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マクドナルドの店員も多数登録

米国アリゾナ州チャンドラーのスターバックスでバリスタとして働くフォスター・クーリーは旅行を計画している。通常は同僚たちに直接、あるいはテキストメッセージでシフトを代わってほしいと頼まなければならない。ところが、クーリーはあるアプリケーションを使い、地域のバリスタたちに自分のシフトと希望を伝えた。

クーリーが使ったのは「Shyft」(シフト)というアプリケーション。有望なスタートアップを支援するアクセラレーター・プログラム「テックスターターズ」シアトル支部の支援によって生まれた。

Shyftを開発したShyftテクノロジーズは、米国内のスターバックスで働く1万2000人、マクドナルドの7500人以上、オールド・ネイビー(GAP傘下の衣料品小売店)の3500人以上がShyftに登録していると話す。

同社のブレット・パトロンタッシュ最高経営責任者(CEO)によれば、過去3カ月に延べ2万6000時間のシフトが登録者の間で交換されているという。

さらに利用が拡大すれば、雇用者側は間違いなく渋い顔をするだろう。事実上、シフト管理の権限を失うことになるからだ。

Shyftにとって最初の投資家となったシアトルのテクノロジー企業幹部ヘザー・レッドマンは、このアプリケーションについて「シフト労働者をひとつの経済主体にするような力を与え、シフトに縛られている現状を打開するものだ」と話す。

「従業員たちが企業に組み込まれていない独自の生態系を持つことは、通常の枠組みを壊し賛否両論を呼ぶ考え方ではあるが、われわれは今そのような世界に暮らしている」

シフト労働者の不利益を解消できるか

2015年に設立されたShyftの出資者には「シアトル・シーホークス」のラッセル・オクング選手や「シアトル・マリナーズ」でプレイしていたエドガー・マルティネスといった有名人が名を連ねる。

マドローナ・ベンチャー・グループと起業家のT・A・マッキャンもレッドマンとともに、1500万ドルの新たなシード投資に同意したと7月13日に発表されている。

パトロンタッシュCEOはビジネスモデルについての言及を避けている。

シフト労働者たちはしばしば、不規則なシフトや自宅から遠い店舗での勤務、十分な収入を得られない勤務時間に悩まされている。多くの企業は高度なスケジュール管理ソフトウェアを使用しており、こうしたソフトウェアでつくられたシフトは出勤日数が多くなることで批判されている。

2015年にはニューヨーク州の検事総長が、10を超える小売企業に対してシフト管理の慣行に関する質問状を送付した。

7月に入ってからも、シアトル市議会のある議員が公開討論会を開催し、1日の勤務時間が短かすぎることやシフトが不規則なことなど、シフト管理の問題について議論した。市議会と市長はルールの策定を検討している。

スターバックスのあるバリスタは7月に入り、経費削減が原因で人員不足に陥っていること、勤務時間が短く従業員が損害を被っていることを訴え、1万3000人近くの署名を集めた。

マネジャーがアプリを推奨する例も

Shyftはシフトを代わってもらいたいときに役立つだけでなく、勤務時間を増やしたい人の助けにもなる。たとえば、医療保険への加入やスターバックスがスタッフに提供する学位取得プログラムの資格を得るため、あるいは単に家賃を支払うために勤務時間を増やしたいと望む人たちがいるのだ。

さらに、地理的な柔軟性ももたらしてくれる。たとえば、違う州に暮らす祖母を訪れたとき、滞在中に近くの店で働くといったことが可能になる。

シフトを交代する際、マネージャーの許可が必要な企業もある。そのような場合には、マネージャーが許可するかどうかを選べる仕組みも用意されている。

クリスマスや大切な人の誕生日などに仕事が入ってしまった人は、シフトを交代してもらいやすいように謝礼を設定することもできる。約10%のシフトに謝礼が設定されていると、パトロンタッシュCEOは話す。

