本田圭佑とホルンの野望【11回】
ホルン1部昇格へ、SAPが支援。経営者・本田圭佑にも期待
2016/7/13
まもなく開幕する新シーズン、SVホルンが2部参戦を果たすにあたり、クラブの経営面を取り仕切る神田康範CEOもその準備に追われてきた。
昨季、神田CEOに課せられたのは「3部に降格したクラブが2部復帰を狙うために、予算の減少を最小限に抑えること」だったが、今季は「クラブ史上初の1部昇格を目指すため、予算規模を拡大すること」だ。
クラブが2部昇格を果たしたことでホルンへの注目はさらに高まり、3部より資金集めは容易に思える。
しかし、2部だからといって自由に使えるお金が増えるわけではないのだ。
2部昇格で支出アップ
まず、2部参戦はクラブの支出がさまざまな点で増えることを意味する。
1つ目は選手への人件費だ。2部で戦うための新戦力の獲得には、それなりの資金が必要になる。
オーストリア3部は全体的にクラブの予算規模が小さく、新戦力の獲得は契約切れ選手などのフリー移籍が中心になるが、カテゴリーも上がり経営規模も大きくなる2部ではそれなりの待遇で契約する必要がある。
既存の選手も契約更新にあたっては、待遇を改善しなければならない。無駄遣いはしないにしても、1部昇格を狙うのであれば、選手への人件費を惜しむことはできない。
また、チーム運営でも支出増を強いられる。
3つの地区に分割されて開催される3部に対し、2部は全国リーグとなるため、移動の負担も大きくなる。
クラブは支出を抑えるために宿泊を極力減らし、さらにオーストリアには飛行場が少ないこともあり、バスでの長距離移動をすることになる。
2部はテレビ放映の関係で平日夜に試合が組まれているため、アウェイ戦では試合を終えた後に夜行バスでホルンへ戻る強行日程だ。
勝負のスポンサー単年契約
一方で、クラブの収入は増える。
まず、今季のスポンサー収入が増加する。昨季は1年での2部昇格を見込んで単年契約を結んでいたため、今季はより良い条件でスポンサー契約を更新できた。
もし昇格失敗によるスポンサー離れのリスクを考慮し、複数年契約を結んでいたらありえなかった増収だ。
ただ、驚くべきことに今季もその姿勢を変えない。なんと神田CEOは今季も1年での1部昇格を見込み、単年でしかスポンサー契約を結ばないというのだ。
「最初に掲げたように今季の目標は1年での1部昇格です。そのため今季もスポンサー契約は単年でしか結びません」
前回以上にリスクを負った選択だと言わざるをえないだろう。一昨季2部でプレーしたホルンにとって、2部への昇格はいわば「復帰」だ。
しかし今回は、90年以上のクラブ史で初の1部昇格を狙っている。昨季成し遂げた2部復帰とはわけが違うなか、本田たちはその目標を1年で成し遂げようというのだ。
放映権料増も、厳しい現実
2部では放送局「Sky」が放映権を保有しているため、注目度は3部と比べものにならない。3部に比べ、2部では高額の放映権の分配金が各クラブに振り分けられる。
その金額は最大で50万ユーロ。
「ただ、それは自国出身選手の起用などいくつもの条件をすべて満たした場合で、ホルンに振り分けられる金額は25万ユーロ程度になると見込んでいます」(詳しく知りたい人は、NewsPicksの連載「スポーツマネジメントA to Z」の記事参照)
予算規模が数百万ユーロのホルンにとって放映権分配金は大きな収入になるが、クラブ運営をするうえで、それほど潤沢な資金を手にするわけではないというのが神田の見方だ。
さらに根本的な問題として、オーストリアはリーグ規模が小さく注目度も低いため、クラブに振り分けられる分配金の規模も小さい。
たとえば隣国ドイツでは、2015-2016シーズンの2部で最も分配金の多かったフライブルクは約1000万ユーロ、最少のビーレフェルトでも450万ユーロの分配金を手にしている。
対して、前述したように2016-2017シーズンにホルンが手にするのは最大50万ユーロ。ドイツとの規模はまさに桁違いなのだ。
