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本田圭佑とホルンの野望【10回】

2部昇格のホルン。CL出場に向けた“破壊的創造”

2016/7/4

来たる2016-17シーズン、SVホルンの冒険は第2章へと突入する。

本田圭佑の経営するHonda Estilo株式会社がSVホルンに参入した初年度の2015-16シーズン、クラブはオーストリア3部東地区優勝を果たし、見事に1年での2部昇格を決めてみせた。

昇格を争うファースト・ビエナFCに2部でも有効なクラブライセンスが発給されなかったため、シーズン終盤時点でホルンの昇格は事実上決まっていたが、最終節までもつれ込んだ優勝争いを制して文句なしで2部への切符を勝ち取った。

端から見ると、順調に2部昇格を決めたように映る。

だが、強化面の責任者を務める大本に言わせれば、「まったく順調ではなかった」という。

215-2016シーズンにオーストリア3部東地区優勝を果たし、喜ぶ選手たち

215-2016シーズンにオーストリア3部東地区優勝を果たし、喜ぶ選手たち

ホルンを日本人がどう変えるのか

最大の問題は現地の人々と日本人スタッフとの考え方の相違にあった。

もともとSVホルンは人口6500人の小さな街のクラブにすぎない。人々はクラブを通した地域コミュニティのつながりを大切にしており、勝利が必ずしも最大の目標というわけではない。

そこに日本人がやってきて成績と引き換えにクラブを大きく変えてしまうことは、Honda Estiloがホルンに参入した時から危惧されていた。

新たな人間が日本からやってきて、新たなことを成し遂げようとすれば、多少の反発が起こるのは想定される。

ただ、4月上旬にヨハン・クレア前監督を解任し、濱吉正則新監督を迎えたことで、「日本人による影響力の肥大化」が叫ばれるようになった。

波紋を呼んだ監督交代劇

濱吉監督は1990年代後半にスロベニアへコーチ留学し、元同国代表監督で名古屋グランパスなど日本でも数チームの指揮経験があるズデンコ・ベルデニック監督の下で、指導者経験を積んだ人物だ。

ヨーロッパ諸国でコーチングを学び、特に旧ユーゴスラビア諸国に精通している。

ただ、濱吉監督は欧州サッカー連盟(UEFA)公認のプロコーチ資格を取得しているが、育成年代の指導がほとんどで、プロクラブでの監督経験はなかった。

濱吉監督の就任当時ホルンは2位だったとはいえ、僅差で首位争いを演じていたオーストリア人監督を追い出し、欧州で取り立てた実績があるわけではない日本人監督を連れてきたことで、現地から反発が起きるのはいわば当然だ。

現地メディアからは「腐ったすし」という厳しい批判も飛び出した。

大本はこの人事について説明する。

「クラブの持つビジョンを推し進めるに当たって濱吉監督の招聘はHonda Estiloの参入前からの希望としてありましたが、総合的に考えて開幕前のタイミングでは見送ることにしました。しかし、シーズンを戦うにつれ、クラブの目指すサッカーを体現するためにも監督交代を決断することにしました」

最終的に昇格という結果が出たため批判噴出を防ぐことができたという状況で、「結果が出ているからギリギリのところで収まっていますけど、そうでなければどうなっていたか……」というのが大本の本音だ。

神田CEO(左)と、強化部門トップの大本

神田CEO(左)と、強化部門トップの大本

背中で動かした新監督

 
ただ、濱吉監督がやってきたことでホルンのサッカーは確かに変化した。

濱吉監督就任以降6試合の成績は5勝1分。以前は選手の個人技に任せるところが大きかった攻撃陣も、組織化されて魅力的な攻撃を見せるようになった。

選手たちも最初は濱吉監督に対して懐疑的な目を向けていたが、誰よりも早くクラブハウスへやってきて、誰よりも遅くまで残って自らの仕事に取り組む働きぶりを見て考えを改めていった。

特筆すべきは、わずか6試合で28人の登録選手のうち22人を起用していることだ。GKの権田を含めて数名の選手はケガで出場できる状態になかったことを考えれば、ほぼすべての選手を起用したことになる。

実は、ここにこそホルンが濱吉監督を抜擢した理由がある。

出場機会を増やし、チーム活性化

5年で欧州チャンピオンズリーグ(CL)出場という目標を掲げる一方で、選手にとってステップアップの場となることを目指しているホルンにとって、若手を含めた多くの選手が出場機会を得るのは重要だ。

多くの選手に出場機会と成長の機会が与えられれば、チーム内の競争力も高まる。ホルンから1部のクラブへ移籍する選手が出てくるのもそう遠い将来のことではないだろう。

長期的な視点に立てば、選手を育てて上位クラブへ移籍させることは、中小規模のクラブ経営において非常に重要になる。

もちろん主力選手の流出は一時的な戦力ダウンになるが、「ホルンならステップアップできる」というイメージを広めることができれば、将来有望な選手が自然と集まってくるようになる。

1〜2年では目に見える結果となって表れにくいため、なかなか理解されにくい部分だが、5年でCL出場という短期的な目標を追いかけるだけでなく、長期的な視点でも経営を進めていることがうかがえた。

「勝てば何でもよし」というわけではないのは、ホルンの人々だけでなく、日本人スタッフたちにとっても同じことなのだ。

7月中旬に新シーズン開幕

来季に向けたホルンの戦いはすでに始まっている。

5月中旬に終了する1、2部に対し、3部の最終節が行われたのは6月の上旬だ。厳しい冬の寒さのためウィンターブレイクが長いオーストリアでは、他国よりも早い7月下旬にリーグ開幕を迎える。

7月中旬にはシーズン最初の公式戦であるオーストリア杯1回戦が行われるため、チームは1週間のオフをはさみ6月中旬には来季に向けた準備を始めなければならなかった。

1カ月という短い準備期間になるが、昨シーズン途中の就任となった濱吉監督のコンセプトをより深く浸透させるために、重要な時間になる。昨季までオーストリア1部SVグレーディヒでプレーし、1部通算64試合出場の実績を持つDFデンナーの加入が決まるなど、すでに新戦力の獲得も進んでいる。

ホルンは7月6日にSAPの協力でFC今治、そして今季1部昇格を果たしたSt.ペルテンを招いたプレシーズン大会を行い、新シーズンの戦いに臨む。

(撮影:山口裕平)