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運転支援システム「アイサイト」産みの親に聞く

「技術のスバル」が未来のクルマでIBMをパートナーにした理由

2016/6/28
富士重工業(スバル)は、運転支援システム「アイサイト」で多くのファンを獲得した。「自動車事故をゼロにする」という“究極の目標”達成に向けて、今年4月に日本IBMと協業。まずはデータ解析で手を組み、今後はクラウドやIoT、「Watson」を含むIBMの知能化技術を用いたシステム開発でも連携を検討する。「IBM Watson Summit」のキーノートスピーチに登壇し、人工知能の活用を検討していく姿勢を示したスバル。そのスバルが考える「安全」、それを実現するための開発論をアイサイトの生みの親に聞いた。

全然売れなかったアイサイト

──樋渡さんは、27年前にアイサイトを企画して世の中に送り出した生みの親です。国内での搭載車数は累計で40万台を超えるヒットを生みました。

樋渡穰:アイサイトはステレオカメラを用いて人やモノ、道路を認識して運転を支援する、スバルにしかない独自システムです。「自動車事故をゼロにする」という私たちの目標を実現するためのキーテクノロジーが詰まっています。

私は、1989年に原理を確立したのち、1999年に発表した世界初のステレオカメラによる運転支援システム「ADA(Active Driving Assist)」の開発から携わっているのですが、最初は、高額だったことと、そもそも強いニーズがなかったので、まったく売れずにとても苦労しました。今思えば、時代を先取りしすぎてしまっていたのかもしれません。

ですが、あきらめずに地道に精度を高め、アイサイトver.2を出した2010年に「ぶつからないクルマ?」という宣伝文句でニーズの掘り起こしに成功。おかげさまでアイサイトは、2008年から国内で累計40万台を出荷しました。

今ではスバルの全車種のうち約90%にアイサイトを搭載することが可能で、汎用的なオプション製品になりました。スバルを代表するオリジナルシステムに成長したと自負しています。正直に言って、ここまでヒットするとは思いませんでしたので、私自身もこの状況に少々驚いています。

樋渡穣(ひわたし・ゆたか) 富士重工業 スバル第一技術本部車両研究実験第四部部長 1984年、富士重工業に入社。以来、ほぼ一貫して先端技術の研究業務に従事する。1999年にステレオカメラを用いた世界初の運転支援システムADA(後のアイサイト)の立ち上げや、カメラやGPS技術を活用した自動運転など、クルマの知能化技術に取り組んでいる

樋渡穣(ひわたし・ゆたか)
富士重工業 スバル第一技術本部車両研究実験第四部部長
富士重工業に入社して以来、先端技術の研究業務に長く携わる。1999年にステレオカメラを用いた世界初の運転支援システムADA(後のアイサイト)の立ち上げや、カメラやGPS技術を活用した自動運転など、クルマの知能化技術に取り組んでいる

20年信じ続けた独自方式

──他社も運転を支援するシステムを開発していますが、アイサイトは何が違うのですか。

独自開発の2つのカメラを内蔵したステレオカメラを用いて、走行時の画像データを分析し、車両制御に用いていることです。他社はレーダーや単眼カメラを用いて人やモノを認識しているのですが、ステレオカメラで撮影した映像のほうが精度は高い。

私たちはこのステレオカメラの優位性を開発当初から信じて採用し続け、高所得者だけでなく、たくさんの人に利用してもらえるように、価格を抑えて量産化することに成功したのです。

安全に貢献した実績の一例を挙げると、平成23年〜26年のデータですが、アイサイト搭載車は非搭載車に比べて61%事故発生率が軽減されており、前面追突だけでみれば83%減少しています。他社の話はここでは避けますが、私たちのような精度の高さを証明できているメーカーはほかにはいません。
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──今回、実験走行時にアイサイトで取得した映像データの解析を、日本IBMのシステムで行うことを決めました。

私たちは、とにかく認識精度を高めることに集中しています。そのために世界中で走行実験を行い、累計で200万キロ以上のデータを保存しています。アイサイトはver.3で取得映像データをカラー化し、実験する国も増やしています。年々扱うデータは増えており、それを効率的に管理する方法が必要になっていました。

お恥ずかしい話ですが、取得したデータはパソコンのハードディスクに入っている状態で山積み、使いたいデータをすぐに見つけ出すことができない状態でした。ハードディスクの管理自体もしっかりされていたかと言われれば、自信をもって答えられる状況では決してなかったのです……。

実験の精度を上げ研究開発スピードも上げていくためには、データの統合管理システムは必須だと思い、日本IBMに協力をお願いしたのです。

感じた人工知能のポテンシャル

──今回の協業を皮切りに、将来的には「Watson」を含むIBMの知能化技術の採用など協業範囲を広げることを検討しています。人工知能が自動運転にもたらす効果をどのようにみていますか。

人工知能とクラウドの組み合わせに興味を持っています。走行データをリアルタイムで収集しネットワークを通じてクラウドに格納。そのデータを人工知能が解析して、ドライバーに情報として戻す。こうしたIoTの仕組みをつくりたい。

この仕組みをつくることができれば、たとえば、過去に事故が発生していた交差点に3分後に着くとする。その事象をドライバーに知らせて注意を促したり、経路変更を提案したりといったことも可能になるはずです。

止まっている状態であれば容易かもしれませんが、走っている中でそれを連続的に行うにはビッグデータとクラウド、そして人工知能が必要になってくるでしょう。人工知能には私たちの目標である自動車事故をゼロにするという目標達成に貢献してくれるテクノロジーがあると思っています。
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──なぜIBMだったのでしょうか。

まずWatsonも含め人工知能の先頭を走っていること。私たちもさまざまな人工知能を勉強しましたが、IBMのデータ解析・照合の正確さとスピード、さまざまなシステムと組み合わせられる応用力は秀でています。

それと世界各地に拠点があり、グローバルでビジネスを展開していることがあります。私たちも世界展開を加速させるつもりですから、世界中でビジネスを手がけているのは心強い。

そして、何より協業して感じたのですが、話をしていてワクワクするから。扱う商品は違っても、ユーザーに感動を与えようとする姿勢が共通しているからかもしれません。

アイサイトの開発は、基本的に自前主義を貫いていて、スバルの研究者や技術者が開発したもので構成されています。その中で今回IBMと協業することは、私たちが大切にしている高い技術力をIBMも持ち合わせているということです。
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──今後はどのように進化していくのでしょうか。

アイサイトは今、現行のver.3から次世代ステレオカメラを搭載した次のステップへ進むための研究開発を進めています。人やモノの認識技術の精度をさらに高めるのがテーマで、たとえば、死角からいきなり飛び込んできた自転車を瞬時に認識して自動でブレーキを踏むといった、突破的な状況に対応できるようにします。

その先にあるのは「自動運転の実現」。2020年までに達成するという目標を掲げています。スバルは人間中心の開発思想にもとづき、人が運転するのと同等もしくはそれ以上に安全なクルマをIBMとともに実装し、日本から世界へ発信していきます。
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(取材・文:木村剛士、写真:風間仁一郎)