ファイターズの球団経営【12回】
人材価値創出、社会貢献、国際化…プロ野球が「夢を売る」意味
2016/7/9
年間2000万人以上のファンが来場するプロ野球は、「夢を売るビジネス」といわれている。
そのかたちとして最もわかりやすいのが、将来のスター選手に憧れる少年ファンへのアピールだ。彼らが球場に頻繁に足を運ぶようになれば、大人になったとき、家族を連れてリピーターになってくれる可能性が高い。
そうした意味で、夢をビジネスにつなげるのは、プロスポーツにとって極めて重要である。
北海道日本ハムファイターズも少年ファン拡大に力を入れながら、同時に違う夢のかたちも示そうとしている。
それが7月17日に室蘭新日鐡住金球場で行われる親善試合、「西アフリカ選抜対北海道日本ハムファイターズOBレジェンズ」だ。
北海道で注目を集めるこの試合には、さまざまな夢のかたちが込められている。
ブルキナファソの現実
すべてのきっかけは、2013年2月、ファイターズの球団事務所に届いた1通のメールだった。
「ブルキナファソから野球少年を1人、招へいします。来道の際、交流していただけませんか」
送り主は、富良野市を拠点に活動する「ブルキナファソ野球を応援する会」の出合祐太会長だった。札幌大学で硬式野球をプレーしていた出合は卒業後、青年海外協力隊の一員として2008年から当地で2年間、野球を教えていた。
西アフリカにあるブルキナファソは、「世界最貧国」の一つだ。2011年の1人当たりの国民総所得(GNI)は580ドル(2013年、世界銀行)。
当地にわたった出合は、思いもよらぬかたちで厳しい現実を知らされる。スポーツを通じて少年たちに夢の大切さを伝えようとすると、彼らの親たちから怒られたのだ。
「黙っていたらおなかが減らないのに、運動したらおなかが減るじゃないか。こっちは食べるものにも困っているんだ。スポーツなんかやめさせてくれ」
毎日1ドル以下の生活費で暮らすというブルキナファソ人の現実を考えれば、その指摘はもっともといえる。
だが、少年たちはバットとグローブを手にし、野球という遊びを通じて、目標に向かって努力する過程で徐々に将来への希望を見いだしていく。
そんな折、彼らの憧れとなったのがファイターズの選手たちだった。出合が教材として、ダルビッシュ有(現レンジャーズ)や田中賢介らが活躍する映像や球団発行のガイドブックを使用したからだ。
気づけば現地の少年たちにとって、ファイターズの選手はヒーローになっていた。
ジャパニーズドリームの一歩目
2013年6月、ブルキナファソの野球少年たちは来日し、ついに札幌ドームを訪れた。デコボコの土のうえでプレーしていた彼らにとって、最新ドーム球場は衝撃だった。
「いつかブルキナファソにもこういう施設ができるように、自分が力を尽くしたい」
新たな夢を描いたのが、当時15歳だったサンホ・ラシィナだ。
高い身体能力を持つラシィナは練習に励み、2014年には独立リーグ・四国アイランドリーグの高知ファイティングドッグスに練習生として入団する。翌年8月には選手登録され、ジャパニーズドリームの第1章をかなえた。
独立リーグの平均月給は10万円代だが、ブルキナファソ人にとって大金だ。遠く離れた異国の家族にとって、大げさにいえば、彼から振り込まれる生活費で人生が変わっていく。
一方、高知にも恩恵があった。「ラシィナ君を見たい」という人たちが球場を訪れ、観客動員が増えたのだ。異国の少年が夢をかなえることで、高知の現実にも好影響が出たのである。
木田、岩本ら元一流選手が出場
ファイターズが同じ北海道に拠点を置く「ブルキナファソ野球を応援する会」の支援を始めたのは、2013年のことだった。
野球道具の寄付や交流活動はもちろん、選手会が同会のTシャツを購入し、着用することでPRを実施。
帯広や旭川で行われたファイターズの主催試合では、「ブルキナファソ野球を応援する会」のPRブースも出展されている。
そうした活動の一環として実現するのが、7月17日に行われる「西アフリカ選抜対北海道日本ハムファイターズOBレジェンズ」だ。
ラシィナに加え、ブルキナファソやガーナ、コートジボワールなど西アフリカ7カ国42人のセレクションから選ばれた計11選手(14〜21歳)が来日する。
対して、迎え撃つのはファイターズOBの木田優夫、岩本勉、建山義紀、森本稀哲らだ。
一流選手だった彼らを通じ、西アフリカ選抜がトッププロの実力を肌で知れるのは大きい。ファイターズOBたちは「グラウンドで恥ずかしい姿を見せられない」と、合同練習を重ねているという。
球団OBと新たな波を起こす
球団サイドから実現に尽力した広報部長の見田浩樹が、ファイターズにおけるこの親善試合の意義を説明する。
「普通、応援を通じたファンと選手の関係は、引退すれば途絶えてしまうものです。でも、現役選手が果たしてきたもの、それにファンが感じたものは、互いに消えないものだと思います。球団とOB選手の関係についても、引退したからといって切らせてはいけません。世の中に対し、彼らが貢献してくれたことを忘れてもらいたくないと思っています」
「球団側からいえば、引退した選手たちがもう1回ユニホームを着て力を合わせることで、OBの価値を見いだせる意味もあります。そうやって、何か大きなウェーブをつくることができる。OB自身、もっと北海道で役割を果たしていこうと感じるはずだと思います」
球場の収容人数は約2300人だが、試合10日前時点で2000枚弱のチケットが購入されている。その収益が、「ブルキナファソ野球を応援する会」の普及活動に充てられる。
ファイターズOBはそうした意義に賛同する一方、この一戦に特別な意味を見いだす者もいる。2014年にグローブを置いた建山と、昨季限りでユニホームを脱いだ森本は引退試合を行っておらず、「引退試合のつもりでプレーする」と意気込んでいるのだ。
野球が「夢」から得るもの
今回の親善試合をきっかけに、プロ野球界に新たな動きが生まれる可能性もある。
Jリーグでは引退した選手がチャリティマッチを通じて支援金や義援金の寄付、社会貢献活動を行っているが、今後、プロ野球にもそうした動きが出てくるかもしれない。
また、ブルキナファソの少年たちを支援することで、野球の国際化につなげる意味もある。
先の長い話になれば、彼らが実力をつけ、オリンピックやワールド・ベースボール・クラシックに出場できるようになれば、野球の世界普及が果たされていく。
そうして野球が世界のマイナースポーツから人気競技になれば、日本の少年たちもより大きな夢を抱けるようになるのだ。
今回行われる「西アフリカ選抜対北海道日本ハムファイターズOBレジェンズ」には、そのように大きな意味がある。
「夢」の実現を支援することで、野球に大きなものが返ってくるのだ。(文中敬称略)
(写真:©HOKKAIDO NIPPON-HAM FIGHTERS)