NY”コンフィデンシャル”Part5
青汁のもと“ケール”ブームを仕掛けたNY敏腕PRウーマン
2016/7/31
全米で大人気“ケール”の謎
ケールは、キャベツやブロッコリーと同じアブラナ科の野菜で、栄養価の高さとダイエット効果が期待されることから“スーパーフード”と言われ、数年前から全米で瞬く間に人気となりました。
米マスメディアはこぞって、ケールがいかに素晴らしい野菜かを書きたて、米映画スターやセレブは自身がケール愛用者であることを公言し、インスタグラムにはケール料理の写真が多く投稿されています。
その人気を後押しするように、あのビヨンセが、新曲のミュージックビデオの中で「KALE(ケール)」と胸元に大きく描かれたトレーナーを着用したことも話題となりました。
さらには、オバマ大統領が「ミッシェル(大統領夫人)はサンクスギビングデー(の夕食)で、ケールしか食べないんだよ」と冗談を言うほど、ケールは全米に認知され、“クールなイット野菜”としての地位を確立しています。
日本でも、「セレブに人気」という触れ込みで紹介され、青汁スムージーや最近ではオイシックスが国産ケールを発売するなど、確実にケールブームはやってきているのではないでしょうか。
しかし、なぜこの数年で、ケールはこれほどまで人気になったのでしょうか?
もし、このブームがマーケティングキャンペーンによって仕掛けられていたとしたら──。
ケールブームを調べていくと、その裏側に、1人の敏腕PRウーマンがいました。
ケールは料理の“飾り”
ケールの歴史は古く、2000年以上前から世界各地で栽培され、日本にも江戸時代初期に渡来したそうです。同じアブラナ科のキャベツ、ブロッコリーなどは、ケールを品種改良して開発されたもので、ケールは原種にあたります。
またケールは、ビタミンA、C、Kやカルシウム、食物繊維、β-カロテン、ルテインなどの栄養素をバランスよく含んでいるので、「緑黄色野菜の王様」と言われています。
独特な香りと強い苦みから、日本では一般的に青汁の原料として使用されてきましたが、ヨーロッパでは、揚げ物など調理されて食べられているそうです。
米国ではというと……ケールは、メインディッシュの“飾り”でした。
ブームになる前のケールを最も買付していたのは、世界最大のピザチェーン「ピザハット」だったと言われ、サラダバーのデコレーションとして使用されていたそうです。
ケールはつい数年前まで、クールな野菜ではなく、飾りつけの“パセリ”のような脇役の存在だったのです。
この変化は数字にも表れています。
米農務省によると、米国のケールの生産者数は、2007年では1000弱だったのに対し、2012年には2500とわずか5年で2.5倍に増え、農地面積も1.5倍になっています。
また、米最大のスーパーマーケット「ウォルマート」で販売されるようになり、さらにマクドナルドも昨年カリフォルニアで試験的にケールサラダを発売し、ケールの需要は着実に伸びています
赤ちゃんの名前に“ケール”
ケールの人気は、食卓を超えて、様々なニュースを作っています。
例えば、米人気料理雑誌「ボナペティ」の記事、「なぜアメリカ人は赤ちゃんの名前にケールや他の野菜の名前をつけるのか」。
ここでは、米社会保障局が発表した2013年生まれの赤ちゃんの名前リストをもとに、ケールという名前の子が262人(男児257人、女児5人)いたことを、昨今のケール人気に比例して増えている可能性があると指摘しています。
また、今年の7月9日に、世界初の“ケール大食い大会”がNYで開催されました。
『世界でも最も健康的な大食い選手権』といううたい文句の本大会は、人々の健康促進を目的とした独立財団法人“The Independent Health Foundation”の主催で、「ケールなど体に良いものを食べ、健康になることを啓蒙する」ことを目的としています。
チキン大食い大会で有名なバッファローで行われたとあって、「ジャンクなチキンとヘルシーなケール」という、対照的な組み合わせが話題となりました。
その他にも、2014年から毎年10月の第1水曜日をナショナル・ケール・デーとし、全米各地のレストランや教育機関、医療機関で、ケールの試食やレシピ紹介などのイベントが行われています。
雇用主のいないPRキャンペーン
これまでのケールブームを振り返ってみると、著名人のエンドースメントや口コミの活用、ニュース性のあるコラボレーションやイベント、様々な角度からのニュースリリース発信など……前職の広報(PR)の仕事と共通する点が多いと感じました。
ケールブームはPRの仕業なのではと、真相をネットで検索してみると、米ケール協会と呼ばれる団体がケールの普及を目的に、NYのPR会社を雇ったという記事がありました。
PRによって、これまで注目されていなかった食品や製品が脚光を浴び、普及するという例は珍しくありません。
日本でも、キシリトールが10数年で急激に普及した背景に、PR会社の仕掛けたマーケティングキャンペーンがあったことは、テレビや新聞などでご存じの方も多いのではないでしょうか。
しかし、ケールブームの場合、雇い主であるはずの“米ケール協会”もこのPR会社が作った団体だといいます。
一体、何のためにケールブームを仕掛けたのでしょうか?