「かなり頑張って資金を集めなければ、クラブの持ち出しは増えることになります。正直なところ、私に課せられている目標金額はかなり厳しいものです」と神田CEOは厳しい表情を崩さない。
SAPが1億円以上の支援
しかし、新シーズンに向けてホルンに強力な“援軍”が現れた。今季からSAPという強力な味方を手にする。
SAPといえば、2014年ブラジルW杯で世界王者となったドイツ代表が同社の分析ソフトを使用し、話題となった世界最大級のソフトウェア会社だ。
Honda EstiloはSAPジャパンと提携を結び、本田自身やSVホルン、さらにスクール事業であるSoltiloの一部でもデータ分析で支援を受ける。
この提携が実現したのは、本田の飽くなき向上心がきっかけだった。今年30歳になった本田だが、自らのプレー向上の可能性を探るために目を付けたのがデータ分析だ。
自らを「どちらかというとアナログ人間」という本田はデジタルに可能性を見いだし、いくつかのプレー分析会社と話し合いを行った。そして実現したのがSAPジャパンとのタッグだった。
プロダクト・サービスの提供というかたちで、動員される人員や労力は1億円を超える規模になるという。
プレー、ビジネス両面で支援
SAPによって行われる支援は2つある。
1つはプレー面でのデータ分析だ。計測された選手たちのデータはすぐさまクラウドに送られ、アーカイブ化されたデータにより選手たちやスタッフの分析が容易になる。
もう1つはビジネス面の分析だ。SAPは顧客マネジメントやチケット販売、スタジアムでの物販や飲食などを最適化するための分析ソフトも手掛けており、ビジネス面でもホルンを支援する。
日本ではFC今治が同社のデータ分析で支援を受けているが、本国ドイツではサッカーの分野に限るとドイツ代表、FCバイエルン・ミュンヘン、同社がメインスポンサーを務めるTSGホッフェンハイムの3チームにしか導入されておらず、オーストリアのサッカークラブとしては初の例となる。
本田の独特な見方に共感
SAP社のChief Innovation Officerの馬場渉氏が語る。
「本田さんにも岡田さんにも経営者としてのチャレンジがあって、それはいま始めたばかり。彼らがサッカーの監督や選手業で成し遂げてきたことからすると、ビジネスはまだこれからという段階ですが、SAPにとって経営者の支援は十八番です」
「ローカルのクラブ(ホルン)に対しては、おそらくやりすぎなくらいのソフトを提供します。でも、本田さんは『世界のトップを早いうちに見て意識しないと、成長しない』とずっと言われている。われわれから『世界のトップはこれでやっているんだ』というものを提供することが目的の1つです」
SAPジャパンが一地方クラブの支援を決めたのは、本田の持つビジョンに共感したからだ。
「本田さんの独特なものの見方は、ビジネスにおいても成功する1つの重要な鍵だと思います。ビジネスにおいても新しい発見をすることで、彼ならではの発想が湧いてきて、現時点では考えられないようなチャレンジを今後どんどんしていくでしょう」
「アスリートとしての本田さんへの支援は当然やっていきます。同時に彼はビジネスや社会的なテーマに対しても取り組んでいますので、そういう支援もできればいいと思います」
テクノロジーはきっかけづくり
当然、新たなテクノロジーを導入すれば、それだけで成果が出るわけではない。SAPが支援する目的について、馬場氏が続ける。
「テクノロジーを通じて人間が変わるから、結果が出るわけです。人間が変わるきっかけをつくるのがテクノロジーであり、人と人の出会いであるのだと思います」
「私たちが彼らに対して一番やりたいことは、経営者・本田圭佑としてのビジネスを新しいやり方で支援していくこと。彼が人とは違った発想を持ってサッカーで成功したように、ビジネスでも成功してほしい。本人はもちろん、クラブスタッフも含めて新しく感じるきっかけつくりを、いろんなやり方で提供したい」
今季、強力なパートナーを得たホルンはどう変わっていくのだろうか。SVホルン第2章から目が離せない。
(撮影:山口裕平)