NY”コンフィデンシャル”Part6
教育格差を埋められるか?進化するNY公共図書館
2016/8/14
年間4300万人が集う図書館
英会話、プログラミング、ヨガ、アート、幼児音楽教室、映画鑑賞、就活相談など……
NYには年間約8万以上の講座を、全て“無料”で受けられる夢の施設があります。
それは、公共図書館です。
マンハッタン、ブロンクス、スタテンアイランドの3つの行政区にまたがるニューヨーク公共図書館は、米最大の年間1800万人の来館客数を誇ります。クイーンズ公共図書館、ブルックリン公共図書館もまた、3位、4位と米国屈指の来館数で、3つの公共図書館を合わせると年間4300万人が図書館を利用しています。
NY市の人口は約850万人なので、一人当たりで考えると、年5回以上図書館を訪れていると言えます。
一方、日本では、図書館の利用回数は 年1.5回(文部科学省の社会教育調査(2011年10月1日現在))なので、その差は歴然です。
私も、毎日のように子どもと図書館に足を運びます。水曜日は絵本読み、木曜日は子ども向けのヨガ、金曜日は歌の教室に参加するためです。人気の講座は、整理券が必要となり、開始の1時間前から並ぶこともあります。
図書館のホームページを見てみると、英会話、コーディング、履歴書の書き方など様々な講座を提供しています。
また図書館は、無料でWi-Fiが利用でき、インターネット接続されたコンピューターが完備されています。
さらには、本と同様に、一定期間、ポータブルWi-Fiやデバイスの貸し出しもあります。
ニューヨーク公共図書館では、1万台のWi-Fiホットスポットを最長1年間で貸し出しており(現在は全て貸し出し中のため、利用不可)、クイーンズ公共図書館はWi-Fiに加えて、最長4カ月間でグーグルタブレットの貸し出しを行っています。
もちろん、すべて無料です。
ニューヨーカーが足しげく通う、公共図書館——。本を借りるという場所から、児童館、教育施設、職業訓練所、ネットカフェの機能を併せ持つ、総合施設へと進化する、その理由と魅力について、2回にわたってお伝えします。
電子書籍、アプリで閲覧可能
ニューヨーク公共図書館は、来館数だけでなく、書籍やビデオなどの収蔵数も米公共図書館の中で最多の合計2323万点に上ります。2位のボストン公共図書館が913万点なので、桁違いの多さです。
今年の7月、同図書館は、電子書籍をモバイル端末で閲覧できる、iOS/Android向けアプリ「SimplyE」を公開しました。
同図書館の会員であれば、図書館カードIDとPINコードを入力するだけで、どこにいても約30万作品から気に入った本を“借り”、スマートフォン上で読むことができます
利用者にとっては便利でうれしいアプリですが、不況と言われる出版業界にとって、大きな脅威になっているのではないでしょうか?
ニューヨーク公共図書館の広報にメールで質問したところ、図書館サービス担当の副社長、クリストファー・プラット氏から返答いただきました。
“4分の1が電子書籍を利用”
「図書館利用者の、実に4分の1近くが電子書籍を利用しており、現在もその数は伸びています。
私たちは、印刷された書籍同様、電子書籍を利用者に届けるために、出版社と非常に密接に仕事を進めています。確かに5年前までは、出版社は私たち図書館と競合するのではないかと危惧していました。
しかし今は、図書館が読書の推奨だけでなく、新書など彼らの製品を訴求するマーケティングの重要な役割を果たしていると、信じてもらうことができました。
おかげで、私たちは、アメリカで出版された人気の本の大半を、電子書籍で届けることができます」と、プラット氏は言います。
確かに、NYの図書館では、著者のトークショーや本に関連する映画上映、展示などのイベントが頻繁に行われています。また、42丁目のNY公共図書館本館では、図書館内に本屋があり、多くの観光客とニューヨーカーでにぎわっています。
出版社の売り上げにどれほど貢献しているかは分かりませんが、年間1800万人の集客力を誇るニューヨーク公共図書館の会員に直接プロモーションできることは、メリットがあるように思います。
拡大する図書館の役割
92棟ある、ニューヨーク公共図書館だけでも、年間8万以上の講座を提供しています。私が参加している幼児向けの講座は、常時10組以上が参加し、にぎわっています。
全米でみても、ここ十数年で、公共図書館で提供される講座と参加者が増えているそうです。
アメリカ図書館協会の2015年のリポートによると、2012年に全米の公共図書館が提供した年間400万の講座に9260万人が参加。同年の来館者数は年間15億人で、10年前と比較すると20.7%増ですが、講座参加者は54.5%に増えていると報告されています。
図書館の講座に参加する人がなぜ増えているのか、前出のニューヨーク公共図書館、副社長のプラット氏に伺いました。
「ここ数年で、図書館の利用方法が大きく変わりました。私たちは本以上に、ニューヨーカーからのニーズに合わせて、幅広い教育や文化プログラムを提供するようになりました。
幼児向けの本読み会から、学童向けのアフタースクール、働く人のための就労支援や技術的な訓練プログラム、全年齢を対象とした文化プログラムなどです。
特にニューヨーク市は、多種多様な人、文化が混在するダイバーシティーです。
ニューヨーク公共図書館の支部は、ブロンクス、マンハッタン、スタテンアイランドにまたがるため、パトロン(利用者)の特性が大きく異なりますから、それぞれに合わせたプログラムが必要になります。
私たちの使命は、それぞれの地域社会にとって私たちが出来うる最高のプログラムやリソースを提供し、常に、そこに住む人が成功するための手助けをすることだと考えています」
すなわち、公共図書館はアメリカ人のニーズに適応するため、役割を拡大し、進化していると言えます。裏を返せば、提供されている講座をみると、アメリカ人が何を必要とし、アメリカ社会で成功するために、何が求められているか分かるのではないでしょうか。
教育格差を埋める架け橋になる?
同リポートによると、ほぼ全ての99.5%の公共図書館が読み書きなどの教育関連プログラムを提供し、傾向として、幼児期の読み書き力に重点を置いています。
その理由の一つとして、以下のホワイトハウスの調査結果が引用されています。
“貧しい家庭の赤ちゃんは、豊かな家庭よりも、1歳になるまでに聞くことのできる言葉が約3000万語少ない。この言葉を聞く経験が不足することで、3歳までには、同い年の子どもより、語彙力は半分になり、教室に入る前に不利な状況に置かれてしまう”
ニューヨーク公共図書館もまた、幼児期の教育支援に注力しているとプラット氏は言います。
「私たちは、ニューヨーク市の教育を補う役割を担うと考えています。特に、教育プログラムに容易に参加できない人たちに向けて、サービスをする必要があります。
例えば、37%のニューヨーカーがアメリカ以外の生まれなので、英語スキルの習得と向上は必要不可欠です。実に、70%近い子どもたちが、グレード3(日本の小学2年生)までに、その学年で求められる読み書きができていません。
そういった子どもたちに、特に、幼児からグレード2(日本の小学1年生)までの幼児期に、しっかりと絵本読みや、夏休みの課題図書などの読み取りのプログラムを提供し、学校教育を補完しようとしています。
こうした読み取りのプログラムは、将来、子どもたちがより良い教育を受けられ、自身を高いポジションに導いてくれる手助けになると思います」
アメリカでは所得による教育格差が指摘されていますが、ニューヨークでは英語が母国語ではないゆえの教育格差も、公共図書館が埋めようと進化していました。
次回は大人向けの講座(現在、英会話講座の取材依頼中です)を体験し、お伝えしたいと思います。