した、人工知能にとって代わられる可能性の高い仕事のランキングの一位は、電話営業でした。
すでにコールセンターでは、音声認識による自動応答が用いられています。2015年にみずほ銀行はコールセンター業務をワトソンに行わせることにしました。
また、「ペッパー」がすでに採用されている大きな用途として、銀行やコーヒーマシン メーカーなどの店頭での販売があります。ペッパーはまた、高齢者施設の娯楽プログラムで用いられる実験などが行われています。このように限られた接客や客への対応であれば、すでに今日の人工知能でも可能になっています。
大手通信社のAP通信は、すでに2014年から株式市場関連のレポートなどを人工知能に執筆させています。
その後は、視覚的な情報を処理するデザインやクリエイティブの仕事。こうした仕事は感性を扱うためにすぐに人工知能が活躍することは難しいように思えますが、創造的な行為にも、人工知能が用いられるようになってきました。
例えば、1997年のサンタクルーズの音楽祭で、デビッド・コープという音楽家が、バッハの楽曲のスタイルにもとづいた人工知能が作曲した楽曲を演奏したところ、観客の半分以上が実際のバッハの楽曲と人工知能の作品とを区別できなかったという例があります。
筆者の本業であるデザインにおいても、2015年にウェブサイトをコンテンツに合わせて自動でデザインしてくれる「ザ・グリッド」というサービスが開始されました(筆者も放っておくと2030年には失業しているかもしれません!)。
最近起こった出来事として、2020年東京オリンピックのロゴに対して、海外の既存のロゴに対する著作権侵害の可能性が指摘され問題となりました。ロゴや商標などにおける類似調査は現在人手で行われており、今後は人工知能を用いて行われるようになるでしょう。
言語、画像、音声などの構造化されていないパターン情報の理解は、ディープラーニングによって飛躍的に進みました。その結果、人工知能の応用範囲を記号的な情報の扱いから大きく広げ、これまで人間にしかできないと思われていた仕事を肩代わりできるようにしていきます。

体を持って生まれ落ちる人工知能

最後に、人工知能は人間の赤ちゃんのように体を獲得し、体を使った家事や肉体労働や介護や農業などの仕事をこなせるようになります。ペッパーの例のように、人工知能はロボットに搭載されることで、物理的な仕事をもこなせるようになるのです。
オフィスや家などの生活空間でうまく動き回ったり作業をしたりすることは今のところロボットにとって難しい課題で、現在は工場などの整備された環境で、型にはまった作業しかできません。
しかし、ディープラーニング以降の、自ら学ぶことのできる人工知能は、変化のある環境や型にはまらない作業についても学んで適応することができるようになります。そのため、長い目で見ると、ロボットがいよいよオフィスや家や街中など人のいる空間に入ってきます。
そうしたロボットは、「ペッパー」に代表されるように、まずは肉体労働を肩代わりするというよりはコミュニケーションのメディアとして利用されます。直近で普及するのは、人工知能を用いるというよりも人間が遠隔から操作する方式でしょう。車輪の付いた車体にアイパッドを取り付けて、遠隔地にいる人が会議などに参加できる「ダブル」というロボットが多くの企業において導入されるようになっています。
このようなサービスをテレプレゼンス(遠隔存在)といいます。筆者は、ロボットOS「ブシドー」を提供するアスラテックと共同で、遠隔地にある人型のロボットの視点に入り込んで、体の動きで操作できる安価なテレプレゼンスロボットの開発を行っています。 このようなテレプレゼンスロボットを用いて、バーチャルな旅行をしたり、簡単な作業を 遠隔から行うといったことが当たり前になっていきます。
今後、人工知能を搭載することで、人型のロボットが肉体労働を肩代わりしていくでしょう。今日存在する代表的なものとしては、掃除機ロボットのルンバが挙げられます。 ルンバを開発したのはミンスキーの弟子で、師匠の後を継いでMITの人工知能研究所所 長を務めたロドニー・ブルックスらです。ロボットはディープラーニングを用いることで、より複雑な作業もできるようになってきています。
2015年に、カリフォルニア大学バークレー校で開発されたロボット「ブレット」が、 洗濯物をきれいにたたむ様子のビデオを公開しました。まだロボットの作業は極めて遅いのですが、ムーアの法則によって、そう遠くない将来に人間と変わらないかそれ以上の速度で家事ができるロボットが登場するはずです。
特に、日本を始めとする高齢化の進んでいる社会では、高齢者自身の移動などを含む生活の介護に大きな労力が必要となるので、ロボットの活用に期待がかかっています。
ブルックスらはまた、「パックボット」という軍用のロボットも開発し、東日本大震災 の福島第一原発事故の直後に、放射線量の計測や動画の撮影などに用いられました。
今も原発の事故の後処理に、多くの作業員の方があたっています。2015年にDARPAは、このような過酷な災害現場での作業を行うロボットのコンテストを開催しました。
アスラテックは、リモートコントロールしたロボットを用いて、もともとは人間が扱う重機を操作し、雲仙普賢岳の土石流の除去を行う実験などを行っています。このように災害現場などの危険な環境での作業は、ロボットが担うようになります。
ロボットの実現と人工知能技術は、切っても切り離せない関係にあります。しかし日本では現在、ロボットの開発は多くの投資がなされ進んでいますが、そのロボットを動かすための人工知能に対して十分な投資がなされているとはいいがたい状況です。

