日本の教育&野球界に必要な「失敗を許容する」環境づくり

2016/6/9
全国大会2連覇、中学年代で数多くの日本代表を輩出してきた硬式野球チームの堺ビッグボーイズが、目の前の勝利に主眼を置くのではなく、中学生の将来的成長を最重要視する方針にかじを切ったのは7年前にさかのぼる。
「人生という長いスパンで考えたら、中学3年間がゴールではない」
堺ビッグボーイズの代表を務める瀬野竜之介はそう考えてチームにさまざまな改革を行った一方( 前回連載参照)、心の底にジレンマを抱えていた。
中学生を成長させるために主催してきた大会が、結果的に彼らを苦しめるかたちになっていたからだ。
手前が瀬野竜之介代表
昨年プロ野球のセ・リーグを制したヤクルトの勝率が5割3分9厘であるように、比較的同等な実力のチームが長期間で争った場合、野球は1チームにおける勝ち負けの偏りが少なくなる特性を持つ。
それにもかかわらず、アマチュアではトーナメント戦で明日なき戦いを強いられるため、発展・成長段階にある選手たちに過剰なまでの勝利至上主義を押し付けていると瀬野は感じていたのだ。

中学生でひじの手術を受ける場合も

「この大会を見にくれば、今年はどのチームにいい選手がいるのかがわかる」
高校野球の指導者たちにとって、堺市長杯争奪堺ビッグボーイズ大会は中学野球選手のショーケースになっていた。3年生が夏の大会を最後に引退後、新チームが秋を迎えた時点で行われるため、有望株を見定める絶好の機会だった。
一方、開催25年の歴史を誇るこの大会は、中学のボーイズチーム(硬式野球チーム)にとって高校野球側に選手をアピールするチャンスでもある。2014年の大会には、関西の強豪を含む64チームが参加していた。
堺ビッグボーイズ大会は土日に1〜2試合ずつ、計2週にわたって行われる。方式はトーナメント戦で、勝てば当然試合数が増えていく。そのため勝敗を左右するような好投手は、連日マウンドに登った。
「去年良かったあのピッチャー、今年は投げていないね。どうしたん?」
「今はピッチャーをやっていないんだよ」
瀬野は他チームの監督と、そんな会話を交わすことが少なくなかった。
 
まだ成長段階にある中学年代で投げさせすぎたため、ひじの故障で投手を務められなくなった者もいる。
中には、ダルビッシュ有(レンジャーズ)や松坂大輔(ソフトバンク)がプロで受けたトミー・ジョン手術(ひじの靭帯(じんたい)再建手術)を中学時点で受けた子もいたほどだ(小中年代の野球ひじの問題について、詳しく知りたい人は 筆者の過去記事参照)。

「明日のある」リーグ戦へ

そうした現実を目の当たりにして、瀬野は大会を主催することに疑問を膨らませていく。
そして2年前、ついに決断を下した。
トーナメント戦に終止符を打ち、リーグ戦に切り替えたのだ。NPO法人BBフューチャーが主催し、堺ビッグボーイズを含む参加チームを招待する形式に変更した。
高校野球の甲子園大会のように、一発勝負のトーナメント戦ではスリリングな戦いが繰り広げられる半面、「負ければ終わりのため」、投手に連日登板など過度な負担を強いやすい弊害がある。
対して、リーグ戦では「負けても次があるため」、むやみに一人の投手に連投を強いる必要がない。
勝敗に関係なく一定の試合数が担保されるのは、実戦の場を求める参加チームにとってもメリットになる。

指導者もプレッシャー軽減

大会方式の変更は投手の保護だけでなく、さまざまな点で効果があった。
顕著だったのが、相手チームの指導者が戦い方や選手への態度を変えたことだ。
走者が出れば決まって送りバントのサインを出していた監督が、同じ場面で打たせるようになった。3ボール、1ストライクから「待て」の指示を出していたチームでは、「四球はいらないぞ」と打者を後押しするようになった。スクイズのサインを出さなくなった指揮官もいる。
以前は目の前の勝利にこだわるあまり、長い目で見れば子どもたちのためにならない指示が少なくなかった。
それがリーグ戦に変更されたことで一戦一戦に必要以上にこだわるのではなく、中長期的に選手を伸ばすことを考えるようになり、サインも変わったのだ。
「『勝たなければいけない』と感じていた指導者のプレッシャーが少なくなったのかもしれません。指導者のプレッシャーが減れば、子どもにかかるプレッシャーも減って思い切ってプレーできるようになります」(瀬野)
 