マネージャーのなかには、Shyftにスケジュールを丸ごと投稿する者もいる。目的は従業員に希望のシフトを選んでもらい、人手が足りない部分を埋めることなどだ。

クーリーはマネージャーから、Shyftに投稿したスケジュールをダウンロードするよう言われていた。

パトロンタッシュCEOが5月にShyftのデモンストレーションを行ったときには、ニューヨークのスターバックスのシフト担当者がバリスタを探していた。

「外部の技術は求められていない」

スターバックスは、Shyftを使っている従業員を把握していないと述べている。最低5%の賃上げを実施すると発表したばかりのスターバックスは、週に100万件以上のスケジュール変更を人間が行っており、その権限はマネージャーに与えているという。

「スケジュールの変更は、パートナーたちと店長で行えばいい」と広報担当者のリンダ・ミルズ氏は話す。「そうした外部の技術が特に求められているとは考えていない」。パートナーとは、バリスタをはじめとする従業員のことだ。オールド・ネイビーの親会社であるGAPの広報担当者はコメントを拒否し、マクドナルドからは回答を得られなかった。

レッドマンらはパトロンタッシュCEOに対して、アプリケーションのターゲットを企業ではなく労働者にするよう説得した。企業向けのほうがはるかに競争が激しいためだ。GAPを顧客に持つ「シフト・メッセンジャー」やShyftと同じくシアトルに本拠を置く「シフトボード」など、ほとんどのライバルが企業の本社に売り込みを行っている。

「労働者たちは『いつシフトに入るかわからないし、勤務時間を短くされる』といった不満を持っている」とレッドマンは話す。「たとえいくらかの犠牲を払ってでも、従業員側をターゲットにすべきだと、われわれは判断した」

カリフォルニア州サンタクラリタのスターバックスでシフト管理を担当していたときに「Barista Life」というブログを立ち上げたトロイ・レンドマンは、シフトの1~2時間前まで誰が誰と交代したか把握していないことも珍しくないと話す。

勤務時間を増やしたい従業員は、紙のスケジュール表に付箋を貼り、シフトに入ることが可能な日時をアピールしているという。店舗間でシフトを交代する場合は、電話でやり取りしなければならない。

Barista Lifeはバリスタたちが経験を共有し、複雑なレシピのフラペチーノをつくることについて愚痴を言ったりするブログだが、現在このブログはShyftで取り上げられている。今もスターバックスで働くレンドマンの家族や友人はShyftを利用している。

シフト交換の成功率80%が目標

パトロンタッシュCEOはカナダのトロントでShyftを設立し、シアトルに拠点を移す前、学生が請け負う塗装会社「スカラーズ・アット・ユア・サービス」を立ち上げた。

自分で会社を経営してみると、300人の労働者がコミュニケーションをとったり、互いに愚痴を言ったり、シフトを交替したりする手軽な方法がないことに気づいた。

Slack(スラック)のようなメッセージング・アプリケーションを利用するには企業のメールアカウントが必要だが、シフト労働者は通常メールアカウントを割り当てられていない。

パトロンタッシュCEOらはShyftの開発に先立ち、ショッピングモールの従業員たちにコンセプトを伝え、意見を聞くという調査を3カ月続けた。

現時点では、仕事を休みたい人やシフトを交換したい人しかShyftに投稿できない。次は、勤務時間を増やしたい人が投稿できる機能を追加する予定だ。最終目標は、シフト交換の成功率を現在の約37%から1年以内に80%まで引き上げることだ。

Shyftへの出資を主導したマドローナ・ベンチャー・グループのS・ソマシガーは、Shyftに関心を見せたシアトルと周辺の企業やテクノロジー提供者に説明を行ってきた。同氏は「Shyftは世界を良くする可能性を秘めている」と話すが、同時に次のことも指摘する。

「雇用者側からの抵抗は間違いなく懸念材料だ。誰かに使用を禁止される恐れがある」

原文はこちら(英語)。

(原文筆者:Dina Bass、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:sandsun/iStock)

©2016 Bloomberg News

This article was produced in conjuction with IBM.