交通と流通−−人間が運転するなんて危なすぎる

ロボットというと、先に述べたようにペッパーや鉄腕アトムに代表されるような人型のものを考えるかもしれません。しかし、人型ロボットよりも早く普及して社会にインパクト与える「動く」人工知能があります。それは人工知能を搭載して自律的に動く自動車やドローンなどです。
実際、私たちの生活空間にもっとも早く普及するロボットは、自動運転車でしょう。初めは完全な自動運転ではなく、一部の面倒な操作を人工知能が肩代わりする、という機能が実現します。すでに一部の高級車では、自動で前の車との距離を調節する機能や、自動車庫入れ機能が搭載されています。
テスラは、2015年に高速道路での自動のハンドル操作や、自動での追い越しを、クラウドからのダウンロード配信で提供開始しました。日産も2016年に高速道路の自動運転機能を搭載した車の発売を発表しています。
他にもトヨタ自動車をはじめ、大手の自動車メーカーはこぞって人工知能を用いた自動運転または運転補助の開発に着手しています。また、世界中で利用されている白タクサービスであるウーバーや、日本のディー・エヌ・エーらも自動運転技術の開発に取り組んでいます。
あのアップルもテスラからスタッフを引き抜き、自動運転車の開発を進めていると噂されています。2030年までには、完全な自動運転も実現するでしょう。
グーグルが報告しているように自動運転車の安全性が極めて高いことが確認されると、 人間との間で自動車保険に大きな差がつけられるようになるはずです。またエコカー減税のように、自動運転車の購入に税制優遇や補助金が与えられる可能性も出てきます。このような経済的な誘導がなされれば、買い替えの2〜3サイクルのうちに、今のカーナビの搭載率くらいの割合の車になんらかの自動運転機能が搭載される可能性があります。
自動運転の影響は、単にドライバーの苦労がなくなるというだけではありません。例えば、自動車はますます所有から利用へとシフトしていくでしょう。
インターネットを活用する若年層を中心に、ウーバーや、誰でも旅行者に宿を提供でき るエアビーエヌビーのような、共有経済型と呼ばれるサービスが広く利用されるようになっています。この流れに、先に述べたエネルギー資源の減少も拍車をかけます。
社会としても個人としても自動車の所有のコストは高まり、かつ自分で運転しないことで自動車への愛着は弱まります。これらを総合した結果として、自動車は所有するものではなく、必要な時に呼び出して利用する移動サービスへと変わっていきます。マリが乗っていたシェアライドはその例です。
自動運転車をはじめとするロボットは、人間の移動だけでなく、物流全般において利用されます。そもそもIoTということばは、P&Gに勤めていたケヴィン・アシュトンが、 無線ICタグを用いたサプライチェーンの効率化というアイデアを指して作りました。
アマゾンはすでに、自社の倉庫の中での商品の運搬にロボットを用いています。アマゾンはまた、商品の配送にドローンを用いる構想を発表しています。より現実的には、運送用のトラックの多くは自動運転になります。
グーグルも多くのロボット企業を買収していますが、ニューヨークタイムズが報じたところによれば、その目的の一つは物流の自動化だといいます。
このように物流の工程の大部分が自動化されることで、物流のコストは大幅に下がります。アマゾンは、倉庫内のロボットの導入で、2年間で500億円〜1000億円の人件費を削減しました。配送コストが下がれば、オンラインショッピングがさらに増えることが期待できるので、アマゾンやグーグルなどの事業者には利益になります。
こうした自動運転を実現するための基盤となるのが、交通についてのデータの収集です。日本では、早くから道路に設置されたセンサーを用いて幹線道路において渋滞の発生を検出するVICS情報が提供されています。
さらに、ホンダが世界に先駆けてインターナビというサービスにおいて個々の自動車の移動履歴を収集し、渋滞の発生やその情報に基づく最適なルートの提案などを行えるようにしました。
2013年には、グーグルが同様のサービスをスマホを用いて提供するウェイズというサービスを買収し、グーグルマップに組み込みました。またグーグルの出身者が起業したアーバン・エンジンズという米国の企業は、電車やバスといった交通機関のデータを解析し、その結果に基づいて利用者が分散して効率的な運行ができるようにするサービスを行っています。このように収集されたデータは、自動運転の実現にあたっても活用されます。
このように、細かい作業などの前に、まずは人や物を移動する自動運転車やドローンなどが生活空間に入ってきます。本書を執筆中に、ウーバーなどが普及したサンフランシスコで最大のタクシー会社が倒産しました。既存の交通や物流の産業の多くはそれらに取って代わられていきます。

私たちの仕事は人工知能とロボットに奪われるのか

これまで見てきたようなさまざまな産業で、人工知能やロボットが入ってきています。そうなると、果たして人間のやる仕事は残るのか、という疑問が出てくるかと思います。しかし、人工知能とロボットが仕事を完全に自分で行うのは、まだ数十年単位の時間がかかるシンギュラリティの到来後だと考えられます。
人工知能が最初に人間を上回った、チェスについて考えてみましょう。人間のチャンピオンを破ったIBMのディープブルーは、自分だけでチェスを戦ったのではなく、人間のスタッフと協力していました。この例が教えてくれるように、これからの仕事について考える上では、人工知能に置き換えられないようにすることよりも、いかに人工知能を使いこなして生産性を高めるかを考えるべきなのです。
エデンの園で智恵の実をかじったことで与えられた賢さと、その原罪に対する罰としての労働の苦しみ。神の子によって、その原罪が赦され、私たちは仕事というものを次第に人工知能とロボットに譲り渡していくのです。それは数世代をかけて徐々に行われていくでしょう。
本記事は『人工知能は私たちを滅ぼすのか—計算機が神になる100年の物語』(児玉哲彦〔著〕、ダイヤモンド社)の第6章「IoTと人工知能がもたらす2030年の社会—千年王国の到来」の転載である。