高校野球でも変化の萌芽

実際、リーグ戦への変更は他チームからも好評だった。
そこで今春から、8チームによるスプリングリーグを開始。今後は学年単位でも、リーグ戦の開催を考えている。
リーグ戦に変えることで、同時に大きいのが経費削減だ。これまでは保護者の負担で開催する大会もあったが、これを親善試合に変えて経費を抑えるようにした。
「野球はカネのかかるスポーツ」とされる中で、保護者の出費を減らすことは長期的に見ても重要になる。
さらに、高校野球への波及効果もあった。堺ビッグボーイズの取り組みに賛同した関西の公立高校が、自主的にリーグ戦を始めたのである。
現状、日本の高校野球ではトーナメント戦ばかりだが、世界のスタンダードはリーグ戦だ。
瀬野たちによって日本で始まった動きはまだまだ小さいものだが、いずれ大きな変更へとつながっていくかもしれない。

指導者に支払うべき対価

子どもたちが伸びる環境をつくるという点で、堺ビッグボーイズは他にも興味深い取り組みをしている。その一つが、指導者にきちんと報酬を支払うことだ。
中学生を指導する久富恵介コーチ
現実として野球の場合、小中年代の多くのチームはボランティアの指導者に支えられている。
日本球界は彼らの奉仕に頼っている半面、ボランティアでは限界がある。生活の中心が仕事になるため、コーチとして必要な勉強になかなか時間を割くことができず、自分が現役の頃に教わった指導法からアップデートされにくいのだ。
必然的に子どもたちは、古い時代の指導を受け続けることになる。
そこで堺ビッグボーイズではコーチたちに報酬を払い、指導者として自らレベルアップできるような仕組みを整えた。

野球チームに塾が必要な理由

また、文武両道を求められる時代背景も考えて、2年前の秋には学習塾を始めた。授業は1回1時間で、週に3コマ行われる。
こうした取り組みについて、瀬野には深い考えがある。
「中学や高校までは身体能力だけで野球をできてしまいますが、それ以上のレベルでは、考えてやらないと頭打ちになります。勉強しないと、野球でもいつか厳しくなる。野球だけやっていても、本当の意味で野球はうまくなりません」
「子どもたちの人生にとっても、勉強しているほうが選択肢は広がります。それに保護者の方々も、子どもに勉強してほしいと考えているはずです。野球チームに学習塾がついていれば、子どもを入れやすいとも思います」
事実、西口尚志が堺ビッグボーイズを選んだのは、練習時間が短いからだ。両親に勉強との両立を入部の条件に出され、実現できそうなチームとして選んだ。堺ビッグボーイズの塾では野球を例に説明してくれるのでわかりやすく、学校の成績も上がったという。
明るい表情で練習する西口尚志

エネルギーある子を育てたい

一方、堺ビッグボーイズに入って性格が変わった子もいる。
橋本竜暉は小学校時代と比べ、中学になってから口数が多くなった。野球の練習に参加していると楽しく、グラウンドで声を出しているうちに普段の生活にも影響が出たという。
鋭いスイングを見せる橋本竜暉
こうした変化こそ、瀬野が野球を通じて目指すことである。
「元気がない時代だからこそ、エネルギーを持った人間がどんどん出てくるようにしたい。そのためには大人が元気でなければいけないと思います。そうして彼らに少しでもいい影響を与えられるようにしたい」
「一番は、チームの中学生に楽しいと思ってもらえることですね。そうできれば、必然的に自ら行動する。彼らが野球をやったことで人生良かったと思えば、自分の子どもにもやらせようと思うはずです。そう考えると、われわれが魅力的なことをやっていくことが、次の世代につながっていく。大事なのはきっかけをつくることです」
堺ビッグボーイズで行われている新しい取り組みは、日本球界全体で見れば、まだまだ小さいものだ。しかし野球どころの大阪で、中学年代では最大級の選手数が集まっている。
日本球界、ひいては教育にいい影響を与えたいと願う彼らの取り組みは、いずれ大きな動きにつながっていくかもしれない。(文中敬称略)
(写真:中島大輔)