仕掛け人のPRウーマン、オベロン・シンクレアさんに直接お会いし、聞いてきました。
エルメスも手掛ける実力派PR会社
オベロンさんが創設したPR会社「マイ・ヤング・アンティ」は、ファッションや建築、アーティストやクリエイターなど、小規模な企業が集まるシェアオフィス「ノイエハウス(Neuehouse)」内にあります。彼女自身も、このオフィスの共同経営者の1人です。
彼女は、モータウンレコードやMTVなどヨーロッパの音楽業界で長年活動し、その後LAの映像制作会社、そしてアイランド・レコードの創設者、英音楽界の重鎮クリス・ブラックウェル氏と仕事を通じて親交を深めていきます。
1978年に独立し、PR会社「マイ・ヤング・アンティ」を設立。エルメスやヴィヴィアン・ウエストウッドなどのラグジュアリーブランドから、レストラン、アートなど様々な会社をクライアントに持つ実力派PR会社です。
“好きなことの為に仕事をする”
多忙を極めるオベロンさんから貴重な20分をいただき、ケールのPRキャンペーンについてインタビューしました。
──なぜケールをPRしようと思ったのですか?
オベロン:楽しみのためよ!健康に良い野菜に焦点を当て、プロモーションすることに興味があったの。
もちろん、健康的なものにスポットを当てプロモートすることで、ジャンクフードを食べているような子どもたちに、もっと健康に関心を持って欲しいという目的もありました。
──雇い主がいないのに、PR会社としてどのように利益を得ているのでしょうか?
これは、お金儲けじゃないの。
利益を追求することよりも、自分がスーパークールだと思うものや興味のあることを、世の中に広めていること、その方が私にとって重要なのです。
ケールのキャンペーンも、どのようなマーケティングやPR戦略、クリエイティブディレクションをしていくと話題になるのか、そういったことに興味がありました。
──ケールキャンペーンは、いつから始めたんでしょうか?
2009年からです。
最初のステップは、知り合いのレストランとコラボレーションして、メニューが書かれているチョークボードに「ケールサラダ」って私が書いたことです。
その1つのお店が、取引先でもある「ザ・ファット・ラディッシュ※」でした。
(※NYのレストラン業界を変えたと言われている、オーガニックフード中心の人気レストラン。ファッションショーや雑誌撮影のケータリングサービスを行う会社が手掛けたレストランのため、モデルやセレブが集うことでも有名です)
その後は、これまでのキャリアで培った、音楽、ファッション、アート、レストランとの素晴らしいコネクションのお陰で、ケールキャンペーンは大成功しました。
──確かにPRする対象を、自分も好きなものにするというのは広報にとって重要ですが、なかなかそういうPR会社はないですよね?
そうなんです。それは利益を追求しているからです。(電話するジェスチャーをしながら)本当は思ってもいないのに「この商品は素晴らしいですね」と言うようなPR会社が多い(笑)。
だからPRに対しての人々の評価は低いですよね。でも私にとって、PRの対象となる人や物は非常に重要です。自分が関心を持てないものはPRしません。
私は、自分の好きなものの為に、仕事をすることが好きなんです。
──憧れます。
いいえ、誰でもできることですよ!日本なんて、クールなものであふれているじゃないですか。
私は、MUJIのファンで、アロマディフューザーを愛用しています。この間、友人にもプレゼントしました。あと、ユニクロのバスキアとのコラボレーションは素晴らしいですよね。
──私の前職は広報だったので経験があるのですが、正直、自分はあまりいいと思わない商品をPRすることはありますよね?
それは、会社の中にある広報だからですね。すべての商品をPRしないといけない。その場合は、自分の良いと思うものに集中したらどうでしょうか?
もしくは、独立することです。電話とコンピューター、そしてプレスとのコネクションがあれば、自分の家でも起業できます。そして、自分がクールだと思うものをPRするのです。
そんなに難しいことではないですよ。私は、自分の好きなことに集中するために、そうしました。
お金は少しで十分です。自分らしい生き方をすることは、お金儲けをすることよりも、もっともっと大切でしょ?お金持ちになることが本当に幸せでしょうか?
私は、好きな仕事があって、素晴らしい友達がいて、美味しい食事があって、楽しい会話があって、それで十分幸せです。
オベロンさんにお会いする前は、空前のケールブームを作った敏腕PRウーマンというので「プラダを着た悪魔」のような女性を想像していましたが、ご本人は、非常に気さくでチャーミングでした。
彼女のケールとPRという仕事への愛情が、米大統領を巻き込むほどのブームにつながったことは、非常に興味深く、「好きなことを仕事にする」ことのパワーを感じました。
もちろん、「利益ではない」とはいえども、「ケールブームを仕掛けた女性」として多くのメディアに露出しているので、彼女を含めPR会社の知名度向上につながっていることは間違いありません。
別れ際に、日本が大好きだという彼女は、「東京バナナ」が好物だそうで、「東京バナナ、最高よね! マフィンが好きなニューヨーカーに絶対人気になると思うわ」と仰っていました。ケールを手掛けた彼女が、「東京バナナ」をPRしたら……NYで話題のスイーツになるかもしれません。